二人の白鳥……① ‐
ー雪乃フルエレ女王がザ・イ・オサ新城に怒鳴り込んでからまた数日。
再びまおう城、VIP用地下牢の紅蓮と依世。
「じゃあコレ、安全剃刀と追加のメイク道具だよ。だけどホントは規則上渡してはいけない物だから、ね、念の為に聞くけどさ、安全剃刀って何の為に使うのだっけ?」
優しい牢番が笑顔の下に少しだけ卑猥な顔を覗かせ聞いてくる。
「もぉやだぁ! 牢番さんわざと言わせてるでしょ……安全剃刀はVゾーンを剃る為よ、きゃっ恥ずかしぃ」
魔法灯りの届かない暗がりの中で紅蓮は顔を隠しつつ過剰に恥ずかしがった。
「ぶーーっ!! は、鼻血が……じゃあ、此処に置いて行くよ」
「ありがとう牢番さん、貴方本当に優しいのね」
「私からも本当にお礼を言うわ」
優しい牢番は二人の乙女の為に、一日の内一定の時間監視を解き牢から離れていた。それだけでは無く今回の様に二人が望む物をせっせと持って来ては、優しくして将来紅蓮扮する姉の美女を手にれる夢を見ていた。しかし今回持って来た安全剃刀の事実はVゾーンを剃る為などではもちろん無く、ましてや脱獄の道具造りでも無く、大事なメイクをするに当たってまだ少年な為に濃いヒゲこそ生えて来ないものの、微妙な顔の産毛を剃る為の物であった。
「あーあーあの牢番さんに悪いわ。アンタなんかの為にいろいろ便宜を図ってくれて」
「ちょっと依世、君は敵に篭絡されかかっているぞ! 気をしっかり持つんだ」
「そりゃこっちの台詞よ! アンタが抱悶ちゃんに会いたいからとか言い出したからでしょ。でも会う処か私ら忘れられてるんじゃないの!?」
確かに壁一枚挟んだ隣の房から依世の言う通り、最初にサッワが来て以降牢番以外に来る物も無く、実際に当人のまおう抱悶も毎日遊ぶのに熱心で二人の事は忘れていた。
「そんな訳ないじゃない! 私は抱悶ちゃんの命を狙ったと思われてる大罪人よ、絶対に取り調べがあるに決まっているじゃない!!」
しかし政務に関心が無い抱悶に加え、二人を牢番から横取りしたいサッワの工作もあり、二人は詮議も無くしばらく放置されようとしていた。
「うーーーーー、もう忍耐の限界が近いわ。アンタに頼んで私だけ脱獄しようかなっ」
「えーー結構楽しいじゃない? もう少し楽しみましょうよ」
「え、何を?? 本当にアンタがこんな感じだと思わなかったわ……」
依世は壁を見つめて遠い目をした。しかし優しい牢番さんのお陰で食事だけはそこそこ良かったので、もくもくと食事を始めた。
ーそのまおう城の北、ココナツヒメ領トコナッツ市。
ココナツヒメの感情がなんとなく分かると自負しているクレウは、彼女が望むまま毎日の様に西の山々が望める丘に来ては日がな一日それを眺めていた。
「さぁ今日もそろそろ別荘に帰りましょうか」
「あっあっーー」
やはりいつもの様にココナは首を激しく振って帰るのを嫌がる。しかしそれもクレウには織り込み済みであった。
「はいはい、明日も必ず来ますからね。余程此処か山に楽しい思い出があるのでしょうなフフ」
「あーーーっ、は……う」
ココナツヒメがあーっ以外に何か言葉を発した気がしてクレウはぴたっと止まった。
「今誰か何か言ったか?」
クレウは厳しい顔で従者や侍女達に聞いた。人々は顔を見合わせて首を振る。
「……は、ちょう」
「え??」
クレウが愛しいココナツヒメの美しい顔に顔を近付けると、必死に愛らしい唇をぱくぱく動かしているのが分かった。
「……はく……ちょう」
「ココナさま……転地療法が効果を……」
クレウは涙を流しながら山を見たが、どこにも白鳥など飛んで居ない。たとえ彼女が幻覚を見ているとしても、言葉を発した事がとても嬉しかった。
「綺麗な白鳥ですね、でももう帰りましょうか?」
「んーーーっんーーーっはくちょう……」
しかし今日の拒絶は一層激しかった。これは何かあるとクレウは思った。
「あの山々の何処かに、ココナさまが幼き日に白鳥が群れ飛ぶのをご覧になった場所があるのですな?」
思い切り外れていた。
「あーーっあーーっ!」
しかしココナは満面の笑顔で喜んで見せた。
「では明日、皆に銘じてひたすら西の山に分け入って、白鳥の群生地を探します。それで良いですか?」
「あー?」
先程までの激しい拒絶が嘘の様に消えて、彼女は素直にクレウに従って帰った……
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