兎幸来た、冒険者ギルド喫茶スペースの日々b
砂緒は真面目にウエイター姿でテーブルを拭いている。
猫呼クラウディアはカウンターで書類を整理し、イェラは簡易調理室でフードメニューの仕込みを行っている。冒険者ギルドの午前中のいつもの風景だった。
「はぁはぁ……私もう我慢出来ません! 今からフルエレさんに大量の氷水をかけてきます!」
切羽詰まった顔で猫呼クラウディアが、ばんっと書類の束を叩き置き立ち上がる。
「何びともフルエレの安眠を妨害する事は許されないのですよ!」
即座にがしっと砂緒が猫呼の手首を掴み行かせない様に制止する。
「何故……何故なのですかお兄様!? 私もう泣きたいです。何故お兄様はそこまでフルエレさんに激甘なのですか? 清楚な顔して何か……特別な事を……凄い事してもらってて……それで頭が上がらないのですか?」
「何なんですか凄い事とは」
ガシャッ
簡易調理室で聞き耳を立てていたイェラが物を落とす。
かなり強い女戦士と言っても実は手芸や料理や子供が大好きな、人一倍お淑やかな女性であるイェラは気まずい会話に割って入れない。
(だ、だめだ猫呼、それ以上は追及するな! 変な扉をこじ開けるな!)
ガチャリと丁度良いタイミングでドアが開き、普段から表情が読めない砂緒を除き、猫呼らは営業モードの顔になり会話が止まる。
「おお、砂緒よ、ようやく一両だが魔戦車の再生が完成したぜ、見に行くか?」
昨日に続き衣図ライグが訪ねて来た。
「それは素晴らしいですね、是非とも私もご一緒したいものです」
突然上から、どたどたと激しい音が鳴る。
「ちょっろまっれくらひゃい、わらひもいひまふ!」
昔の少女マンガの如く、口にはパンを咥え上着に袖を通しながら階段を駆け下りて来る雪乃フルエレの姿が見えた。
「おお、嬢ちゃんも一緒に行くかい? 今日は頑張って起きたんだな」
砂緒に引きずられて衣図の基準も大甘になっていた。
「…………」
「起きて……聞いていたの?」
突然の登場に驚く猫呼。
そしてなるべくフルエレにばれずにこっそり行きたかった砂緒は無言だった。三人は猫呼とイェラの事を殆ど気に掛ける事も無く適当に挨拶すると出て行った。
「殴りたい……フルエレさんをぼこぼこに殴りたいです。従業員が遊びまくる経営者の代わりに働き詰めで、諸経費まで支払ってるって変じゃないですか!? 私確か最初にこの館に訪ねて来たお客さんだったんですよ! いつからこんな搾取される立場になったんですか?」
震え声で泣き始める猫呼。
「安心しろ、決行する時は私も一緒だ。それまでは耐えろ! でも……私は猫呼とこうしているととても楽しいのだ」
「い、イェラさん…………でもフルエレさんはいつか必ずぼこぼこにします。誤魔化されません」
「……」
どの様に移動しているか謎だが、今日は兎幸は来ていなかった。