セレネ出立③ 見送りと理性
「セレネちゃん忘れてたよ、そうだ白鳥號をまおう軍に返して、それからまおう城に潜入して、まおう抱悶を倒せばいいんだっけ?」
紅蓮がどこまで本気なのかとぼけた事を言う。
「だから抱悶ちゃんを倒さないでって言っているの!」
フルエレが両手をグーにして念を押す。
「ごめんごめん」
「倒すくらいなら白鳥號返さなきゃいいじゃない! ネコババしちゃいなさいよ」
猫呼が呆れて肩をすぼめる。
「借りた物は返さないとダメだよ」
「だから紅蓮、まおう軍を倒すなって言ってるだろ!!」
(今なら砂緒と一緒にコイツを倒してしまうか??)
最後にセレネがちらっと紅蓮の武装を点検した。油断しきった今、彼は剣などを履いていなかった。
「いやでも父上のご命令が……」
立って離れて聞いていたイライザとシャルは、倒す倒さないが錯綜してて訳が分からなかった。まだまだ平和だった頃のひたすら平和過ぎるひと時であった……
一方その頃バックヤードでは……
ぱさっ、しゅるしゅるしゅる。
イェラは無言でエプロンを首から抜き、上着の肩から器用にずり降ろして行く。地下にある喫茶猫呼の倉庫の明かり取りの高い場所にある細い窓から光が差し込み、無数の埃がもわ~っとそのスポットライトの様な光線の中を舞い、さらにその先に浅黒いイェラの肌の中で白く明るく照らされる彼女の二つの乳房が現れた。下着を外してもまったく重力に負けない見事な形をしている。
「ごくり……ちょ、ちょっとイェラ何を?」
「怖いか? アコーディオンカーテンの向こうの店の中じゃ、フルエレやセレネが笑顔で働いているぞ……」
そう言って妖しく彼女は微笑むと、ゆっくりと砂緒に覆い被さる。
「あっちょっと……女の人がそんなはしたない事したらダメです……あ・ふぅ」
「女の子みたいな声を出して、恥ずかしいヤツ」
仕様の為に詳細は書けないが、二人は白昼のバックヤードで堂々とイケナイ事を始めた。以前の一応個室であるお風呂での出来事から各段に破廉恥度が増していた。
「ホントに、ホントに皆が来たら……ヤバいです……はぁはぁ」
「ちょっと変わってるけど……良いヤツから、本当に白眼視……される変質者に様変わりだな……」
「そんな脅さないで、下さい」
「でもそうなったら砂緒は完全に私の物になるな、ちゃんと世話してやるよ」
眼前で妖しい行為をしながら、さらに妖しい顔で笑うイェラの真意が分からなくて戸惑う砂緒であった。
(やば……)
しかし砂緒はイェラを押し退ける事が出来ずに、チラッと店内の方向を見た。
―店内。
「しかし砂緒遅いわねえ? 何してるのかしら」
「あんな奴の事など気にしないでいいよフルエレちゃん!」
振り返る雪乃フルエレを紅蓮が制止した。
「ホントねえ、もうセレネが出て行くってのに私が呼んで来ようか?」
猫呼がバックヤードに走ろうとする。
「いや、いいよ。大袈裟にしなくて良い。私も軽く本拠を移すけど、別に本気で店から居なくなる訳じゃないし、砂緒もそういうつもりなのかも知れない。すぐに帰って来いよ的な?」
(この恥ずかしがり屋め)
セレネは猫呼の腕を掴みながら言った。
「えーーでもぉ」
「いいんだ、あたしはアイツを信用してるから。またひょいっと会ったりするさ」
セレネは恥ずかしそうに伏目がちに言うと、すぐにフルエレの顔を見た。彼女は笑顔を返してお互い笑いあった。
「そうね……」
「じゃあそろそろ行くよ!」
「セレネちゃん送ろうか!?」
出口に向かうセレネを見て、ガタッと紅蓮が席から立ち上がる。
「要らん! 一人で行くわ。じゃあフルエレさんよろしくな」
「うん、気を付けてね!」
セレネはにこやかに手を振り出て行った。
……一方その頃バックヤード。
「はぁはぁ……もう本気になりそうな所で止めちゃいましょう、セレネが行ってしまいそう」
砂緒は去り行くセレネを気にしてそわそわし始めた。それを見てイェラはさっと身体を離した。
「そんな理性的なんてな……砂緒は私が敵兵に掴まって辱めを受けそうな時に助けてくれて……それ以来私はお前の奴隷なんだからな、好きに扱ってくれて良いのに」
イェラは悲しそうな顔で笑い美しい裸の上半身丸出しのまま、サッと長い髪を掻き上げた。砂緒は男勝りなイェラの衝撃の告白に開いた口が塞がらなかった。
「……イェラ」
「何だ?」
「やっぱりもうちょっと!」
途端にイェラはパッと笑顔になって再び二人は重なった。砂緒の理性はあっさりと30秒程で切れ、セレネの出立に間に合わなくなった。
それからかなりして……
「皆さん?」
そーっと砂緒が帰って来て店内を見回したが、そこにセレネは既にいなかった。代わりに店内にいた全員がぎょろっと砂緒を凝視した。
「何してたのよ?」
「セレネ行っちゃったじゃない」
「なんだ依世じゃないのか」
紅蓮までもが席に座りながら砂緒を白い目で見た。
「なんで貴様が居る? それよかやっぱりセレネは」
「当たり前でしょ! 後から気になるなら恥ずかしがらずに見送ればいいじゃないの」
しかしその後少し遅れて、しれーっとイェラが髪を掻き上げて出て来た。
「どうしたー?」
振り返った猫呼から見て、白々しくクールな表情に努めているが、彼女は肌が妙に艶やかにツヤツヤして頬が上気し、妖しい生命力を感じた……
(ん? 何これ、え……まさかこの二人共バックヤードに居たの?? ちょっとちょっとどういう事、二人って出来てるの??)
妄想の耳年増、猫呼は二人の微妙な違和感を一人感じて恐怖していた。




