襲撃 上
「貴方達なんて最初から何不自由無い王女として生まれたり、物凄い力を持ってて英雄になったり女王陛下になっちゃったり……そんな人間には私達普通の人間の気持ちは分からないのよ! どうして私達のささやかな幸せを奪おうとするの!? お願いだから今回は見逃して頂戴!」
今度はリズは涙交じりに不満を述べて怒って来た。
「あたしは別に望んで王女に生まれた訳じゃない!」
「贅沢過ぎるわよ。私も可愛い王女に生まれたかったわよ」
「知らんわ」
リズとセレネの言い合いを見てフルエレは一層悲し気な顔になった。
「そんな……私は……多分砂緒も、ライグ村に初めて行商人見習いとして辿り着いた時と気持ちは全く一緒なのに。エリザベスさん、いえリズさんがそんな目で見てるなんてとても悲しい。それに出会った頃の皆はニナルティナの侵略から村を守ってたじゃない、それが奪う側に回ってちゃ駄目だよ……」
雪乃フルエレの声は文末になってどんどん小さくなって行った。それは雪乃フルエレ自身が新ニナルティナと北部海峡列国同盟の女王に即位するに当たって、多くの戦いを経て来た事を思い出したからだった。
「フルエレ、人間は変わって行く物です。貴方の様にいつまでも純真な人間はあまり居ないのです」
「私別に……純真じゃない」
フルエレは村を守る為に若い兵士を撃ち殺したり、ライス氏を陥れる為にシャルに命令して罪を捏造したり、アルベルトを失った怒りの余りほぼ戦闘力を喪失したメドース・リガリァの本城を巨大化した蛇輪で踏み潰したりした事を思い返していた。
「いえ、フルエレは出会った頃の普通の女の子そのままです」
「砂緒……」
「フルエレ」
久しぶりにフルエレと砂緒は見つめ合った。
「そこっ! 勝手にいい雰囲気になるなっ!!」
突然セレネが大声で割って入った。
「あ~~じゃあ私、宴もたけなわだけどお花畑にお花摘みに行って来るわ」
突然猫呼が口からウーパールーパーの素揚げの尻尾をピョロッと出したまま立ち上がった。
「あら猫呼ちゃんおトイレなら案内表示があるわ!」
「トイレじゃない! お花摘みな」
「先輩、屋内でお花摘みは逆に不自然です。それより物騒です、あたしが護衛しましょう」
セレネが立ち上がろうとした。
「要らんて! ちょっと一人に成りたいのよ。大丈夫よ私に手出し出来る人なんて居ないわよ!」
猫呼はウーパーの素揚げを咥えながら手をヒラヒラと振った。
(リズ……)
(衣図……)
猫呼が立った瞬間、衣図ライグとリズが目配せした様に見えてセレネは警戒した。
「分かってるとは思うが下手な事はするなよ」
「なーにを言ってやがる! 俺達が猫呼ちゃんを襲う訳ねーだろ!」
「そうよ、へへ変な事言わないで頂戴!」
しかし衣図ライグは突然真剣な顔になって皆に向き直った。
「……最後に聞くがよ……もう仲良く昔に戻ってオゴ砦を見逃してくれるって事は無いのかよ?」
その言葉を聞いてセレネは剣を握る用意を、砂緒は電気を出す心構えをした。
「ちょ、ちょっとどういう意味? 皆落ち着いてよ……変よ?」
さすがのフルエレも異様な雰囲気を察して、必死に皆を落ち着かせようした。
「衣図ライグよ、私はもう少し貴方が計算出来る男だと思っていましたよ。単なる村長の息子から西リュフミュランの領主に、それの何が不満なのですか? それに私とフルエレの友人なら旨味もあるはずですが」
もはや電気を隠さずに砂緒が立ち上がった。
「いや、嬢ちゃんには悪いが嬢ちゃんの天下がいつまで続くなんて判らねえ。自分と自分の一族を守ってくれる自分の国は、出来る時に出来るだけ大きくしときたい物なんだよ」
「ハア~結果的に大きくなる処か、今命が消える事になれば本末転倒でしょうに」
砂緒はため息をついた。
「衣図ライグよ、今なら酒の席の冗談で済ませる事を許すぞ?」
セレネも恐ろしい顔で衣図を見た。
「お願い、二人共止めて? リズさんも言って!」
「貴方……」
「大丈夫だ」
ガチャッ
その時猫呼が戻って来た。
「ごめ~~ん捕まっちゃった!」
戻って来た猫呼は体中拘束輪でグルグル巻きにされていて、それを見てセレネはコケた。
「何やってんですか猫呼先輩!」
「ごめ~~ん油断しちゃった。でもお花摘みは済んだ後よ安心して!」
「知らん」
セレネは空気を読まない猫呼の性格に怒りが渦巻いた。
「ど、どうだ、砂緒フルエレ嬢ちゃんよ、猫呼ちゃんは無事に解放してやる。その代わり俺達を正式にオゴ砦の領主に認める念書を書いてくれんか? それで何事も無く昔通りみんな友達さ」
「そんな酷い……脅迫じゃない」
フルエレは涙を流した。
「フルエレちゃん……」
「衣図ライグよ下手を打ちましたね。貴方は数少ない私の大切な友達でしたが、私にとっては何よりフルエレとセレネが最優先なんです。フルエレを泣かせた貴方を許す訳には行かない」
「遂に自分で数少ない言ったな」
「私わえ?」
「猫呼も大切です」
「ついでかい!」
いつになく揺るぎない砂緒の態度に衣図は焦った。




