貴城乃シューネの野望
以前からの予備知識や船の中で聞いた情報を総合してユティトレッド魔導王国こそが北部海峡列国同盟の指導的立場だと認識していただけに、猫弐矢は驚いた。
(そんな政治的な事よりもユティトレッドはセレネちゃんの母国、つまり今狂暴な娘と言われてたのは彼女の事じゃないか? セレネちゃん命狙われてるのか?? 早く教えて上げないと)
「どうしたのかな?」
しかし猫弐矢は驚きの表情を戻して、あたかも世間話の体で聞き直した。
「ユティトレッドって同盟の中心国だよね? その密使が神聖連邦帝国の君に会いに来るって変じゃないかなあ、少し興味あるよ」
「はははははは、単純な話さ。ユティトレッドの中にも主流派も居れば、反主流派の冷や飯食いの連中もいるのさ。そんな連中にくさびを打ち込み仲間に引き入れる、調略の初歩だよ。それに現王の狂暴な孫娘が乗ると言う魔ローダーにも興味があるね」
(調略と言えば……セブンリーフ南部のまおう軍討伐に向かわれた若君と彼をサポートする為に同じくこの地に渡った瑠璃ィキャナリー様からの連絡が長らく無い。一体何をしておられるのか? 若君のまおう討伐とは実はまおう軍の調略、神聖連邦帝国とまおう軍の大同盟が成立すれば、今度は我らが北部列国の地も調略を完成し、それを合図として神聖連邦最西端のアナの地から船出した大軍を二手に別け、一隊を南のまおう軍の地へもう一隊を北部列国のユティトレッドかニナルティナに進発させる。そしてそのまま南下して要所であるタカラ山砦を占拠、セブンリーファ後川流域一帯を制圧に掛かる。そして最終決戦の地はSa・ga地域のメドース・リガリァかミャマ地域の“海と山とに挟まれた小さき王国”……その時、聖帝陛下の大望が完遂なされる……しかし肝心の若君の連絡が無い以上はまだ先の話か……大丈夫なのか若君、生きておられるのか??)
新北部中部同盟が成立する事によってセブンリーフへの侵攻が難しくなる……しかし肝心の若君からの連絡が途絶えている事にシューネは苛立った。
「シューネさまどうしたんだ、一人でぼうっと景色を眺めながら邪悪な顔をしていたぞ」
「ハハハ、大したことでは無い。少し考え事をしていただけだ。だけど……ユティトレッドの話を聞いていて思わないかな? あの冷や飯食いの連中はまさに昔の君達と同じだね」
貴城乃シューネは笑いながら冗談めかして言ったが、猫弐矢は非常に引っ掛かった。
「どういう意味だい?」
「どういう意味って、我々神聖連邦帝国がクラウディア王国に来た時に、留守中の兄上を追い落として君が代表にのし上がったじゃないか! ハハハハハハ」
シューネは腕を組んで笑った。
「……そんな風に見ていたのか……こっちは国を荒らさない為に苦渋の決断だったのに……僕は今でも猫名兄上に戻って来て欲しいと思っているのに、君とは一瞬友達になれるかもと思ったけど間違いだったね。いや貴城乃シューネさま」
猫弐矢は本気で悲しい顔になった。
「お、怒ったのかい?? いやあ悪かった!! 確かに我らが先手を打って圧力を掛けたクラウディア王国と贈り物を贈ったり欲望を刺激しているセブンリーフ北部列国調略とは状況が違うね、悪い悪い怒らないでくれよ。それに二人きりの時はシューネで良いから」
「いや、気を遣わないでくれシューネさま」
猫弐矢はてっきりさらに傲慢になじって来ると思ったシューネが、ひたすら笑いながら謝って来て拍子抜けした。案外良いヤツなのかと思い掛けて首を振った。
「……あのお二人さんいつまで此処に居ますの? そろそろ帰られないと私がお父様に怒られますわ」
猫弐矢とシューネは突然の七華の再登場に素でビクッとした。
「七華ちゃん何か見た??」
「はあ? 何の事ですの?」
「猫弐矢殿余計な事を聞くな」
(余計怪しまれるだろう)
小声で言ったシューネは小刻みに首を振った。
「まあ、わたくしは貴方達こそどこかに逃げたのかと思いましたわっ」
七華は頑張って強がって、ふんぞり返って言った。
「ハハハハハ、私達が何処へ行くというのかね? 君達こそ逃げる場所など無いのだよ」
シューネは不敵に笑いながら返した。
「まあっまるきり変質者ですわ、こわっ。でも変質者にはそこそこ慣れてますけど……」
言いながら七華は大きく開いた豊かな胸元を両腕でサッと隠した。その仕草が一瞬セクシーに見えて猫弐矢は慌てて視線を逸らした。そして三人は馬車に乗りリュフミュラン城に戻って行ったのだった。
猫名兄上 猫呼と猫弐矢の失踪中の兄で、セブンリーフに豪遊に行き留守の間にクラウディア王国が神聖連邦帝国に臣従してしまい性格が歪む。その後スピナと名乗りリュフミュランの七華王女に仕えるが、不器用過ぎて好きな気持ちが伝えられず迷走してしまう。さらに主人公砂緒に負け逃走、スピネルと名乗り替えメドース・リガリァに移籍するがメド国滅亡と同時にまおう軍に亡命。魔ローダー“ル・ツー千鋼ノ天”の元所有者。
いつもお読み頂いてありがとうございます。次部分から主人公陣営に視点が戻りますので是非続けて読んでみて欲しいです。




