神話の終わり ①
「お、おい砂緒あたしゃらも関係あるんじゃないの??」
「そりゃ最後の締めの攻撃は私達ですからねえ、でも猫呼ほっとけ無いでしょ」
「お、おい聞いたか!? 心の無い男の砂緒が此処まで言ってるんです、猫呼先輩もう一度お父様の所に行って下さい!」
セレネは仮設手すりにつかまる猫呼の華奢な肩を持った。
「……もう最後だからって死に目に会って行けって事??」
「パシッ!! 砂緒は猫呼の頬を思い切り叩いた。そして小さな声で言った、なんてひねくれた物言いするんですか!? セレネさんは本心で猫呼の事心配して言ってるんですよ……」
「!?」
「??」
砂緒は猫呼の頬を叩きたい衝動にかられたが、彼女の気持ちも良く分かったので止めた……ので全てナレーション化して一人で言った。
「では猫呼、私達は取り敢えず蛇輪の元へ行きます。貴方もお父さんの元へ急いで下さい、じゃっ」
砂緒は無表情で片手をぴっと上げると無情にもあっさりと猫呼の事を放置して、広い魔ローダー甲板の上を渡って向こうに見える蛇輪の元へ急いだ。
「行っちゃった……」
二人に放置された途端に、猫呼の心に寂しさが漂う。
「猫呼! 何してるのよ、もうお父さん出撃するのよ!!」
二人が去った後に、少しだけ時間をおいて雪乃フルエレ女王が追い掛けて来た。その後ろには黙ったままの父王、大猫乃主もいた。
「パパ……」
―大型船メインブリッジ
『若君、千岐大蛇の方向はどうですか??』
貴城乃シューネは、全長248Nメートルの魔ローダー及び魔戦車搭載型大型船のメインブリッジから、チマタノカガチのアナ通過の報を受けて急いで発進した白鳥號の紅蓮アルフォードに、その今の動向を聞いた。危険性は低いと思われるが、紅蓮は誘引しない様に慎重に距離を取ってカガチを見守った。
中心の洲(東の地)西端の都市アナを通過後、カガチはくるりと方向を変えて内海の東に戻って行くか、それとも大猫乃主やフルエレの予測した様にセブンリーフのある南西の方角に向かうか、それを固唾を飲んで観測していた。そして紅蓮の観ている魔法モニターには、ゆっくりとそのままの方向に進むカガチの姿が捉えられた。
『シューネ、カガチは中間の海に向かっているよ、そのまま南西のセブンリーフに向けた航路だっ!』
『若君了解しましたっ! メイドくん全艦に通達してくれ、それと艦長アナの西端砂浜付近に接近だ! ただし航路図を確認して決して乗り上げるな』
シューネは魔法通信機を置いて、有能メイドを見た。彼女も目で合図する。
『全艦に通達します、カガチは南西に向かいました。我らはこのままアナに接近します。GSX-R25搭乗員とヌッ様要員は大至急魔ローダー甲板に集合して下さい』
その声を聞いて、デッキから階段を登っていたフゥーと貴賓室から甲板に向かっていた猫弐矢が再び顔を上げた。
―再び魔ローダー甲板。
胸部装甲とハッチを蛇輪に移植し裸になったGSX-R三号機と、まだ未出撃で故障の無いGSX-R四号機が、いち早く招集に集まった搭乗者付きで待機している。
『よし先にGSX-R四号機は魔戦車二両を持って先にアナの浜に飛び降りてくれ!! そこで住民説明と見物者の排除だ!』
誘導員が光る手を振り下ろした。
『了解!!』
そのまま魔戦車二両を持った四号機は、躊躇する事なく二十五Nメートルの巨体で、ドシャーーンと夜の海に飛び込んで行った。たちまち上がる水柱。
「命知らずやな」
見ていたセレネは呆れて声を上げる。
「私達の蛇輪は治ってるんでしょうか??」
「それよかフルエレさんだよ、またどうせフルエレさんとウチューとやらに行くんだろ?」
「さ、さあどうでしょうか……」
砂緒はあからさまに視線を逸らした。
