神スキル 国引き ③ 猫乃頼み……
―少し時間が戻る。
「ぐ、ぐうううっ重い……なんだ!?」
明るい月明りの下、仮宮殿の南西の林の中で寝苦しい夢から醒めた様な気がして目を開けると、スピネルさんが自らの身体に圧し掛かっていて、サッワは度びっくりした。
「ぐわあああ!? スピネルさんいけません、僕達は戦友ですよ! い、一体何事ですかコレは!?」
「んん、くっ……」
しかしサッワはスピネルの様子がおかしい事に気付いた。
「ゲッ血がっなんで??」
サッワはスピネルの背中を触った掌が、べっとりと血で濡れている事に気付いて目を見開いた。実は少し前、千岐大蛇にフルエレとスナコが衛星爆撃を仕掛けた時、寸前に目覚めたスピネルは爆発の衝撃からサッワを守る為に咄嗟に覆い被さり、背中に飛んで来た大木や石か何かがぶち当たり、強打して出血していたのであった。
「かっ……」
「スピネルさん!? もしかして僕を庇って……とにかく止血です! 待って下さいよ」
サッワは自らのシャツを切り裂きスピネルの背中に当てて服を巻いて止血した。
「クラウディアの城は、いやあの怪物が乗っかって破壊したんだ、じゃあどこへ……そうだ! 西の海岸に大型船が泊まっていたな、あの中ならポーションや医魔品があるハズですよ、それをかっぱらって!!」
サッワは言いながらスピネルを抱えると、月明りのおぼつかない足元で港の方に向かって歩き出した。
―再び大猫乃主の自己犠牲も厭わない宣言の場に戻る。
「お止め下さい!! そんな危険な方法お願いなんて出来ません!」
セレネに頼みヌッ様から迎えをよこして移った蛇輪のハッチを開けて、降り立った雪乃フルエレ女王が肉声で叫んだ。
『いいじゃないですか勝手にやるゆーてるモン、やらせたらお得用じゃないですか』
『お前はいいから黙れって』
砂緒と仲良く並んで窮屈に座るセレネがポコンと頭を叩いた。
『その通りです! その様な危険な手段使わずとも、フゥーくんがヌッ様で見事成し遂げてみせましょう!』
(勝手に決めないで下さい猫弐矢さま……)
一瞬フゥーはムスッとしたが、猫弐矢は必死に父を説得した。
『もはやそれ以上言うな! 見苦しいぞ、其方がフルエレ女王を手助けすると、セブンリーフを見捨てないと言ったのではないか? 男に二言は無いぞ』
『ぐ』
猫弐矢は格好を付けてフルエレを助けると言った事を今更悔やんだ。
「いいえ! 猫弐矢さんの言う通りです! そんな犠牲の上で成り立つセブンリーフの安全など要りません、砂緒とセレネと三人でなんとかして見せます」
フルエレは大きく両手を広げて叫んだ。
「フルエレさんらしいな……」
大猫乃主の後ろでメランは呟いた。その横では兎幸が黙って聞いている。
『いいや、フルエレ女王陛下、ワシは自ら死ぬつもりなどありませんぞ。勝機があるから言っている事です。それに失礼ながら貴方もセブンリーフの大半の女王と言うなら、民の為に非情になりなされ! 皆の同盟の女王と言うなら一筋縄では行かぬ、綺麗事ばかりでは済まぬです。今ワシの言葉は貴方にとって渡りに舟のはずじゃ。ワシを利用しなされ……』
自ら望んで女王になった訳では無いが、民の為に非情になれという言葉は辛く響いた。
「で、でも……誰かに死地に行けなんて……言えない」
座り込みそうになるくらいにフルエレは言葉の重みに震えが来た。やっぱり決断出来なかった。
『ではフルエレの分身とも言うべき私から言いましょう、大猫乃主の提案にのりましょう』
『フルエレさんの腹心の私もそれで良いと思うよ』
見かねて砂緒とセレネが同時に助け船を出した。しかしまだ猫乃はフルエレを見続けている。
