猫弐矢さん友情 下 姫乃トキメク
「くれぐれも言っておく、これまでの私の発言や行動は全てリセットして忘れてもらおう、よいな?」
貴城乃シューネは急に表情を強張らせて言った。だがなんとなく猫弐矢は以前の様にシューネの事を疎ましく見る事が出来なくなって平然とした顔で答えた。
「わかっているよ、君が実は砕けた人物で面白い事を言ったり悪戯心がある人物だという事は隠しておきたいのだね?」
猫弐矢は悪戯っぽく言った。フゥーはそこらへんにしておかないと、シューネがいつ本気で怒りだすかとヒヤヒヤしながらも黙って聞いている。彼女は姫乃ソラーレの近くに居るだけで緊張しているのだった。
「そうだ、分かったら黙ってもらおう」
「はいはい、君が実は今も姫乃殿下の事が大好きで、子供時代に貰ったペンダントを大事に持ってた事なんかも隠せば良いのだね?」
「そ、それは本当なのですかな!?」
根猫三世も驚いたが、今夜の猫弐矢はしつこかった。シューネの弱みを知って嬉しくて仕方が無かったのだった……だが、そこまでだった。恐ろしい顔をしたシューネは一瞬で剣を抜いて猫弐矢の顔に当てた。
「それ以上一言でも言えば、本気で君を斬る! これ以上は冗談では済まさないぞ」
シューネの目は本気だった。少し悪乗りし過ぎたかなと思った彼は、慌てて両手を上げて降参した。
「わわわ、悪かったよ! もう言わない決して言わないお口にチャックだ!」
「ふん? 私も君を斬りたくない」
カチャッ
シューネはむすっとした顔で剣を収めて、フゥーと根猫三世はほっと一安心したのだった。
(しゅ、しゅしゅシューネはやはり、今でもわたくしの事が好きですって!? しかも昔に露店で買ったペンダントをまだ大事に持っているだなんて……わわ、わたくしどんな顔でシューネに会えば良いのでしょうかっ!?)
その会話はバッチリと姫乃ソラーレに聞かれていた。彼女は弟の紅蓮にシューネが来る事をほのめかされていたので、そわそわしてドアの前で突っ立っていた所に、複数人の足音と会話が聞こえて不審に思い、壁に耳を当てて盗み聞きしていたのだった……彼女は突然の展開にトキメいてドキドキして顔を赤面させつつも、努めて心を落ち着かせながらそーっと壁から少し離れた。
コンコン
「貴城乃シューネで御座います。夜半にご無礼かと存じますが、帰投の報告並び少々お願いしたき儀がありまかり越しました。どうぞ姫乃殿下にはご尊顔を拝したく」
静かにノックをした後、やはり聞き逃されても仕方が無い様な小声で言った。共の目があるので普段よりも心なしか丁寧に呼び掛けたのだった。
「………………」
しばらく経っても返事が無かった。姫乃は息をひそめて出るタイミングを見計らった。わぁーーいといきなり飛び出ると姫としての沽券に関わる、そう考えたのだ。しかし一瞬シューネは姫乃に見放されたのかと焦り始めた。
カチャッギギギ……
大きな扉が静かにゆっくりと開いた。今夜は一人になりたくて、いつもいるメイド達は居なかった。
「……この様な夜半にどうしたのですか? おやシューネ、貴方は夜叛モズらとクラウディア王国へっはうっ」
途中まで如何にも突然の来客に驚く体を装っていたが、シューネと目が合った途端に激しく赤面して俯いて黙り込んでしまう姫乃。
(うっっこれは……先程の会話を聞かれている……)
幼い日から長年姫乃と一緒に過ごしたシューネは、姫乃の態度で彼女が盗み聞きしていただろう事を悟り、恐ろしい殺気の籠った顔で一瞬猫弐矢を睨むと、すぐさま努めて平静を装い返礼をした。
「申し訳ありませぬ姫殿下。そのクラウディア王国で緊急の異変があり、姫乃殿下の御助力を賜りたく参った次第、何卒ご容赦下さい。そしてこの両名は我が僚友でありクラウディア王国に深く関係する者、どうかこの二人にも謁見の御機会を」
シューネが頭を下げると根猫三世と猫弐矢も続けて頭を下げた。神聖連邦帝国の姫である彼女から見て、名も無きメイドさんであるフゥーは、一歩下がって頭を下げると待機の姿勢に入った。その様子をちらっと猫弐矢は見ると、入室を許可した姫乃達の後に続いて部屋の中に消えて行った。
部屋に招かれ豪華なソファーに腰掛けると挨拶も程ほどに、シューネはクラウディア王国からの連絡が途絶した事、自分が反逆を疑われて連座して罰を受けそうな事、そしてセブンリーフで金輪をズタボロにされた事等を伝えた。当然自分に都合の悪い事は隠しまくった。
「そうなのですか……その様な事が。しかし栄光の四旗機の一つ金輪がその様に破壊される等、何があったのですか? もしや聖都で暴れた??」
姫乃の鋭い指摘にシューネはもはや隠せまいとその部分のみ真実を伝えた。
「そうですあの夜、聖都に侵入したセブンリーファ島の未開の部族のたぶらかしの姫の家臣、たぶらかしの者の返り討ちに遭い、無残に敗北を喫しました。聖帝陛下より預かりし神機を破壊した罰、万死に値します」
シューネは立ち上がると深々と頭を下げた。
(未開の部族だなんて、シューネ自身もその目で僕達と同じだと見て来たじゃないか……)
猫弐矢はシューネの余りにも酷い言いぶりに半ば呆れて聞いていた。
「座りなさい……それよりもそれよりも、わたくしはシューネが……その、無事で帰国してくれた事が嬉しいの……わたくし……」
シューネだけでは無く、猫弐矢にも根猫三世にも姫乃の異変は察知出来た。明らかに威厳を保とうとするのを忘れて目をうるうると潤ませ乙女を出して来ていた。
(姫乃さんさっきの話聞いちゃった!?)
猫弐矢はそっとシューネの顔を見ていたが、彼は至ってクールな顔をしていた。
「姫殿下そう言えば、数多くおられる聖帝一族の中から見目好き王子とご結婚されるというお話は如何あそばしましたでしょうか? 紅蓮さまが放浪の身となれば聖帝家の王子と姫殿下が御生みなされた王子が新たな聖帝を継ぐ身、とても大事な事ですぞ」
クラウディアの異変の話題の最中に、余りにも唐突過ぎる話題転換であった。しかしこれで姫乃はシューネが何を言いたいのか一瞬で諒解して、先程までの乙女の顔は消え失せ冷たい無表情になった。
「……何ですか藪から棒に、助力をねだって夜半に押し掛けて来て、わらわに指図する気ですか?」
「……いえ、決してその様な訳では。しかし姫殿下にとって一番大切なお話に違いありませんな」
一瞬で二人はギスギスし始めた。根猫三世はマズい事になったと猫弐矢を見た。
(身分差ァーーーーーーーーッッ!!!)
本当にクラウディア王国に急いで帰国しなければいけない時に、軽はずみに何て事をしてしまったんだと彼は自分を責めた。
「うわああああああああ、全部僕の所為だっ何もかも僕のせいだぁああああああ!!」
突然猫弐矢は頭を掻きむしって叫び出した。廊下で待つフゥーは突然の大声にビクッとして振り返った……




