出会い、姫乃ソラーレと依世 下 ドレス賜り大興奮
「やめてっ! 離してっ!!」
思わず美柑は後ろを振り返って叫んだ。
「ふぐ? ふぐふひゃはい!」
(誰? 離しなさい!!)
例え羽交い絞めにされても高貴さを失わない姫乃ソラーレは、後ろから強い力で締め付ける何者かに向けて毅然として強く言い放った。しかし内心は恐ろしさで震えが来ていた……
「姉上、落ち着いて下さい僕です紅蓮です!」
「紅蓮やめて、姫乃さんが苦しいわっ!」
彼女を羽交い絞めしているのは、恐ろしい勢いであまといを伝って多層塔の外側から侵入して来た紅蓮アルフォードであった。彼は美柑に促されてゆっくりと手を離し、そして姫乃自身もゆっくりと振り返って久しぶりに見る弟の顔を確認したのであった。
「この無礼者、何故紅蓮が帰国しているのですか?」
姫乃は安全装置を掛けて短魔銃を引き出しに収めた。
バシャーーーバシャーーーバシャバシャ
ゴロゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ……
まだ事故的に砂緒以外に触れられていない穢れ無き唇を、汚い弟の手で触られた為に姫乃は必死で顔を清め口をゆすぎにゆすいだ。
「あ、姉上……? あの、弟が久しぶりに帰国したのですぞ?」
タオルで塗れた顔を拭き、一応お顔のチェックを済ませるとようやく姫乃は二人の元に戻って来た。
「何を触っているか分からない手で触れられたのです、当然です! それに貴方はお父上から厳命されているまおう討伐は済んだのですか? こんな可愛い子を連れ帰って……姉は呆れています」
姫乃は目を閉じて首を振った。
「何も変な物は触っておりません! 人聞きの悪い言い方はよして下さい。確かにまおう討伐はまだで御座いますが、中々に難敵なのです。そう簡単に進む物ではありません!」
「姫乃さん御免なさい、私がちゃんと紅蓮と一緒に来てればこんな騒ぎにならずに済んだのに……」
美柑が間に割って入った。
「美柑ちゃん?」
「はい! 美柑です」
姫乃は、芸名とか言っていた依世に気を遣った。美柑はその気遣いが嬉しくて彼女に好感を持った。
「美柑ちゃんは悪く無いのでしょう。きっと全てこの愚かな弟が悪いのです。それに遠くセブンリーフからどうやって帰国したのですか? まさか彼女に抱えて飛んでもらったのですか??」
姫乃は紅蓮と美柑の身体の大きさを見比べながら言った。
「そんな訳ありません! シューネの船に便乗して来たのですよ」
その言葉を聞いて姫乃はハッとした顔をした。
「シューネが無事に戻って来たのですか!?」
「……弟と態度が違い過ぎませんか? そうですけど、知らなかったのですか? もう昼間に到着しているのですが、知らせは届いていませんか」
「全く知らされていませんでした」
「あの私達港で粘っていたんですが、日が暮れ始めてから此処に来たのです」
姫乃はさらに心配顔になってあらぬ方向を見て考えた。
(おかしい……こうした大事の前後には絶対に挨拶に来ていたのに……そう言えばもう頻繁に会わない方が良いみたいな事を言っていた……そういう事なのでしょうか)
シューネという者の名前が出た途端に姫乃の様子がおかしくなったのに美柑は気付いた。
「そのシューネさんというのはフィアンセさんですか!?」
「違う!!」
「違います!!」
姉弟揃って突然大きな声でシンクロしながら言ったので美柑は驚いた。
「そ、そうなんですか!? アハハで、その人は今何処にいるの?」
美柑は必死に誤魔化した。
「そう言えば此処に来るまでに彼、何故か警備兵に囲まれてたなあ~」
突然紅蓮が先程の事を思い出した。
「何ですって!? そんな大事な話、もっと早くお言いなさい!!」
「どうしますか? 今から僕が助けに行きますか?」
紅蓮は弟にすぐに怒る姉に恐々と聞いた。
「いいえ、セブンリーファ島に居るハズの貴方が表に出ると騒ぎになります。それに聖帝の息子がそうした変事に安易に関わってはいけません。何かあれば彼自身の才覚と運で切り抜けなければいけないのです。良いですか、私情で家臣の揉め事の一方に肩入れする事はあってはなりませんよ」
「は~~~い」
(うっわ、さっき警備兵突き飛ばして来ちゃったよ……)
紅蓮は神妙な顔をして誤魔化した。
(姫乃さん……きっと心配に違いないのに)
美柑は私心無く公平に物事を見る姫乃はきっと良い女王に違いないと思った。
(シューネ、どうか無事で居て下さい……)
美柑の想像通り姫乃の心は一瞬乱れかけたが、一旦その事は忘れる事にした。
「美柑ちゃん、少しお待ちなさい」
そう言うと姫乃は部屋の奥に消えた。
そしてしばらくして戻って来た彼女は手に美しい布を持っていた。
「うわーそれ何ですか、見るからに綺麗です!!」
「先程は間者等と言って悪かったですね、お詫びに與止日女の為に作っていたドレスをプレゼント致しましょう。これは魔導士に頼んで、着た者が三割増しに美しく見える魅了が掛けてある糸製の特別なドレスなのです……」
姫乃は惜しげも無く、美しいキラキラ光る不思議な布製のドレスを美柑に手渡した。
「うわ~~~嬉しいです!! でも……あれ?」
美柑は早速自らの身体にドレスを重ねて喜んでみたが、やってみてそれは明らかにサイズが大きかった。
「そうなのです……サイズ感が分からなくて、気付くと紅蓮にぴったりのサイズに仕上がってしまって……」
その瞬間紅蓮の目がキラッと光った。
「ダメーーーッ!! そんなドレス貰っちゃったら紅蓮が興奮して喜んじゃうよっ!!」
突然美柑が大声で叫んだので姫乃はびっくりした。
「あらあらまあまあ、最近の若い子は……おほほ、ま、まあ何ていうハッキリと物を……」
(紅蓮が興奮して喜んじゃう!? 一体どういう意味なのです……まさかこの二人、ごくり……つまりそ、その……色々な経験を既に!? わたくしなんてあの侵入者に唇を一瞬奪われただけですのに!? い、いえ遠い異族の民の事、我々とは感覚が違うのかもしれませんね、此処は落ち着いて年上の威厳を保つのです姫乃っ)
思い切り美柑の言葉を勘違いして受け取った彼女は変な考えがグルグル回ってしまったのだった。




