出会い、姫乃ソラーレと依世 上 ネコミミスリスリの儀
「ぶしつけながら、猫弐矢さまはこの後のご予定は?」
根猫三世に問われ、思わず猫弐矢は振り返って貴城乃シューネの顔を見た。
「私は一旦統帥本部に帰投を報告してのち、聖帝陛下からの呼び出し待ちとなるな。特に何もする事は無い。事実上静かに謹慎みたいな物だ」
「それじゃ、我がクラウディアに置き去りにされた夜叛モズとやらはどうなるんだ? 本当にいい加減だな、加耶ちゃんが心配でならないよ」
「それは用件が済み次第、取って返してちゃんと収めると言っただろう。心配性だなあ」
シューネが他人事の様に言ったので猫弐矢は呆れた。
「君は本当に命が懸かっているのかい? もうちょっと切迫感を持って行動しろよ……」
「あはは、実は割と神聖連邦帝国はゆるふわな部分があってねいい加減な人間が多いんだ、君も早く慣れた方が良いよ」
「そんな神聖連邦に負ける国々はたまった物じゃないよ」
猫弐矢は首を振った。
「あの……お取込みの所申し訳ありませぬ、猫弐矢さまは卒爾ながらお宿の手配等は? お城にお泊りに??」
再びシューネを見た。
「いや、姫乃にとりなしをお願いして聖帝陛下から正式に再出撃のお許しを得るまでは、宮の自室にいる間に私を良く思わない者達に襲撃されたり捕縛されたり、いきなり首を落とされたりしかねない。何処か宮殿の外で身を隠した方が良いかもしれない」
シューネは急に恐ろしい事をしれっと言った。彼は思わず姫乃と呼んでいたが、後半が衝撃的過ぎて誰も気にしなかった。
「いきなり首を落とされるってドコがゆるふわなんだよ。君とは縁を切りたいよ……とにかく今の所行く当ては無いみたいだ」
ようやく根猫三世に向き直して言った。
「それならば、我々の一族はもともと聖都ナノニルヴァの津の南にも、間の山の周辺にも旧聖都にも広大な領地と館を持っております。どうぞ好きな場所を自由にお使い下さい。猫弐矢様にお泊り頂けるなぞ一族の誉れで御座います」
気の良さそうな男の根猫三世は再び深々と頭を下げた。
「おお、だからもう頭を上げておくれ」
猫弐矢は思わず手を差し出して頭を上げさせた。
「良かったではないか猫弐矢くん! 早速一番近くのナノニルヴァの南の館で休ませてもらおう」
しかしシューネの言葉に根猫はどきっとして猫弐矢を見直した。
「あの……貴城乃様もご一緒に? お城に帰還されるのでは……」
あからさまに嫌そうな顔で猫弐矢に聞き直した。本心では根猫は会合などで遠くから見掛けた事があるシューネの事が嫌いであった。そもそも聖帝や姫乃ソラーレ等ごく一部の理解者を除き、なあなあで旨い汁だけを吸いたい者達からは、生真面目で神聖連邦帝国への忠誠一辺倒でどんな冷酷にもなれるシューネの事は、嫌われ煙たがられ良く思われていなかった……いきなり首を落とされるというのもあながち大げさでは無かった。
「残念だが彼も一緒にお願いしたい」
嫌がる彼の為に猫弐矢は軽く頭を下げた。
「おお恐れ多い、猫弐矢さまお頭をお上げを。分かりました、早速向かいましょう!」
「有難い。なんとお礼を言ってよいやら」
再び猫弐矢は感動して彼の手を取った。フゥーはむすっとした顔で両者を見続けている。
「さて……それでは早速、ハァハァ……見知らぬ遠方地でクラウディア人同士がバッタリと出会った時のいにしえの儀式、ネコミミスリスリの儀を執り行いましょうぞ!」
根猫三世は何故か多少顔を紅潮させると中腰になり、頭突きをする様にネコミミを突き出した。
「い、いやそれは……」
「おお、今何か謎のパワーワードが出たな。ネコミミスリスリの儀とな?」
猫弐矢が戸惑う中、シューネが目を輝かせた。
「はい、こうやってクラウディア人同士が、ニャ~~ゴ~~と言いながら、頭頂部をスリスリと……」
根猫は身をもって教え始めた。
「ほほうこれは興味深いな、早速やってみるんだ」
「ははっ!」
「い、いや今は急ぐ身。その様な事はする暇は無いだろう」
猫弐矢は荷物を持ち先を急ごうとする。
「いいよそれくらいは、私も観てみたい」
「貴様は早く姫乃さまの所にいけぇーーー!!」
猫弐矢は思わず怒鳴った。
「恥ずかしがる事はありませんぞ、ささっ猫弐矢さまも中腰になって」
「いや、僕はいいよ」
「さぁさぁ……身も心も預け魂を解放するのです」
「ネコミミスリスリの儀なぞ無いわっ!!」
ガスッ!!
いつも穏和な猫弐矢がいきなり根猫を殴り飛ばして皆唖然とした。
「あうっ!?」
「何をするんだ猫弐矢くん、彼は大切な宿と飯の種だぞ」
「本当にその様な儀式があるのですか?」
フゥーが思わず聞いてしまう。
「こら、聞くな!」
「はて、このメイドさんは?」
「はい、私も遠い祖先がクラウディア人であると亡くなった母から幼いころ聞かせ続けられたのです」
フゥーは遠い目をして言った。
「おお! それは良い。メイドさんには私のスペア猫耳を進呈致しましょう。ささっ早速ネコミミスリスリの儀を執り行いましょうぞ!!」
根猫は素早くフゥーの頭にネコミミを装着すると無理やりに頭を擦り付けようとする。
「え、ええ、私はご遠慮致しますわ」
フゥーは必死に首を振って拒絶した。
「まあまあ恥ずかしがらずに、男女の別無く皆やっておる事ですぞハァハァ」
根猫は何故か頬を赤らめ興奮していた……
「い、いやあああああああああ」
フゥーは人目もはばからず激しく拒絶した。
ガシッッ!!
再び猫弐矢が根猫の頭を殴った……
「セクハラやないか」
「も、申し訳ありませぬ……嬉しさのあまりつい」
ようやく目を覚ました根猫三世は先に猫弐矢とフゥーを館に案内する事にした。果たしてネコミミスリスリの儀が実在するのか、それとも彼の口から出まかせなのかそれは永遠の謎と言えよう。




