指輪と喪服 下② 砂緒の血
「フルエレさま、例の荷物です」
「ライラ有難う」
ライラは何やら衣装ケースを持って来て、やおらフルエレはそれを開けた。
「皆見て、私が当選するかどうか分からないけど、明後日これを着るの!」
フルエレが嬉しそうに広げた服を見て、砂緒含めて皆がぎょっとした。それは頭に被るヴェール帽子含めて全てが真っ黒な喪服風のドレスだった。
「フルエレそれは? 喪服なの?」
「うん、この姿をアルベルトさんに見せてあげようと思って。その前に指輪が帰って来て良かったわ」
フルエレは指輪を装着した指で自分の身体に喪服風ドレスを重ねた。皆言葉が無かった。
「……フルエレ、少しその服見せてもらって良いですか?」
「? え、ええいいわよ……」
先程素直に指輪を直した事もあり、フルエレは黒いドレスを砂緒に渡した。
「ふむ」
謎の一呼吸置くと、砂緒は突然片手を天に掲げた。
ピカッバリバリバリ……
一瞬の出来事だった。砂緒の片手が光り、稲妻がほとばしると黒いドレスに襲い掛かり、真っ赤な炎が上がったかと思うと、薄い生地全体に一瞬で燃え広がり最後は羽根の様にふわっと舞い上がって灰となって消えた。皆何が起こったか理解出来ず、一瞬言葉が出なかった。
(とうとうやっちゃった!)
(砂緒、なんて事を……)
「砂緒……どういう事? 冗談よね……」
「冗談ではありません。消し去りました」
砂緒の無表情な言葉でフルエレに再び火が付いた。
「うおおおおおおおおおお、ばかああああ、返せっ! 私のドレス返せっ!!」
バキッバキッ!!
フルエレはそのまま砂緒の頬を拳で殴り続けた。
バキッバキッ
余りに強く殴り続けるので、次第に砂緒の頬は張れ、唇の端が切れて血が流れた。
「許せない! いくら砂緒でも許せない! 冗談でも許せないわっ絶対に許せない!」
なおも殴り続けるフルエレの迫力に皆声が出なかったが、砂緒の血を見て猫呼とイェラがフルエレの手を抑えた。
「やめろ、砂緒の口が切れたぞ!」
「そうよ、砂緒だって硬くない時は痛いのよ、止めなさい」
「いやよっ許せない、絶対に許せない」
なおも殴ろうとするフルエレに砂緒は表情一つ変えずに言った。
「私の意志でやった事ですが、到底許されない事です。フルエレの気が済むまで殴らせてあげて下さい」
「そうするわよっ!」
バキッ!
なおも殴りかかるフルエレにイェラが堪らず怒鳴った。
「やめろ!」
イェラの迫力にフルエレは自らの拳の痛みを思い出してしばし動きを止めた。
「……シャル、以前から貴様のギルティハンドの能力で頼んでいたアレを用意しなさい」
「はぁ、お前に命令されんのは癪だけど、まあ用意しておいたぜ、これだろ?」
シャルも衣装ケースを持ち込んでいた。
「これは?」
猫呼が声を上げた。中には純白のドレスが入っていた。
「これはフルエレが北部海峡列国同盟女王就任式で着用した物です。勝手に拝借して申し訳ない。しかしあんな辛気臭い喪服などより、天国とやらのアルベルトもこちらの方が喜ぶはずです。フルエレは明後日はこれを着用なさい」
砂緒は無言で睨み付けるフルエレに強引に白いドレスを手渡そうとした。
「な、何で貴方に……そんな事を……」
なおも不満がくすぶるフルエレの手を見て、砂緒がハッとする。
「フルエレいけない、私の歯が当たったのでしょうか、手が切れて血が出ています。痛いでしょう? 猫呼回復魔法を」
砂緒はフルエレの手を取って心配した。
「……砂緒、ごめんなさい、頬、痛かったでしょう? あああ」
フルエレは砂緒の顔を見ることが出来ず、俯いて再び泣き始めた。最近安定していた雪乃フルエレの精神は再び不安定化した。
「この白いドレス着てくれますか?」
「う、うん……着るわ。ありがとう砂緒……」
猫呼から砂緒とフルエレが治療を受け、彼女は白いドレスを受け取った。もちろん慰労会なども行われる事も無く、会合はそのままお開きとなった。フルエレは結局自室でも泣き続けた。
そして遂に北部中部新同盟女王選定会議がザ・イ・オサ新城の会場で始まる事となる。




