神スキル 国引き ⑧
「この船にはその会議で女王と決まった雪乃フルエレと砂緒も乗っているそうだな、君はどう思うかね?」
三毛猫仮面と名乗った猫名は唐突にフルエレの事を聞いて来た。
「どう……と聞かれても、我らは神聖連邦帝国聖帝の臣下でありセブンリーフ事はどうとも」
貴城乃シューネは何か飲み物を入れようとカウンターを漁った。一体この男は何が言いたいのかとシューネは内心警戒した。
「いや結構、直ぐに出て行く身だ。私は端的に言ってあのフルエレという娘が何故か嫌いだ。それに砂緒はもっと嫌いな上に恨みもある」
動きを制止する様にサッと片手を上げながら言った。
「しかしまおう軍とフルエレ女王は大同盟の間柄、そんな事を言っていていいのかね?」
「いや何か君から砂緒が嫌い的な波動を感じたのだ、勘で。その顔は親戚か何かかね?」
シューネは内心フルエレと触れ合う中で、彼の心の主人である姫乃ソラーレと顔がそっくりな彼女にも惹かれ始めている事を意識していた。しかしそれとは逆に自身に顔がそっくりな砂緒が嫌いなのは一緒であった……ので間を取りお茶を濁した。
「親戚? 滅相も無い赤の他人の空似です。良く似ていると言われてうんざりしているのですよ。だから嫌いか好きかと言われれば嫌いですね。あちらがこちらの偽物の様な物です」
その答えを聞いて男はにやっと笑った。
「ならば良い。実はまおう軍の中にもフルエレや砂緒を嫌う一派がいると神聖連邦帝国に伝えたかった。それだけだ」
「ほほう、では過去の計画の様に神聖連邦とまおう軍の大同盟に戻すと?」
「気が早いな。そういう人も居る……という話なだけだ。私はここらでお暇しようか」
「ドアはあちらです」
シューネは落ち着いてぴっと手を差した。
「ふふっまた会えるだろうか」
最後まで不敵な笑みを浮かべながら多少警戒しつつも部屋を出て行った。
「この海の上で一体何処へ行こうと言うのか? 変わった奴、いや似た物兄弟か」
シューネは何故か警報機を押す事も人を呼ぶ事もしなかった。消すには何か惜しい男の様に思えた。それに今回のカガチ討伐があの男の動きで失敗しても神聖連邦帝国には痛い部分は無いとも思った。
―少し時間が戻って再び船倉。
「もしかして……先程からお前スカートの中を覗いているのか? なんというエロ根性、いやそんな事をしてる場合か、戦友にその様な目に合わされて辛く無いのか!?」
等と言いながらも仁王立ちで一切隠さないライラに感心しながら、サッワはハッとした。
(そうだ、スピネルさん何処に行ってしまったんですか酷いですよも~~~?)
実はサッワは大して怒っていなかった。牢に入れられ長期間拷問されていた彼にしてみれば、今の状況が切迫しているとは思えなかった。
「舐めていると本当に痛い目を見るぞ……」
言いながらライラは背中の仕込み鎌に手を伸ばそうとした。
「ライラ様お止め下さい」
コツコツコツ……
美柑が去ってしばらくして、その同じ階段から入れ替わりにフゥーが降りて来た。
(ふ、フゥー!?)
「フゥー……様何用で御座いましょう」
上下関係に厳しいライラは嫌いな裏切者のフゥーに対して声を絞り出して様と呼んだ。曲がりなりにも主人のフルエレが友好関係を築いているからだ。
「その少年、私に預からせて頂けませんか」
「はぁ?」
いきなり自分の獲物を奪われそうになって、瞬間的に我慢が切れた。
「お怒りは承知しますが、その少年を私の預かりにして欲しいのです」
「なんで裏切り者のテメーにんな事言われなきゃならん?」
「裏切り者かも知れませんが、今ヌッ様を操れるのは私だけ、私を斬ったり機嫌を損ねない方が賢明でしょう」
フゥーも一切表情を変える事無く平然と脅しの様な事を言ってのけた。
ジャキーーン!!
