指輪と喪服 下① 砂緒の気持ち
ドンドンドンッ! ドンドンドンッッ!
「レナードさんいますか? 開けて下さい!! フルエレですっ」
普段から雪乃フルエレは女王としての自覚が皆無だが、今はさらに周囲の視線を度外視して大声で有美レナード公の控室のドアを叩きまくった。ちなみに彼にはちゃんと邸宅があり、この控室に住んでいる訳では無い。
ガチャッ
ドアが少し開き、レナードが顔を覗かせる。
「どうした嬢ちゃん……」
雪乃フルエレは普段はおっとりしているのだが、時々何かの拍子に発火すると手が付けられなくなる事を十分承知しているレナードはフルエレの声の強い調子を感じて恐る恐る聞いた。
「とにかく部屋に入れて下さい! 中で」
「お、おう」
「待って下さい我々も入れて下さい!」
強引に滑り込む様に間に合った砂緒と猫呼とシャルが後に続いた。
「指輪は? 私の……アルベルトさんの指輪は何処にあるんですかっ!?」
涙交じりの切羽詰まった声でレナードににじり寄る。レナードは無言で砂緒や猫呼の顔を見てから、フルエレに向き直した。
「……どうして、なんで知ってるんだ?」
「なんで隠してたんですか? どうして黙ってたんですか? 酷いです!!」
フルエレは掴みかかる勢いでなおも聞いて来る。
「……嬢ちゃんが過去に囚われない様に……」
「それは決めるのは私です! とにかく返して下さい!!」
レナードは再び猫呼らを見たが、砂緒らももはや仕方ないという顔をした。そしてレナードは普段から肌身離さず持っているアルベルトの指輪をケースから取り出した。その指輪は宝石部分が外れて取れ、リングの部分はひしゃげていた。
「……アルベルトさん……ごめんなさいごめんなさい……ああああああ……会いたい……あああ……」
雪乃フルエレはレナードから受け取った指輪を握りながら、しばし幼児の様に声を上げて泣き続けた。一緒にいる誰も声を掛ける事が出来ないくらい激しい物だった。しかししばらくしても余りに泣き続けるので、心配した猫呼がイェラとライラを呼び、抱き抱えられる様にして喫茶猫呼に戻って行った。
―数時間後。
「……少し落ち着いた?」
喫茶猫呼のいつもの座席で、泣き腫らし目を真っ赤にしたフルエレが指輪を握りながらじっと静かにし始めたのを見計らって猫呼が優しく聞いた。
「ごめんなさい、我を忘れてしまったわ……全て私の所為なのに、レナードさんにも皆にも心配と迷惑掛けてばかり」
「う、うん、本当よ、皆貴方の事を凄く心配してるの」
先程まで幼児の様に声を上げて泣いていたフルエレが、今度は急に殊勝な事を言い始めて猫呼は落差が大きくて逆に心配になった。
「ライラ、前に頼んでいたアレ、あれを出して頂戴。明後日要る物よ」
「はっかしこまりました。少々お待ち下さい!」
今度は何だろうと、周囲の者は皆どぎまぎした。そのくらい皆雪乃フルエレの不安定さを心配していた。
「砂緒……お願い、これを貴方の中程度の怪力で真っ直ぐに直せるかしら?」
雪乃フルエレのお願いに、砂緒以外の者全員が冷や汗を掻いた。最近はセレネセレネ言っているが、元々砂緒はフルエレを巡ってアルベルトと恋のライバル的関係だったはずである。その当の砂緒に結婚指輪の修理を頼むフルエレの感覚が少し理解し難かった。
「造作も無いです。お任せを」
砂緒は表情一つ変えずにひしゃげた指輪を受け取って両腕に力を込めた。イェラ以下周りの皆が皆砂緒が妙な事をせずにちゃんと直す事を祈った……
ぎりっぎりり……
しかし周囲の心配をよそに砂緒は素直に言われた通りに歪んだリングを出来る限り真円に見事戻した。
「凄い……ありがとう……砂緒、本当に有難う」
再びフルエレは少し涙ぐむと、左手薬指に修理したてのリングを自ら嵌めた。砂緒は終始無言無表情でその様子を見つめている。




