第一幕 Shall We 舞踊? 月の下でダンス②
「誰だっ! 今いい所だったのに!?」
ジークフリードは雪乃フルエレを巨木に押さえ付けたまま、血走った目で振り返った。もちろん彼女自身もガサガサと音を立てて木々の間から出て来た少女を見た。
キュキュッ
『何をやってるの? 女の子を、特に可愛い女の子をいじめる人は、このアタシが許さない!』
と、ホワイトボードに瞬時に書いて、胸の前にトンと出す謎の美少女。
「へーーへっへっこりゃいいや、獲物が一人増えたって寸法だぜっ! 何か知らんが器用にボードにキュキュッて書きやがって、次はお前の番だからなそこで大人しく見てやがれっ!!」
男は片手で謎の美少女に指さすとフルエレに向き直した。
「いやああ、止め……て」
助けに来たのが、か弱い女の子だと分かって一瞬の希望が絶望に変わり涙目で首を振る。
ガシッ
直後だった、臆すること無くやおら男の背後に立った少女は、片腕を掴んだ。
「は、離しやがれっ!」
ギリギリと音がしそうな程、強い握力で腕を握った手は、さらに強い力で背後に引こうとする。
『止めなさいと言っている』
「な、なんだこの女のガキ、なんて力だ。痛い、離しやがれ!」
言われパッと腕を離す少女。男はこの少女は危険だと思い、フルエレを押えていた手を離すと後ろに振り返り、腕を振り被って拳で殴りに掛かった。
ガシッ。
少女は簡単にその拳を受け止め、先程よりも強い力で握り返す。
「いて、いててて」
叫びながら拳を引き抜くと、今度は腰にぶら下げた短魔銃を取り出そうとする。
「危ない逃げて!!」
「離せっ!!」
「きゃあっ」
短魔銃を見たフルエレが男の腕を押さえようとしたが、逆に振り飛ばされてしまう。
『もう許さないわ、こうよ!!』
「な、何い!?」
少女は両手で男の腰を掴むと、両腕でダンベルの様に軽々と持ち上げた。
「ひっ何だコイツ何て力だっ!! 助けて下さい観念しました」
短魔銃を何の為に出したのか、いともあっさり降参してしまう悪漢だった……
「もう悪さをしちゃダメよ?」
『こんな奴信用しては駄目です』
「く、国に帰ってじっちゃんの世話をします……」
笑顔で手を振って去って行く男。
『雪乃フルエレ女王陛下に許された男は旧ニナルティナ軍から足を洗い、郷に帰って行ったという』
ナレーションの後舞台は一瞬暗転し、次の場面では雪乃フルエレと謎の少女が一緒に座って森でおにぎりを食べている。
「そうなの……貴方、ご両親も七人居た姉妹も全てその邪龍に食べられてしまったの、なんて酷い」
コクコク、頷く少女。
『それから話す事を止めた私は、一心不乱に邪龍を倒す為の過酷な修行の旅に出たのです』
「そんな辛い話を自らしてくれるなんて有難う。でも私達似ているわね? 私も天下万民の平和を願い止まぬ争いを憂いて修行の旅を続けているの。そう言えば貴方名前は?」
『名前は忘れました。もう私に名前なんて必要無いのです』
少女は寂しそうに書いた。
「ダメよそんなの! そうね……貴方の名前はスナコちゃんよ! それがいいわ」
名付けられた途端、スナコの表情がぱあっと明るくなった。
『なんて素敵なお名前……私スナコちゃん』
(え、なんでスナコ?)
セレネは首を傾げた。
『候補者No.9、謎の美少女スナコちゃん』
(砂緒がスナコちゃんに置き換わってるけどいいんかコレで)
すると突然雪乃フルエレ女王がスッと立ち上がり、おにぎりを食べているスナコちゃんが頬にご飯粒を付けたまま彼女を見上げた。
『どうしたの?』
「うふふっ」
フルエレは突然小さく笑い出すと、スラッとした白く細く長い手足をスッとたおやかな動きで振ったりその場で回ったりし始めた。
『あの……何をしてるの?』
「何だか貴方に出逢えたのが凄く嬉しくて、身体が動いちゃうの。うふふ」
そう言いながらフルエレは片足を上げたり手足を曲げたり伸ばしたり回転したり飛び跳ねたりして、特に習った訳では無いが好き勝手にバレエの様に踊り始めた。しかしそれはフルエレの優美な体形と相まってとても美しく見えた。
『凄い……貴方のふわふわの金髪がなびいて妖精の羽みたいだわっ』
スナコはうっとりとした目で踊り続けるフルエレを眺めた。
(ヒャーーハズカシーーッ。見てられんわ、何だよコレー!? メルヘン過ぎるだろガーッ)
舞台袖でセレネは顔を真っ赤にして両手で覆った。
「ねえ、あんなに綺麗なお月様だし、貴方も一緒に踊りましょうよっ!」
(エッ!? フルエレそんな台本は……)
砂緒はフルエレの突然のアドリブにギョッとした。ここは月影の下でフルエレが踊り続けて幕という場面だった。舞台装置担当の人々も一瞬驚いたが、女王のアドリブに合わせた。
『あ、あの?』
フルエレが躊躇するスナコの手を取って立たせる。
「ほらほら、恥ずかしがっちゃダメ! 踊るのよ!!」
フルエレは強引にスナコを立たせると、手を取ってアドリブで踊り出した。
「まあ……なんて素敵なのかしら」
「フルエレ女王陛下にこんな友情の物語があったなんて……」
「まるでお伽話の様ですわっ、私心が洗われて……」
王族の御婦人方が、妖精の様な二人のダンスをうっとりとした目で眺め続けた。
「素敵よ二人共」
猫呼も思わず呟いた。
「楽しいね砂緒……」
「は、はいでも凄く恥ずかしいです」
「うふふ可愛い」
雪乃フルエレは一瞬これが舞台という事を忘れ、本当に森の中で踊っている気分になってスカートをひらひらさせて舞い続けた。しかしこれがもう決して戻らない楽しい過去の時間である事もどこかで自覚していた。
(砂緒本当に有難う、出逢ってくれて……)
観客も裏方もしばらく二人のダンスを見守り続けていたが、やがて緞帳が降り第一幕が終わりを告げ、万来の拍手はしばらく鳴り止まなかった。




