純喫茶まおう 後 決意
「すなおーーーっ」
「だもんちゃーん! よーしよしよしわしゃわしゃわしゃ」
スリスリスリ……ワシャワシャワシャ……
そのまま謎の親愛の情はしばらく続いたのでございます。
「ふぅ~ようやく落ち着いたのじゃー」
「では砂緒様もお紅茶どうですか」
砂緒は七華王女が差し出した紅茶をしばしじっと見つめた。
「砂緒さま?」
「どうしたのじゃ?」
「抱悶ちゃん、一体どの様な気苦労があるのやも知れぬが、人間には“心が荒んだ時には喫茶店を開くべし”という格言があります。抱悶ちゃんもまおう軍の地にて喫茶店を開業されてはどうですかな?」
砂緒は紅茶をくいっと飲みながらいっぱしの紳士の如くに格好を付けて言い放った。
「東の地じゃそんな格言聞いた事ないけど」
(私もありませんわ……)
当然の様に紅蓮と七華が怪訝な顔をしたが抱悶の目が輝いた。
「おおお~~~~喫茶店かえ? それは良いのぅやってみるのじゃ!!」
「お姉さま?」
妹カヤは戸惑ったが、何故か砂緒の言う事には素直に従ってしまう抱悶ちゃんであった。
「ふむ、では開店のみぎりには私とフルエレとセレネも招待して欲しい物です」
カチャッとカップを置きながら真剣な顔で言う砂緒。
(砂緒様はやはり何か不審に思ってらっしゃる?)
七華は砂緒から続けて抱悶の顔を見た。
「そ、それはのぅ、今まおう軍も大リニューアル中で忙しいのじゃ。また今度で良いならいつでも呼んでやるのじゃ!」
抱悶は必死に嘘を付いて誤魔化した……
「ふむ、大リニューアル中なら致し方あるまいに。それでは拙者、依世が本当に蛇輪をニナルティナに持ち帰っておるか確認する為、此処ら辺りでドロン致しまする」
砂緒は突然すくっと立ち上がって七華と抱悶とカヤはびくっとする。
(帰るなら帰れシッシッ!)
だが紅蓮だけは砂緒が早めに帰るという事で凄く嬉しかった。
「砂緒様、もしかして私に?」(怒ってらっしゃるの)
「まさか、七華を放っておいた事を反省すればこそ、怒りなどし申さん! ではこれにてっ!」
何故か最後は侍の様になった砂緒は館から出るとサッと白馬に跨り躊躇なく直ぐに駆けて行った。彼の内心は深夜になる前に本当に早く帰りたいだけで、特に今の所は抱悶やまおう軍を疑う部分は無かった。
パカラッパカラッ……
夜の村の中に馬の蹄の音が消えていく。
「本当に行きおったわ」
抱悶は砂緒が居なくなった途端に心なしか元通り元気を無くした様に見えて、いつまでもドアの方を見つめ続けた。
「抱悶ちゃん安心してよ、君には僕が付いてる! あんなヤツの事は忘れて困った事があったら何でも行って欲しいよ」
紅蓮のその言葉に抱悶の顔が今度は急に険しくなる。
「そなた……ワシの命を狙っておったじゃろう? よもやワシが忘れたとでも思うておらぬじゃろうな?」
「お姉さま!?」
ドッキーーーン
紅蓮ですら都合よく忘れていた事実を突きつけられて、彼は心臓が飛び出る思いがした。
「紅蓮貴方そんな事を?」
七華の顔が凍り付く。
「い、いやそれは、手違いというか父上の命令を僕がちゃんと破ったというか、で、でも本心からそんな事をするつもりは無かった! それは信じてよ」
紅蓮は分かり易過ぎる程に冷や汗を掻き、しどろもどろになった。
「……どこまでも怪しい奴じゃもし其方が炎使いじゃなければ手打ちにしておったわ! それより早う服を着替えい!」
紅蓮は行きがかり上まだ姫乃ソラーレから賜ったドレスを着ていた……
「そうよ、貴方完全に変態ですわ。村人から男物の衣装を借りて来ましょう」
「うっありがとう七華ちゃん」
こうして紅蓮はようやく着替える機会を得た。
ガチャッ
ドアが開き依世が入って来たのは紅蓮が着替え終わるのとほぼ同時であった。
「ただいま~~えらい勢いで戻って来たわ。何も変わりない?」
「ふぅ良い所に戻って来たわ。貴方が居ない間に砂緒さんは来るわ瑠璃ィは飛んで行きますわで大変でしたのよ。シャルは?」
七華は小首を傾げた。
「あーあの子飛べないから置いて来た」
「確かにあの子抱えて来る道理は無いですわね」
そこへ抱悶が満面の笑顔で大決意をした。
「と、いう訳じゃ。ワシはしばらく此処で喫茶まおうを開店して生きる事にするのじゃ!」
「は?」
依世は訳が分からなさ過ぎて七華とカヤから事情を聞いた。
「いやいや潜伏してる人間が喫茶店開いちゃダメ」
依世が早速反対するが七華が静止した。
「リュフミュランはお父様がフルエレと仲が悪く同盟の目が届きにくいのは事実ですわ。良いでしょう、私がお父様に掛け合ってこの館を陰ながら警備する様に頼んでみますわ」
「僕も此処に居て抱悶ちゃんの喫茶店を手伝うよ!」
こうして抱悶は本気で喫茶店を開く事に決めた。
「お前など役に立たぬがこき使ってやるのじゃ!」
「ハァ~~勝手にすれば?」
依世は肩をすぼめ両手を広げたが、仕方なく此処でウエイトレスをする事にした。