「へ?」
セレネはなにやら戸惑う顔をした砂緒を見て、フルエレさんと何かあったのかと思った。
『砂緒様、蛇輪は一応見かけ上は治っておりますが、気密試験と変形試験は出来ておりません。気密は諦めて潜水服を着てもらいますが、変形試験を大急ぎで!』
突然大音響で魔力持ち整備士が機体から呼び掛けて来る。
「あんな事言ってますが……気密は諦めますって私の人権は?」
「仕方ない、フルエレさんが来るまであたしが変形試験をしておこう! て、不具合あってももう修正不可能だろが」
『計算上は大丈夫です! 前回の修理で各部精密計測済みです!!』
「ホントかよ」
「勝手に計測しないで下さい」
等と渋々言いながら二人は蛇輪に乗り込んだ。
―そして跪く魔ローダール・ツー千鋼ノ天の前。
雪乃フルエレに無理やり手を引かれて、猫呼は父大猫乃主の後を付いて来ていた。
「猫呼、皆慌ただしく駆け回っているよ、父さんもフルエレ女王もしなくちゃ行けない事がある。時間が無いんだよ、だから最後に笑顔を見せておくれ」
猫乃が言う様に大慌てで作業員や兵士達が走り回っていた。それもこれもカガチが両陸地の中間地点を過ぎてしまえば、たちまち魔ローダー神スキル国引きによる固定化作戦が困難になるからであった。猫呼も大好きな父王との事実上の別れが近い事を悟った。
「ぱ、パパ……私どうすればいいのか分からないよ……人の上に立っている私も友達の前の私も皆嘘なの、本当は不安なだけなの……もうどうすればいいか分からないよ。なんでお父様がどこかに行ってしまうの? 誰に悩みとか相談すればいいの」
猫呼は大粒の涙を流しながら必死に本心を言った。
「皆そんなものだよ。それに猫呼はもう決して弱く無いよ立派にやっているじゃないか。でもこうして猫呼がもう一度会ってくれてお父さんは本当に嬉しかった。全力でカガチと戦うからね、応援しててくれるかい」
大猫乃主は付けネコミミが外れそうになるくらいに猫呼の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「は、はい……行ってらっしゃいませ。カガチに勝って帰って来て」
大猫乃主は猫呼が声を絞り出して言った言葉に笑顔で頷くと、そのまま踵を返してル・ツーに向かった。
「フ、フルエレーーーわーーーーーーーっ」
「猫呼」
猫呼は横に立つフルエレの胸にすがり付いて父の姿が歪むくらいに涙を流し続けた。
「……行ってしまうよ」
そして程なくして、猫乃は掌からオートでル・ツーに乗り込み、群青の機体の両目が光った。
「ごめん猫呼、お父さんの為にも私、蛇輪の所に行かなきゃ……」
「ううっ、うん」
フルエレは後ろ髪引かれる思いで泣き続ける猫呼を置き去りにしてヌッ様組の元に向かった。
ズシーンズシーーン。
その様子を確認して、ル・ツーは船首に向けてゆっくりとわずかな距離を歩いて行く。びゅうっと風が吹きすさぶ中、猫呼はツインテールとスカートを押さえながら巨大なその後ろ姿を見送った。
『貴城乃シューネ殿、聞こえておるか?』
顎に手を置いて状況を見守っていたシューネが魔法通信機を取った。
カチャッ
『聞こえております』
『出撃準備が整いましたぞ』
『ブリッジから見えております。未だヌッ様組の準備が完了しておりません。しばし待機を』
『……分かり申した、待機致そう。それと最後に出撃の直前にそなたに念を押したい事がある、もう一度通信に出てもらえるな』
『当然で御座います』
『うむ』
シューネは通信機を置いた。猫乃はル・ツーの片足を船首に積み上げられている魔ローダー装甲材などの資材の上に置き、出来る限り魔法画面から両手を合わせて上を見上げる小さな猫呼を見守り続けた。




