罰として走れ!
「こんな立派な魔呂があるなら……七葉後川流域平定戦に出てくれれば良い物を、死ななくて良い仲間達も居たはずだ」
セレネ教官はサングラスをずらして冷たい目で見上げた。
(ミミィ、リナさん……)
セレネの言葉で雪布留は長い間忘れていたユッマランド王女のミミィと侍女リナの事を思い出した。
「ふ、ふん、私はユティトレッド魔導王国を守るという重要な役目がありましたわっ!」
「だったら何故ラ・マッロカンプのウェカ王子が易々と王宮に侵入出来たのだ?」
「そ、それは……海を守っていたのですわ!」
実際には彼女は戦争に際して出撃すらしていなかった。それはユーキュリーネの父である重臣のヒューゴーが、セレネが戦死した場合にそっくりそのまま王宮を乗っ取ろうと、戦力を温存して息を潜めていたからであった。
バシバシッ!!
いきなりセレネは竹刀で地面を叩いた。
「授業中に教官に口答えするな!! 罰として人用グラウンド三周!!」
「な、なんですって!? 私のクラスの授業でもそんな理不尽な命令ありませんわっ!」
嫌いなセレネからの命令にユーキュリーネは直ぐに気色ばんだ。
「口答え禁止だ! 罰として二周追加する、五周走って来い!!」
「ぐっ……」
「早く行け!!」
生徒会長ユーキュリーネは非常に憤懣やるかたないという表情であったが、これ以上追加されては堪らないと渋々走り出した。
「生徒会長頑張って下さい!」
堪らず家来で書記のルシネーアが声を上げた。
「以降私語禁止だ! 貴様も三周走って来い!!」
「ヒッ!?」
セレネによる恐怖政治な指導に生徒達の顔に緊張感が出て来た。ルシネーアも渋々生徒会長を追って走り出す。
「おい貴様ーーーっ! 貴様は一体なんだーーーーっ!?」
突然セレネが竹刀をバンバン叩き付けながら、近場の女子生徒に怒鳴り付けた。
「え、え、学園の生徒?」
「違うわーーーっ貴様らはウジ虫だ、分かったかコラーーーッ!! おい貴様ァー貴様は一体何だーーっ?」
次の標的に移った。
「う、ウジ虫?」
「違うわーーっ! ウジ虫の中でも最低最悪の何の役にも立たんキングオブ・ウジ虫だ、分かったかコラーー!?」
「イエッサー、私はウジ虫の中でも何の役にも立たないキングオブウジ虫であります!」
「その通りだコノヤローーッ!」
良く分からない怒鳴り合いの向こうでは、ユーキュリーネとルシネーアがひたすら走っている。
「お前らウジ虫をあたしが超一流の役に立つウジ虫に変えてやる、分かったかコラーーッ!」
「イエッサー!」
「イエッサー!!」
セレネに喝を入れられ、女子生徒達の表情が徐々に出来上がって行く。
(何ですか、ブラック企業の朝の朝礼ですか?)
スナコはセレネの豹変に驚いていたが……
「スナコ、貴様は何だーーーッ!?」
遂にセレネの矛先がスナコに向いた。
キュキュッ
『はい教官ッッ! 私はドジでのろまな亀です!!』
「そうだ、貴様はドジでのろまな亀だアホーーーっ!!」
ビシバシビシバシッ!
何故かスナコはビンタをされた。
『うぶぶぶっ!?』
その横には雪乃フルエレ女王である雪布留が立っていた。
「雪布留さん、貴方は何だ――ッ!?」
気持ち、言葉は優しかった。
「私は可愛い女の子よ」
雪布留はにこっと笑った。
「うん、そうだな……」
鬼教官セレネはすごすごと移動した。
「エーーーーーッ!?」
「ブーブー」
「何それーーー?」
「扱いが変くない??」
二人のやり取りに生徒達の大半が一斉にブーイングを開始する。
バンバンバンッ!
竹刀で生徒の近くを乱打する。
「うるさいわ―――! 文句言う奴は腕立て百回に百周走りたいのか!?」
シィーン
生徒達は一瞬で黙った。と、偶然セレネの前に立つ見慣れぬ生徒と目があった。
「……後ろの魔呂は君の機体かな? 名前は」
そのままその女子生徒の後ろに立つ古ぼけた魔ローダーが目に入った。一般の生徒は全て官給品のXS25に搭乗するのだが、その生徒は自家の魔呂を持っている様であった。
「は、はい教官! リディア・セリカと申します。あれは私の魔ローダー・VT25スパーダです」
「VT25スパーダ?」
(VT25スパーダ?)
セレネと砂緒が同時に同じ事を思った。
「リディアこの機体、どうしたのかな?」
「はい、この機体は私の町であるトリッシュに長年放置されていたのですが、それをメドース・リガリァ軍が動かして一瞬で破壊されて……町の外にバラバラになって放置されていた物を、私の父を中心に町の人で修復したんです。それで偶然私に魔ローダー適性がある事が判って……町の人達が請願してこのユティトレッド魔導学園に推薦転入出来て……でも私なんて貧乏な家の出が、貴族や裕福な方の多いこの学校に入れるなんて……」
一瞬だけセレネは複雑な顔になった。
「そうか、トリッシュ市の……」
「す、すいません! 私は敵方の」
「構わん、今は同志だ。授業について来い!」
「はいっ!」
リリカは笑顔で敬礼した。




