第三幕 戦火の嵐 中 まおう軍の地に生きるⅢ サッワの笛
「ま、まあ為嘉アルベルト様と仰いますと、旧ニナルティナ王家にも連なる古き名門貴族の……」
「シッそれは今は仰らない方がよろしくってよっ」
「アルベルト様と言えば、あの金髪碧眼高身長イケメンで有名だった……」
「え、あのアルベルト様と雪乃フルエレ女王陛下が婚約されてらしたの!?」
「あの……女子職員に美人で有名な雪乃フルエレさんと言う方がいて」ぼそっ
「……それは内緒で御座いますよ」
「でもアルベルト様は先の首都襲撃戦で壮絶な戦死を……」
「なんとお悲しい事ですの」
スナコちゃんこと作者の砂緒が、フルエレに早くアルベルトの事はフェードアウトする様に忘れて行って欲しいと願って当初彼の事は記述していなかったが、フルエレに本を渡した時に彼女が強く記述を希望したので渋々書き加えたのだが、案の定王族の御婦人方の格好の話題のタネとなってしまった。しかしフルエレはそれも承知で砂緒に命じたのだった。今彼女はイェラのナレーションを聞いて壊れた指輪をまじまじと見つめていた。スナコちゃんはフルエレのその姿を見て、目を細め口をへの字にして何とも言えぬ表情をしていた。確実に彼の望みとは逆の方向になってしまっていた。
―まおう軍の地、炎の国。
まおう抱悶ちゃん送迎作戦の為に魔ローダー駐機場のル・スリー白鳥號の操縦席に籠っていた三魔将サッワは体よく魔呂から追い出されたが、かと言って家に帰る事は許されず愛するココナツヒメとの再会はお預けとなった。が、正直に言って帰宅を許されたとしても今は帰りたい気分では無かった。決してココナの介護が嫌だとかめんどくさいという事では全く無かった。サッワはこれからも愛するココナツヒメの完全復帰を願って甲斐甲斐しく世話をするつもりであったが、今はなんとなく彼女に会うのが辛かった。彼がこの様な気持ちで帰る事を躊躇いブラブラ出来るのも、同じく同僚の三魔将クレウが彼以上に激しく甲斐甲斐しくココナの世話をしまくるという状況があったからでもあった。しかしその事もサッワを微妙な気分にさせた。当のココナツヒメ自体がクレウが世話をした方が喜んでる雰囲気を感じるのだ。ちなみに言えば同じく三魔将筆頭のスピネルは明確に彼女の事が嫌いなので、薄情にも彼女には見舞いすら無く見向きもしなかった。彼は今、弁当屋の娘エカチェリーナのひたすら忠実な騎士となっていた。サッワは内心、今彼はなんと幸せな境遇だろうと羨んでいた。
「ふぅ、そうだアレを吹こう……」
サッワは背中の鞄から一本の笛を取り出した。これは前の主君、メドース・リガリァのエリゼ玻璃音女王から返還された物では無く、彼が後日普段用に新しく購入した物だった。
ピィ~~ヒュ~~~ヒョオ~~~ピィイイイ~~~~~
サッワは駐機場に近いまおう城の庭園の片隅で目を閉じ笛を吹き始めた。
(団長……生きてるのかな……エリゼ女王陛下、一体何処へ?)
目を閉じた暗闇の中で一心不乱に笛を吹き続けると、彼の若い人生の中でも過去の色々な出来事が去来して行く。しかし直ぐに頭を過るのは、ココナツヒメとフゥーとカレンの三人の女性の事だった。
(カレン……ごめんホッポリ出して、僕は馬鹿だあんな性格の良い子を……フゥー敵に捕まったまま……スピネルさんの話だと生きてるみたいだけど……どういう扱いを受けているのだろう助けに行けなくてごめん……それにココナツヒメさま……ううっ)
決して彼なりにいい加減に過ごして来た訳では無いが、色々な悔恨の気持ちで涙が滲みかけて笛を吹くを止め目頭を拭こうとした。
「あら、何故止めてしまうの?」
突然声がしてサッワはぎょっとして目を開けた。
「誰だっ!?」
サッワが目を開けると、まおう抱悶ちゃんと同じくクマミミを付けた可愛い女の子が彼の眼前に顔を突き出して中腰で立っていた。
「私カヤよ、初めましてよろしくね。と言っても私は初めましてじゃないの、ごめんね」
「え、どゆこと?」
サッワは眼前に顔を突き出したまま話すカヤに少し赤面しつつ聞き返した。
「んーと、私はまおう軍重臣の方々から貴方を監視する様に命令されてたの」
カヤと名乗る少女は上を向き、思い出す様に臆面もなく言った。
「い!? そんな事言っちゃあ君罰せられないの?」
「アハハッ大丈夫よ、まおう様があんな感じだから、我が軍はユルユルなのよ。それよりもっと笛を吹いてよ、まだまだ聞きたいわっ!」
「いいよ……けどそんなに顔が近いと笛が君にぶち当たるよ」
「アハハッそうね顔を遠ざけるわね」
と言ってカヤはサッワの真横にぴったりひっつく様に座った。サッワはシャクシュカ隊が壊滅し、部下であったジェンナに剣を向けられ、愛するココナツヒメの介護をする日々の中で、雷を撃たれた様に忘れていた感覚を思い出してビクッとした。
「ま、まだ近いよ……」
「そうかな?」
カヤはサッワの真横で人懐っこくにこっと笑った。サッワは近くにいる女の子を手当たり次第に好きになる病が再び発症した。カヤ自身は知らされていないが、派遣した重臣達のそれが狙いでもあった。




