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純喫茶まおう 中 抱悶至福


「あわ、あわわわ、砂緒(すなお)さま、何故此処に!?」


 愛する七華(しちか)から霧状に紅茶を噴霧されても眉一つ動かさない砂緒は無表情のまま答えた。


「いやあ、明日の朝までに本当に依世(いよ)蛇輪(へびりん)を持ってくるかどうか信用出来ませんからな、村人の目撃証言などを元に此処に辿り着いた次第。空き家なのに丁度七華が居て良かったですぞ」

「い、今お顔をお拭きしますわ」


 七華は慌てて良い香りがする高級ハンカチで砂緒の顔を拭いた。

 ふきふき……


「しかし何もかも丁度良かった、この館の前に蛇輪らしき魔呂が停めてありますからなァ」


 魔法ランプも少ないライグ村では館前のストラトスフィアと蛇輪は偶然同じ銀色の機体で区別は付き難かった。


「ハッ!!」


 七華は夜の街角で突然目があった野良猫の様に目を見開き、砂緒は少し怪訝な顔をする。


「?」


(すっかり忘れていました、それは瑠璃ィ(るりぃ)の怪しげな魔ローダーですわっ。もしセレネやフルエレの実習を襲った魔呂がリュフミュランにあると知れたら……)


 七華はそわそわとして後ろを振り向くと、紅蓮が軽く頷いた。その近くには空きっぱなしの窓が……


「先程から七華どうしたんですか? 久しぶりに会ったというに明らかに態度がおかしいですぞ」


 彼女には何の責任も無いはずなのに、無神経な砂緒ですら不審がる程に七華は狼狽していた。

 キィイイイイーーーン!!

 と、突然館の外からジェット機の様な独特の甲高い音が響く。


「あっ今飛び立ちました! 丁度依世が持って行く所でしたのよ!」

「ナヌッではちょっと見て来ます!」


 ばふっ


「ダメですわッ! 折角会えたのですからまだ居てくださいまし」


 突然七華は深い胸の谷間に砂緒を抱きしめて埋めた。不審機・鮭の全身にある噴射口から魔法光を出して飛ぶ独特の姿は、蛇輪のそれとは明らかに違っていた。


(ふぉおおお七華ーっおっぱいおっぱい……じゃないじゃない!)


 がばっ

 思わず七華の甘い香りに飲み込まれそうになりつつも、なんとか砂緒は理性を発揮し彼女を振りほどいた。


「ほほぅ? この吾輩が白馬に跨って颯爽と現れたにも関わらず、挨拶も無しに唐突にですかな?」


 何故かこんな時に限って探偵の様に色々探って聞いてくる砂緒。


「え、ええ急いでいたし、暗くて気付かなかったのかもしれませんわ。でも元々依世(いよ)ちゃんは砂緒様の事を毛嫌いしていましたし、ガン無視したのかも知れませんわ!」


「そうですそうです、あ奴は吾輩の事を蛇蝎(だかつ)の如くに嫌悪しておりますからなァハハハハハハ」

「そうですわよオホホホホホ」


 だが笑っていた砂緒の顔が急に怖い顔になった。


「七華、私は長らく貴方の事を放置してしまいました、ですから大きな顔は出来ません。もはや私の事が嫌いなら嫌いで結構ですよ?」

「違いますわっ! そんな事ではありません」


 七華は血相を変えて否定する。


「いえいえ、無理強いはしない。来る者は拒まず去る者は追わずがモットーですからな」

「もうっ! 違うのっ」

「そうなんだ砂緒。この館には僕が居る」


 何故かズイッと紅蓮が出て来た。彼は抱悶(だもん)とカヤを取り敢えず館の奥に隠して来た。


「ほほぅ? 完全なる間男やないか。ではさらばじゃ!」


 彼にもプライドがあり砂緒はくるりと踵を返した。


「ちょっと紅蓮、ややこしい時に出て来ないで頂戴!」

「いや、いいんだこの際ハッキリしておこう」


 何故かノリノリで間男ネタを進行する紅蓮だったが……


「砂緒ーーーっうわーーーーーーーっ」


 どさっ!

 突然黒い塊となって館奥から走って来たまおう抱悶が、七華紅蓮の間をすり抜けいきなり砂緒に抱き着いた。


「抱悶ちゃん!? どうして此処に?」

「うわーーーーワシにも辛い時があるのじゃーーーっ」

「何だか良く分からんが辛い時はこの砂緒さんの広い胸で泣きじゃくるのですよフフ」


 砂緒は仏の様な慈愛に満ちた不気味な笑顔で抱悶のクマミミ頭を撫で続けた。

 ギリッ

 その様子を見て紅蓮の顔が嫉妬に歪む。




「……つまり人には言えないストレスを抱えた抱悶ちゃんは、暇つぶしに此処までひとっ飛びして来たと?」

「そうじゃ、詳しくは言えぬがワシにも人知れぬ苦労があるのじゃ」

「ほほぅ?」


 抱悶は涙を拭いた。


「此処はプライベート空間として来たからのぅ、だからフルエレにもセレネにも誰にも秘密にして欲しいのじゃ」

「ふむ、抱悶ちゃんのセーフハウスという事ですな。ならばどうです、また久しぶりに人類史に残る様な激闘を演じてみませんか?」


 シュタッ!

 砂緒は両手を構えた。


「きょ、今日はそんな気分じゃ無いのじゃ、ただ砂緒にこうして甘えていたいだけなのじゃー」


 ばふっスリスリスリスリスリスリ

 再び至福の笑顔で砂緒の胸に飛び込み、子猫の様に頭をクリクリ擦り付ける抱悶であった。


「おやおやおや」

「まあっ抱悶ちゃんったら何故こんなに砂緒さまに懐いているのかしら?」


 ギリリッ

 紅蓮は血が出そうな程に下唇を噛んだ。

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