帰国クラウディアへ 下 出航、シューネと美柑……
次の日、願い適って神聖連邦帝国第二百十二第聖帝に、ライバル達に先手を打って申し開きの機会を得た貴城乃シューネは聖帝陛下の宮殿に向かっていた。
「何時になったら出て来るのでしょうねえ、私は心配ですよ。実は斬首されてたりしないんでしょうか?」
根猫三世が眉をひそめて小声で言った。聞いていたフゥーは少し心配して猫弐矢を見る。
「いや聖帝陛下はそんなお人では無いらしいというシューネの話を信じよう」
しかし根猫三世はさらに顔を近付けて言った。
「いえね、実は数代前の聖帝の御代に王子がなかなか喋り出さないという事がありまして」
「ほうほう」
猫弐矢は興味深い話にネコミミをぴくぴくさせた。
「それが何故かクラウディアの神の祟りだという事になりまして」
「エーーッ何でですか?」
「いやー疫病の流行も王子の声が出なくなるのも全部大抵クラウディアの祟りという事になるのですよ」
「そりゃ怖いですな」
猫弐矢はその当事者であった。
「他人事みたいに……所が、我が先祖の根猫二世のご近所さんがクラウディアで捕獲したという体で鵠を献上したら王子が面白がって話す様になったとか……その恩賞としてクラウディアの高層神殿の建築費用を貰ったのですが、我が領地の発展に使ってしまいましたテヘッ」
ネコミミ男の根猫三世は可愛くぺろっと舌を出した。
「お前かーーーーーっ!!」
突然怒り出した猫弐矢は根猫の胸倉を掴んで殴り掛からんとしたので、慌ててフゥーが止めた。
「そう怒らないで下さい! あくまで先祖の話にて」
「先祖てあんたの親の話では?」
「まだ年端もゆかぬお子様の時代にてどうかご容赦を」
それからもしばし時間が経ち、三人は雑談したり三角座りをして死んだ様な目で黙り込んだりして時間を潰したという……
「……何をしている貴様ら?」
宮殿の正門前で無言で三角座りをして待ちわびている三人の元に、当の貴城乃シューネが不思議な顔をして現れた。彼を見て三人はヤレヤレとゆっくりと立ち上がったのだった。
「何をって君を待っていたんじゃないか」
「何故?」
「何故って仲間じゃないか」
一瞬シューネは言葉に詰まった。
「べ、別に仲間等とは思っておらんのだからなっ」
「……今のは萌えた方が良いのか?」
「いや結構!」
シューネはぴっと片腕を出した。
「で、どうだったのかい? 聖帝陛下からはきつくお叱りでも受けたのかい?」
「いや、むしろセブンリーファ島の内情を良く調べて来たと褒められた上に、休む暇無く取って返してすぐさまクラウディアの異変を調査させる事に心苦しいという言葉まで賜ったよ。金輪の破壊には一言も触れられなかった……やはり偉大な御方だ」
「ほうそれは良かったじゃないか」
「ほっとしましたシューネさま、姫乃さまの御口添えですね」
フゥーは少し笑顔になった。
「ふむ、では早速出発の準備をした方が良いぞ。明後日には出発だ!」
「うむ、明後日でも遅いくらいだが仕方が無いな」
「私も出来る限り物資の手配を致しましょう」
「あ、あの私は?」
フゥーが遠慮がちに聞いた。
「何を聞いている、お前は私と猫弐矢の側に常に付いてもらうぞ」
「はい!」
もしかして置いてかれるのではと危惧していたフゥーは久しぶりに満面の笑顔になった。
「聞いた紅蓮?」
行き交う人々に紛れて偵察していた二人だった。
「ああ美柑聞いたよ。明後日出発する船に密航しよう!」
「……姫乃さんに会ったのが幻覚じゃなきゃ、貴方本当に王子なのよね? なんで密航するの??」
「そっちの方がかっこいいからじゃないかっ!」
(もしかして、この子ちょっとヘン?)