思わずライラは仕込み鎌を展開して、一瞬でビュッとフゥーの喉元に切っ先を突き付けた。しかしフゥーは一切身じろぎせずにライラの目を見たまま動かなかった。
「目が据わっているね、何を言っても無駄かい? ……じゃあ仕方ないねこの子供はアンタに渡すよ。けどこの事はフルエレ様に伝えるからね」
「どうぞ」
言いながらフゥーは短剣を取り出した。
「何を!?」
「むぐう」
(フゥー??)
シュパッ
目の前のライラの鎌など気にする事無く屈むと、驚くサッワを無視してフゥーは手早く彼の縛めを一切全部切り裂いた。
「サッワ様暴れないで下さい。彼女は多分貴方より強いですから」
「何をする気だい?」
「この人を海に降ろします。その間ライラさん護衛して下さい」
「なっ!? 何で私が」
「フゥーいいのかいそんな事して……」
サッワもライラも驚いて彼女を見た。
「海に降ろせば害は無いでしょう。きっとこの人は重要な情報も何ももって無い小物ですから」
「フゥーそりゃないよ」
事実だった。
「好きにしなよ、重要なのは猫名様の方だ」
そうして三人は人目を気にしながらデッキに出た。
ジャーーーッ
フゥーは走り回る作業員も気にせず大胆にボートダビットを操作した。
「乗って下さい。一番小さい手漕ぎボートですが此処から岸は近い、死ぬ事は無いです」
「フゥー君は恐ろしく変わったね。以前の君は僕の言いなりだったけど、何だか今の君の方が眩しいよ」
びゅっと風と波しぶきが飛ぶ中、髪をなびかせサッワはこれ幸いとひょいっとボートに飛び乗った。
「ふふっサッワ様もあまりエッチな事にのめり込まないで下さいね」
それまで無表情だったフゥーが、ボートに乗り込んだサッワに向けて自然な笑顔で悪戯っぽく言って笑った。
ガラガラガラ……
ボートがどんどんと夜の暗い海面に降ろされ、サッワが遠ざかっていく。
「フゥーありがとう、また会おう!」
海面に降りた途端にサッワの乗るボートは一気に後ろに流されて行った。
「ひとこと言っておく、前から私はお前の事が嫌いだ」
「覚えておきましょう」
一連の動作を見守っていたライラが捨て台詞を吐いて去って行った。
「今、ボートが落ちませんでしたか!?」
「ごめんなさい、国引きの練習してて落としてしまって」
「はぁ?」
気付いた船員に滅茶苦茶な嘘を付いて、フゥーは小さくなって消えたサッワの方を見ながら去った。
―その上の広い魔ローダー甲板では、まだまだ悲しみに塞ぐ猫呼を砂緒とセレネが慰めていた。
「猫呼、機嫌を直してとは言えないけど、この臨時代用お兄様に免じて猫乃に会い直して下さい」
「砂緒がこんなまともな事言う事なんて無いぞ!? 猫呼先輩……」
セレネも言いながら父が危険な道を行くというのに、どんな説得も無駄だなとは思っていた。
「……貴方達にはこの気持ち分からないわよ」
「猫呼先輩は家族が沢山いていいですよ、私なんて政争に巻き込まれて両親が殺され親の記憶がありません」
「……」
猫呼はそんな事言われても、比べようの無い辛さだと思った。
(猫呼……この船に居たか? 顔が見れて良かったよ、また会おう)
遠くからその様子を見ていたスピネルこと兄猫名は、声を掛ける事無く甲板上の何処かに消えた。
フィーーンフィーーンフィーーン
その直後、艦内にけたたましくサイレンが鳴った。
『艦内の皆さま、千岐大蛇がアナを通過しました。繰り返します、千岐大蛇がアナを通過しました。GSX-R25搭乗者及び、ヌッ様関係者の皆様は魔ローダー甲板上にお集まり下さい!!』
遂にチマタノカガチが中心の洲(東の地)の西端の都市アナを通過し、有能メイドさんによる招集が掛かった。




