レース⑤ ニナのトビウオ
ストラトスフィアの操縦席内も混乱していた。
「うぐっやられたっ!」
さすがの瑠璃ィも背後から全身に光の剣を受け、とても苦しそうに顔をしかめた。
「やられたじゃありませんわっ! 貴方死んでも良いから今すぐ全力で逃げなさい!」
「七華滅茶苦茶言うなよ」
シャルが驚く程七華は取り乱した。
(なんて事……もしもこのまま機体がかく座して捕縛でもされたら……私はお父様の尽力で命ばかりは奪われなくても、仲の悪い雪乃フルエレ女王の授業を妨害したバカ王女として二度と表舞台には立てないくらいの悪評が広がりますわ……それだけは!)
七華の全身に感じた事が無い様な戦慄が走り、背中にも極寒の寒気がした。
「わかっとるわっ根性ーーーっ!!」
瑠璃ィは片膝着いた姿勢のまま、全身の噴出口から無理やり魔力を放出して飛翔を始めた。飛び上がると曲がった脚は力なく両脚がのれんの様にダランと伸び垂れ下がって高度を上げて行く。
「わーーーっ鮭が飛んで逃げますわっ雪布留さん追撃をっトドメをっ!!」
ストラトスフィアの操縦席内の混乱とほぼ同時にXS25の操縦席内でユリィーナは叫んだ。胴体に数本の光の剣を受けながらも無事だった彼女は叫び続けたが、魔法通信装置もハッチの開閉も故障して機能しなくなっていた。
『いけないっ生きてる!? 返事しなさい!!』
雪布留は破損した鮭の追撃とトドメの絶好の機会をみすみす逃し、音信不通のXSに一直線に走って行く。
ガシャガシャガシャ!
「違いますわ、こっちじゃない鮭を追い掛けてっ!」
『とりゃっ!!』
蛇輪は尻もちを着いたXSに跨り、鋭い爪でハッチを乱暴に跳ね飛ばした。
ガシャンッ!!
白日の下に晒された操縦席内ではユリィーナが唖然として見上げている。
「なんて事……」
キィイイイイイイイイイーーーーン
雪布留と彼女が目が合った直後、ストラトスフィアが空高く飛んで行く甲高い音が響いた。
『良かった……無事みたいね』
二人はしばし見つめ合った。
「ありがとう雪布留さん……私達良い友達になれるかしら?」
ユリィーナはにこっと笑うと語り掛けた。お返しにふわっとした笑顔になるフルエレ。
『ゴメン、ムリ』
一方その頃スナコ&リュデュア・セリカペアはさらに二回ほどはぐれSRVを蹴散らし、何組かの一般生徒を追い抜き、順調にグングンと順位を上げていた。
シュタタタタッ
『リュデュア殿、あちこちに壊れたXSが転がってて歩いている生徒達も結構いる事から、我ら相当に順位を上げていると思いますぞ。この調子で絶対勝ちましょうぞピョン!』
『うん、がんばりましょう! けど……これってスナコさんの言葉を兎幸さんが代声してるのですよね? スナコさん凄く可愛いのに時々喋り方が年季の入った武将みたいになるから楽しいわっ!』
遂に素直な性格のリュデュア・セリカですらスナコの言葉遣いに疑問を持ち始めた。
『……』
『セリカさん実はスナコちゃんはね』
ガスッ!
依世が何か言おうとした直後、魔法通信に雑音が入って言葉が消えた。
『え、どうしたの?』
『何でもないピョンよ!』
スナコが軽く依世の頭を叩いた。
「あんたの手は凶器なのよ、女の子殴るとか最悪だわ。絶対に後でお姉さまに言い付けてやるから!」
「およっ依世は気軽にお姉さまと話す事が出来るなら、フルエレに直接蛇輪を借りれば良い物を?」
スナコが恐ろしい顔で笑った。
(チッこいつ私の足元を見始めた? いけないコイツの事だから何かやらしい事を要求とか)
依世は低い胸を片手で隠した。
「安心せい! 誰も貴様の身体なぞ望まんわ!」
「は? 何の事よ」
(うっ考えがバレてる?)
依世は目を細めて不気味がった。
ピピピ
再び兎幸が身を乗り出した。
「皆もう海だよっ! 今度は泳いで夫婦岩から綱飾りを取らなくちゃ!!」
我々の世界の糸島半島二見ヶ浦夫婦岩は海岸のすぐ近くにあるが、この異世界の志摩地区夫婦岩は多少沖合にあり、魔呂でも少しばかり泳ぐ必要があるようだ。
「クククク、遂にニナルティナのトビウオと呼ばれし我が古式泳法を披露する時が来たな!!」
砂緒は泳いだ事も無いし、当然古式泳法なども知らない。
ユティトレッド魔道王国・地図