美柑はようやく紅蓮がもしかしてポンコツなのではないかと疑い始めた。
―そして二日後、貴城乃シューネと猫弐矢とフゥーは、ハンカチで涙を拭きながら手を振りまくる岸壁の根猫三世と別れ、船上の人となっていた。
「一体クラウディアがどんな状態になっているか、加耶ちゃんが無事か気になって仕方ないよ」
「私も夜叛モズを討ちたくない物だ。しかし高性能試験機とは言え拝領したCBR25-RRで桃伝説に勝てるのか、気に病んでも仕方ないが」
三人は潮風に吹かれながら話し込んだ。
「陸路から泡海伝いに北上するのかと思ったけど、内海回りなんだね?」
「安心しろ、スィートスには近寄らず、寄り道もせずにアナを通ってすぐさまクラウディアに行く……」
「アナ? 東の地、いえ中心の洲の最西の地ですね?」
「そうだ、御親征の折には基地ともなる地だ」
親征と聞いて猫弐矢が厳しい顔になった。
「おっとそれはまた将来の話だ。私は用事がある故二人で仲良くしててくれ」
シューネは片手で手を振りながら消えてしまい、フゥーは戸惑いながら猫弐矢の顔を見た。
「……おにぎり食べます?」
―船倉。
コツコツコツ……
「紅蓮、誰か来たわよ!!」
「シッ君も隠れて!!」
樽に潜む紅蓮にメイド姿の美柑が囁いたが、時既に遅しであった。
「おや、何故こんな船倉にメイドさんが?」
シューネと目が合った美柑はびくっとしつつも言い訳を考えた。
「すいません! お手洗いを探していました」
「トイレを探してうろつく者を見たらスパイと思えというのが鉄則だ」
シューネは美柑の腕を掴んだ。
「ひっお止めください」
(チッ殺るか?)
途端に美柑が暗殺者時代の顔に戻った。
「二人とも待て!」
突然樽の蓋を頭に乗せたまま紅蓮が立ち上がった。緊迫する場面にそのふざけた姿を見て二人は眉間にシワを寄せた。
「若君、やはり此処にいらしたか? 何もまた密航の真似事をしなくとも」
「いや、そんな事はどうでも良い。早く僕の大切なパートナーの美柑の腕を離せ!」
ふざけた格好だが、紅蓮は怒っていた。当然家臣のシューネはすぐさま手を離し跪いた。
「驚いちゃった! 今度こそ本当に紅蓮は王子さまなんだ」
美柑は素直に手を合わせて驚いて目を輝かせた。
「このメイドさんの御方は?」
「この子は僕のパートナーで美柑ノーレンジ、超S級冒険者だ」
言われてシューネはしげしげと顔を見た。
「おや、この方何処かでお見掛けした??」
「いや会って無いよ。ただこの子は姉上にそっくりな雪乃フルエレの妹さんなんだ」
「ちょっと紅蓮勝手に教えないでよ!?」
紅蓮の何気ない言葉にシューネは驚愕した。
(なんと!? どうりで美しい、というかカワイイ……十三歳くらいか? この子を自分好みに育て上げる事が出来たら)
一瞬シューネは邪な目で美柑を眺めて、彼女はゾクッと寒気がした。
「待て、たとえ姉上の覚え目出度きシューネだろうが、僕の大切な美柑に手を出したら許さないぞ!」
樽の蓋を取った紅蓮は指を指して言い切った。
「い、いえ滅相も無い。それよりも若君は立派に聖帝陛下のご命令を遂行しつつあると感服しておるのです」
「?」
紅蓮は急に畏まるシューネを訝しく見た。
(ふむふむ雪乃フルエレ女王の妹だと? 王子は立派にセブンリーファ島の調略に成功しておる! ココナツヒメは脱落してしまったが、これは後々役に立つぞ)
「若君お邪魔致しました。この船倉どうぞご自由にお使い下さい。必要な物があればなんなりと」
「そうか、ならば下がれ!」
「ははっ」
シューネは半笑いのまま腰を曲げて去って言った。
「何よアイツ何だか嫌い!! それにどこかで一瞬見た気もするのよね」
美柑の言う通り、ププッピ温泉近くで戦闘をした事のある砂緒とシューネは同じ顔をしていた。