「い、いえ私の口からもお願いしましょう。私自身もメドース・リガリァの城を蛇輪で踏み潰した時から血塗られた身体なのです……大猫乃主様、どうぞその作戦をお願いします……だけどお命を大事に」
フルエレは頭を下げた。フゥーはフルエレの言葉に複雑な想いを抱いた。
『よくぞ言って下さった、それでこそ力が湧くという物』
遂に大猫乃主がおとりになる作戦が決まった。
『では……我ら神聖連邦帝国も力を貸すべきだな。もはやGSX-R25二機と大型船しか無いが、任意の地点まで大猫乃主様をお送りしよう。全速を出せば数時間でセブンリーフと中心の洲(東の地)の中間地点に着きましょう。それまで艦内でお休み下されい』
『シューネ、君って奴はっ!!』
この猫弐矢の叫びはとても良い奴だなの意味では無く、わが父を犠牲にすると決まった途端にそそくさと準備を始める事への怒りと批判である。しかしそれはフルエレや砂緒とて全く同じであった。
『くどい!! それ以上言うと許さぬぞ、時間は無い。すぐさま皆大型船に移動じゃ』
大猫乃主の言葉に遂に猫弐矢は黙り込んでしまった。そして皆険しい顔をして大型船に乗り込んで行く。しかしチマタノカガチは白鳥號の紅蓮が観測を続けていて、ぐんぐんとさらにスピードを上げていた。本当にもたもたしている暇は無かった。
ボォーーーーーーッ
魔法汽笛が鳴り魔法サイドスラスターから激しい回転が起こり、魔タグボート無しで急速に大型船は出航した。点呼も何も無しに本当に突然の出航であった。
『出航!! 乗り遅れた者はクラウディアの避難民のケアに当たれっ!』
魔法スピーカーから大音響が鳴り響く。
「ふぅ我らは置いてけぼりですかな」
「ですねえ、ホッとしています」
夜叛モズと部下達、それに貴城乃シューネ以外の魔戦車部隊は放置され大型船の出航を見送った。
『ヌッ様解除します! セレネさんお願いしますよっ!』
大急ぎで出航した場面を見守っていた片腕のヌッ様が突然生成解除を宣言した。
『お、おい急だな!?』
バシャッ!!
ムスッとしたフゥーは予告も無く突然ヌッ様の巨体を解除して、透明な球体になりながら落下を始めた。
『あららフワッとするわねっ』
何の恐怖も感じてない美柑が遊園地の遊具の様に落ちる景色を見た。
『あぶねーな!』
蛇輪のセレネが大慌てで球体をキャッチして、大型船の甲板に飛んだ。
ドシャッ
蛇輪は球体を持ちながら着地し、その横には既に魔砲ライフルを置いたル・ツー千鋼ノ天が居た。さらに胸部装甲が剝がされたGSX-R25と同型がもう一機、所狭しと搭載されていた。
「おおい! 銀色の上部ハッチをGSX-Rから移植するぞ!」
「大まかな形に切れ!」
「大急ぎだ!」
魔法メカマン達が叫んでいる。それを横目に見ながら砂緒とセレネとフルエレは船室に急いだ。
「貴城乃シューネ殿、大型船の出航感謝致すぞ」
「いえ、当然の事です」
既に貴賓室にはシューネと、先にル・ツーとヌッ様から降りていた猫乃と猫弐矢親子が居た。
「そこでもう一つ貴方にお願いがあるのです」
大猫乃主はお願いと言いながらも、真っ直ぐに目を見て拒否を許さぬという語気で言った。
「ほほう何で御座いましょう」
「うむ、我が命を掛けてカガチを水中誘引する代わりに、伸ばし伸ばしとなっておる高層神殿の建立、是非とも着手し成し遂げて頂きたい」
事実上の交換条件であった。
「馬鹿なっ! 父上何を言っておいでですか? そんな物と命は換えられません!!」
猫弐矢が食って掛かったが、もはや悟りきった顔をして猫乃は叱る事も無かった。
「……必ずや」
貴城乃シューネは無表情で胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「ならば良い」
両者は笑顔なく互いにじっと目を見合った。




