セレネ出立② イェラと……
「ん」
バックヤードに入るなり、セレネは目を閉じて気持ち少し上を向いた。
(これは!? なんという……かわいい)
いくら砂緒でも成長したのか、何も言わずに恐ろしいパワーが秘められているとは思えない、細くて華奢な両肩にそっと触れた。手からあからさまにドキドキしているセレネの感情が伝わる。そのまま二人は唇を重ねた。
キスが終わり二人はしばらく無言であったが、セレネが口を開いた。
「……信じていいんだよな?」
同じ様な身長だが、少し下から見上げる様な姿勢でセレネが慎重に聞いて来る。
「は、何の事でしょうか?」
砂緒は本当に分からなくて、下手な事を言わない様にドキドキしながら聞き返した。
「フルエレさんの妹の依世さんの事だ、あたしが学校で忙しい間あの子に目移りしないだろうな?」
ようやく言っている意味が分かってホッとした。
「はははははは、御冗談を! あんな珍・竹林にこの私が興味がある訳ありません。むしろ憎悪と嫌悪の対象でしかありませんな」
「本当かよ、なんでフルエレさんに似てとびきり美少女の依世さんには興味無いんだよ? お前なんか女なら何でも良いだろーが」
セレネはまだまだ懐疑的だ。
「本当ですってば! フルエレと依世は全くの別者、私は依世を女として見ておりません。こんな感情は初めてです」
セレネは砂緒の態度が余計に気になる。
「何だよその、こんな感情は初めてですって」
(ラブコメかよ)
砂緒はそんなセレネの疑り深い様子を見て、少し可愛いと思った。
「眼を見て下さい、今のキスで私はセレネとの愛一筋に生きると決意を新たにしました……」
砂緒はカッと目を見開き、三白眼の瞳がさらに小さくなった。
「単純過ぎて怖いわ! そんなんだから余計信じられないんだよ」
(何かあるとコロッと好きになるんだろ……)
砂緒は再び強く肩を掴んだ。
「んーーーじゃあもう一回キスしましょうキス」
「もういいよ、今から出発するから!」
「……」
セレネは砂緒を払いのけると、バックヤードから出て行った。
「仲が良いな!」
「うわ!?」
積んでるダンボールの影から中腰のエプロン姿のイェラがひょいと姿を現した。
「よし、じゃあイェラお姉さんがキスの続きをしてやろうか」
何故か悪戯っぽい顔のイェラが少しだけチロッと舌を出しながら言った。砂緒はあの日のお風呂の記憶が一瞬で蘇りゾクゾクっと背中に何かが走った……
「話聞いてました? 今セレネと浮気しない約束してキスしたばかりですが……」
といいつつ砂緒はエプロン下から突き上げるイェラの大きな胸の膨らみと、しゃがんでミニスカから伸びる足元のギリギリのラインが目に入ってしまう。
「だからゾクゾクするんじゃないか? 前もこんな感じだったろ、人目を盗んで……」
「でも、この状況は危険過ぎます……」
「嫌い?」
何故かイェラがしな垂れかかって来た。彼女独特の野生な香りが広がる。
(はわーーーー今セレネと浮気しないって約束したばかりなのに!?)
等と逡巡している間に、イェラが無理やり唇を重ねて来た。鍵も何も掛かっていないバックヤードでの危険な行為であった。
「むふー」
「うふふ」
イェラは砂緒の手首を掴み、自身の身体に戸惑う手を導き始めた……
(ちょ、ちょっと!? 駄目でしょーーーーーーあぁ)
―喫茶猫呼店内。
「あら、セレネお帰り~~~」
「お、お帰りなさい!」
猫呼やフルエレが何故か笑いながら彼女を出迎えた。セレネは少し恥ずかしそうだ。
「ただいま」
「砂緒は~?」
「どうしたんだろ、恥ずかしいのかな? 出て来ないよ」
「恥ずかしい? どうしてウフフ」
「何でも無いよ!!」
その当の砂緒は今、イェラとあられもない行為をしていた。
「フルエレちゃんから聞いたよ、セレネちゃん店に余り顔を出さなくなるんだって? 凄く寂しいよ……」
ふと横を向くと、紅蓮アルフォードが何食わぬ顔で紅茶を飲みながら語って来た。
「はぁ!? 何でお前が此処にいんだよ」
「何故ってお客さんだよ……依世はまだ出て来ないの? 早くあの可愛い制服姿が観たいな」
(インダヨ?)
等と言いつつ店内をキョロキョロ見回す紅蓮。
「お前もたいがい支離滅裂だな。というか欲望を隠さなくなって来た」
「うん、本当は早くまおう軍を倒さなきゃならないんだけど……」
ぼそっと言った事にフルエレが強く反応した。
「止めて頂戴! まおう軍は私達の同盟の大切なパートナーよ、倒されたら困るわよ」
その言葉で紅蓮は酷く困惑した。
「う、うん倒さないから安心して……」
(どうしよ)
「あからさまに適当な返事だな。でも安心して下さいフルエレさん、人間一人で国一つ滅ぼすとか不可能ですから。その前に紅蓮、まおう軍に白鳥號返しに行くんだろ??」
(はて……他にも紅蓮に何か言わなきゃならない事があったような……なんだっけ!?)
セレネの言葉で紅蓮はハッとした。しかしセレネ自身は相変わらず魔法剣を返却してもらう事を思い付けずにいた。




