帰還 花びらのトンネル
(そんな事は望んでおらん、少しはこっちの話も聞けーっ! ハエとニンゲンを合成するみたいに気軽に不気味な事をサラッと言うな。もしかして角ばったゴー○ドラ○タンみたいなニンゲンになるのか!? そんな不気味な姿で異世界とやらに飛ばされたら丁度怪物ポジションにハマって迫害されて石投げられるわ!!)
ふぁわっさぁ
目の前の女神は猫が毛づくろいでもする様に、澄ました顔で突然長い髪を掻き上げる。
「時間が近付いて来たわ……」
女神は期待に胸膨らませる恍惚の表情になった。
(おいおい)
こちらの魂の叫びは完全無視で次々勝手に話を進める女神に愕然とする。例え声が出なくともこちらの考えが届くなら、頼むから止めてくれただ元の建物に戻せと必死に頭の中で最後の訴えを続けた。
(ニンゲンに転生、しかも大理石作りの形質と合成して異世界にトバすとか良く分からない事をするより、ただあの場所の建物に戻す方が絶対楽だろうに、何故そんな訳の分からない事を喜々としてする?)
「ではゆっくりと、目を閉じてごらんなさい」
(聞けって!!)
気付くと突然女神の体にはハープが抱えられていた。やはりこちらの希望は完全無視な様だ。
「え、ハープが出て来たですって? イメージの世界ですわよ?」
どうでも良い質問には即座に答えながら、女神自身は目を閉じて自分に陶酔する様に口元に薄っすら笑みを浮かべてハープを掻き鳴らし始めた。
ポロロロン……パララン……
辺りの空間には空気も何も無いはずなのに、絃の一本一本の振動から心を震わす音色が響き渡る。
彼は雪山遭難者の様に、自分自身に目を閉じてはだめだ目を閉じてはどうなるか分らんぞと言い聞かせたが、やがて身体も何も無い意識体なのに存在しないはずの瞼が重くなり、ついには再びゆっくりと眠りの暗闇にスーッと落ちて行ってしまった。
(あー……)
最後に満足げに微笑む女神の顔を見たかもしれない。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
どこかの深い森の中、鬱蒼と茂った木々の枝葉の間から木漏れ日が差し込み、空気中の埃やら何かが冷たい空気の中で光線を弾いて煌めいて雪の様に舞う。
どこからともなく奏者も無く木々の間から聞こえて来るハープの音色。
ピラララピラララピラピラピララララン……
旋律に導かれる様に小さなつむじ風が吹くと、地面に散らばる緑の落ち葉や赤やピンク黄色の色とりどりの鮮やかな花びらが、大量にふわりと無重力に舞い上がり美しい音色の響き渡る中、一回転して花びらのトンネルを形作った。
「……ここは?」
以前まで砂岡デパートと呼ばれていた建造物の魂は、花びらのトンネルをくぐる様に森に出現すると、小さな光が寄り集まって気付くと人間の姿となって静かに歩みを始めていた。
ヒュイーーン、キラキラキラ……
「これは手……?」
視界には、目の前まで持ち上げられ表裏くるくると回転させられる両掌があった。色合いは日本人の肌色でありこれまで普段見慣れた物だったが、サイズ的にはまだ華奢な少年の大きさではと感じた。百歳という自己の精神的には、立派な髭を蓄えシルクハットを被った老紳士の様な姿を想定していたが、繰り返し見てもひょろっとした頼りない少年の手だった。
「足の裏がくすぐったい不思議な感覚がする。これが歩く……という事か」
静かに歩みを進めながらも森の中の湿った臭いを嗅ぎ、同時に足裏の柔らかい皮膚が、冷たい土や濡れた草や落ち葉や虫そして時折ぱきっと折れる小枝、それら全てを複雑に重ねた物を踏み締める感覚を初めて味わっていた。
「……ぁーーー!!」
「……??」
ふと何か遠くで人の声か物音がした気がした。どうせ何の目的も無いしここがどこかも判らない、恐怖も何も無く興味本位のまま、音がする方に向かってみようと思ったのだった。
(何が出るかな)
―そして先程助けた少女に出会った。
「……ぅう」
少年は男のうめき声が聞こえて、意識を再び現在の異世界に戻した。
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