一緒にいるのに別れ ②
なんとか着地した大猫乃主のル・ツー千鋼ノ天は、千岐大蛇が動き出そうとする反対側に移動しせわしなく誘引し続け、それを夜叛モズの桃伝説が魔ローダースキル絶対服従でかろうじて固定しているという状況であった。
『とにかくそっちに戻るよ! なんならこの不思議な剣で首を狩り続けるしね!』
ワサッワサッ!!
立ち上がったル・スリー白鳥號は魔法の羽を全開にすると夜空に飛翔し、両腕を失って突っ立つばかりのヌッ様の方に向かった。
『おー来たか、こっちが指令するまで余計な事すんなよーオラー』
『セレネちゃんって見た目清楚な美少女なのに、凄く乱暴で面白いね!』
『お前褒めても初対面で砂緒の事空の彼方まで吹っ飛ばした事忘れてないからな』
魔法モニター越しにセレネは紅蓮アルフォードを睨んだ。
『セレネちゃんって割りと細かい事覚えてるんだねー』
『お前ウザイ奴って言われるだろ?』
(人吹っ飛ばしておいて、細かくは無いだろが……)
『そんな事言われないけどなー』
もはやモニターも見ずにセレネは言い放ったが、実際に紅蓮がこれ程までに執着してグイグイしつこいのは、最初の対面時にバトルしてその美しさと強さに見惚れたセレネだけであった。
『そんな事より! 乗ってた奴らはどうなった??』
『あ、弱かったからさして重要な連中じゃないと思って放置して来たけど……駄目だった?』
まさに翼の生えた妖精の様に、白鳥號が両腕を失ったヌッ様の肩にちょこんと停まった。
『ふざけんな! これだから王子さまは……犯罪者は一旦捕縛しておく物なんだよ!』
画面ごしにセレネに大顔で怒鳴られて、紅蓮は一瞬ビクッとした。
『ごめん……なんだかまおう軍三魔将のサッワ様とか言ってた様な……』
(凄く弱かったけど)
『なに!?』
『えっ??』
セレネとフゥーが同時に声を上げた。
『ん? フゥー今何か言ったか? メドース・リガリァ時代の知り合いかな』
『い、いえ』
(サッワ様が此処に!? この場所に倒れている!?)
セレネに睨まれてフゥーは視線を逸らした。その様子を猫弐矢が注意深く見ていた。
『そんな事はもうどうでも良いですぞ! 早く砂緒に攻撃要請をしなされ!』
しかしそんな詮索も夜叛モズの叫びで終わりを告げた。
『そうだった。僕の兄とサッワとか言う謎の少年のお陰で本筋を忘れる所だったよ。よし、今を置いて他に無いね、フルエレくんと砂緒くんに遂に落下攻撃を要請しよう! フゥーくんでは宇宙とかの蛇輪に魔法通信を繋いでくれ!』
「分かりました!」
ピーピーガーツツーツー
謎の雑音と共に魔法秘匿通信が、静止衛星軌道上三万八千Nキロメートル上空に居る、蛇輪に繋がった。
『アーッアーッこちら宇宙宇宙、凄い暇してますよ』
『繋がりました。では代わって下さい』
フゥーはとにかく砂緒と話したく無かった。
『砂緒くん! フルエレくん! 遂にカガチを仮宮殿に固定した、今すぐ落下攻撃をしてくれ!!』
『はいはい、ようやくですか~待ちましたよ』
『分かったわ! 必ずカガチを倒してクラウディアに平和を取り戻すから』
フルエレも力強くグッと拳を握って決意をした。
『だいたい落下するのに長くて二分くらいは掛かります、それまで持たせて下さいよ!』
『分かった! 今の所カガチは安定しているよ、でも早くしてくれ悪い』
『おけおけ!』
砂緒はいつもの様に気軽に返事をした。
『皆さん気を付けてね、一旦切ります!』
プチュッ!
魔法通信が切られると、蛇輪内は再び宇宙の静寂に包まれた。
『ふぅじゃ、とっとと爆撃しましょうか!?』
と、スナコがフルエレに言ったが、画面から返事は無かった。
カシャッ!
