洋上の極秘会談 上
―新ニナルティナ、喫茶猫呼。
この喫茶猫呼は雪乃フルエレが店に出勤している時は、彼女の意向で客を選り好みして絞りに絞っているので今日も閑古鳥が鳴くスカスカ状態となっている。彼女が新女王に即位した最近では、猫呼の配下の闇のギルド員が入口で客の身体検査をして、ノリがおかしい人は自動的に間引かれるシステムとなっていた。特にフルエレが誰にも会いたく無い時はどんな常連客でも店に入らせないオーラを全開にしてフルエレの心の平安を保つ事になっている。
「フルエレ、入口の闇の者に客を追い返させる仕組みなんとかなりませんか? せっかく軌道に乗り掛けて繁盛していた喫茶店がまた元の誰も居ない状態に逆戻りなんですが……」
いつもの様にする事が無い砂緒が掃除したり食器を拭いたりを無意味に繰り返している。客が居たとしても何の拘りも無いインスタントレギュラーコーヒーを出すだけなのだが。
「ごめんなさい……まだまだ新女王として心の整理が付かなくて……今はこうして一人で自分を見つめ直したいの……」
等と言いつつ、フルエレはいつもの客のソファーで寝転がりながら分厚い良く分からない実録マンガを読んでいる。
「すいません……台詞と実態がかけ離れている気がするのですが……もしかしてめんどくさいから寝ているだけなのでは無いですか? 久しぶりに仮宮殿に行って女王の真似事でもしてみたらどうです??」
「嫌よ……まだあそこには行きたくないわ」
少し機嫌の良かったフルエレの顔が曇って来た。砂緒はこれ以上言って指輪が無くなった当時のどん底のフルエレに戻られると困り物なので、これ以上は追及しない事とした。が、最近砂緒は楽したいが為にフルエレは計算ずくで時折悲しい顔をしているのではないかと疑り始めていた。
「そう言えば猫呼は何処に行ったか知りませんか?」
「闇のギルド員の再雇用と再編の為にオフィスに居るわよ」
「イェラは?」
「麵料理の屋台を始めるとかでその準備みたい。手伝ってあげたら、好きなんでしょう?」
「いえ~~?」
砂緒はとぼけきった顔をして、少しだけ二人に沈黙が流れた。
「そう言えばあんたとコンビのセレネの姿が見えないわねえ、何処行ったの? また姿消した??」
フルエレがマンガ本を置いて店内を見回した。
「置手紙とか無いので姿消した訳じゃないでしょう。真面目に学校に行ってるだけでは??」
「そう……する事が無いわねえ」
等と言いながらお菓子をかじった。
「だからフルエレが客を入れさせないからです!」
砂緒はフルエレが何をしたいのかと思って大声を出したが、彼女には全く響いて無かったのか、再び寝転んでしまった。
「つまんねーな。また戦闘とかしたいぜ!」
そんな二人を目を細めて見ていたシャルがあくびをした。
―新ニナルティナ湾、沖合。
旧ニナ王国の金銀財宝が散逸した小島のさらに北の沖合に、驚くべき事にまだ貴城乃シューネの乗る大型船は停泊していた。その甲板には両腕を失った魔ローダー金輪が無残な姿を晒していた。と、その大型船に新ニナから一艘の小舟が接近して来て洋上接舷した。
「おお! ようやく来てくださいましたか新ニナルティナの実質的国主、有未レナード公! 実は一番貴方とこうして二人でじっくりお話がしたかったのです!」
東の地、中心の洲の神聖連邦帝国の重臣として恥ずかしく無い正装をしたシューネが、大袈裟に手を広げレナード公を招き入れた。レナード公は極秘の会談らしく、ごく少数の警備兵と自称美人秘書の眼鏡だけを連れての乗船であった。
「皆に同じ事言ってんじゃねーの?」
「いえいえ」
等と言いながら、シューネが招き入れた豪華な船室の椅子に座った。
「マジでアンタのそのハートの強さには驚嘆するぜ。あんだけの騒ぎを起こして一Nミリも悪びれる様子がねーな?」
「何を仰る……私は三毛猫仮面なる者が出て来て以降はすぐに避難して船に戻ったまで。私に何の関係がありましょうや?」
シューネはワザとらしいくらいに驚いてみせた。
「暖簾に腕押しだなこりゃ」
レナードは呆れて目を細めた。
「お紅茶で御座います」
今度はメイド姿のフゥーがポットから白い磁器のカップに紅茶を注いだ。
「おいおい、あんまり面識は無いがフゥーちゃんだろ? いいのかよ皆泣いてたぞ」
「業務中で御座います。プライベートなご質問はお控えください」
フゥーは表情一つ変えずに戻って行く。
「ケンモホロロだな!」
いちいち大声で突っ込むレナードであった。
「僕も宜しくお頼みします」
同席していた猫弐矢がレナード公に握手を求めた。
「アンタもだ! あんたもだろ三毛猫仮面とか言って騒いでたヤツ!!」
レナードは再びガタッと立ち上がって大声で指をさした。
「……え? 何の事ですか、ちょっと良く分かりません」
「おーーい!!」
自国領外とは言え、ザ・イ・オサ新城で大暴れされた事が許せないレナードは再び激怒し掛けた。
「落ち着いて下さい。彼はクラウディア王国のれっきとした当主で貴方とは同じ立場なのです。それに私の腹心の部下、おかしな行動をするはずがありません」
「腹心の部下では無い、対等な友人です」
猫弐矢はきっぱりと言い切った。
「だ、そうです」
「ま、いいだろ」
レナード公は気を取り直して席に座り直した。