何事かと思った瞬間、通路のシャッターが開き、にょきっと雪乃フルエレ女王が頭を出した。
「来てしまったエヘヘ」
「あ、ああ」
最近に無い行動にスナコに扮した砂緒は素直にドキッとした。
「よっと、緊張してない? 怖く無いの??」
完全に体を出すと、ドレスのままのフルエレはふわっと金色の髪と服を膨らませてスナコに寄り添った。
「やはり……こうして間近で見ると、フルエレは震えるくらいに美しいです。最初に出会った時の私の目に狂いは無かったようです」
確かに無重力空間で笑顔でふわふわ浮かぶフルエレは神々しく見えた。
「ありがと」
と、言ってフルエレは笑った。
「でも……急がないと」
「そう、でも」
言い掛けてフルエレは再び笑ったが、言葉に詰まった様に見えた。
「そう、でも何ですか……そう言えば、先程何て言ったんですか?」
「うん、もういいよって、言ったの」
再び二人に沈黙があった。
「い、いえ、そんな訳には行きません。最初の森で出会って以来……いえ、あっけなく死んだ私の片割れらしい真実の鏡の遺言の為にも、私はこれからもフルエレを守りますよ。それに前から言ってる様に、何かあれば漁村でも……」
「漁村でも山村でもフルエレを抱えて逃げてひっそりと暮らしますよ、でしょう」
フルエレが笑顔で続けた。
「え、ええ、そうですそうです! それです」
「久しぶりに聞けて嬉しい、ありがとう。でも……もういいのよ」
フルエレは浮かびながら両手でスナコの頬を押さえた。
「い、いえそういう訳には。片割れの遺言……フルエレを襲う不幸とやらを……」
「もういいのよ。私の真実の鏡さんが死んだ時に、貴方の役割はもう終わったの。これからは自由に生きて良いのよ。悲しいけど鏡さんが死んでしまって私の放浪の旅は終わったのよ。もうこれからは私の不幸は私自身でなんとかするわ」
「………………」
砂緒はいきなり重い任を解雇された様で脱力した。
「それにチマタノカガチも私に関係あるんでしょ?」
「……え、ええまあ少し」
フルエレに隠し事は出来ないと最大限言葉を濁しつつ認めた。
「私の責任ね……」
「でも……でもでも、一人の貴方を放ってはおけないです」
「じゃあカガチだけは倒して行って頂戴な。でも貴方の心はいつもセレネを想っているわ強く。それにイェラや七華やその他大勢の女の子も、うふふ」
何故か言いながら笑顔のフルエレの目からつーっと涙が溢れているのに気付いて、砂緒も目から大粒の涙がぽろぽろと湧いて出て来て宙に浮いた。何かフルエレの言葉に森で出会って以来の二人の旅の終わりを感じて、無感情のハズなのに次から次へと大量の涙が止まらない。
「あらあら、こ、こんなにして」
フルエレは砂緒のその涙を指先ですくって拭い続けた。
「何か悲しいです」
「悲しくないわよ、今までと別に変わらないわ。これが終わればまた喫茶猫呼に戻っていつも通りじゃない!」
「そうですね、もちろんです」
砂緒も無理に作り笑いをしたが、何かが大きく変わると思った。
「これは、今までの分のお別れのキスよ」
そういうと、フワリと浮きながらフルエレはスナコの兜のおでこにそっとキスをした。分厚い兜を被っていなくとも、もはや二人は以前の様にキスをする事はもう無いのかもしれない……
「でも……最初に会った時以来の好きな気持ちは変わりませんよ」
「ええ、同じよ」
そう言いながらフルエレは両手を頬から離した。
「……命じます! 砂緒よ、クラウディア王国に降臨し、千岐大蛇を倒し平和を取り戻しなさい!!」
フルエレはびゅっと片手を振りながら勇ましく言った。
「ラジャッッ!!」
カチャッ
スナコは目をつぶり笑顔で敬礼した。




