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永遠、地下のふたり 下 誓い


「ふふっ死を間近に感じると人は一生を走魔灯の様に観たり、家族や好きな者の顔が浮かぶと言うが、我ながらあの人の幻聴が聞こえるとは……エリゼは今頃西に逃げおおせている事よ」


 暗闇の中だが貴嶋は目を閉じて自嘲的に笑った。


「うふふ、何を言っているのですか! 私は幻覚や幻聴ではありませんよ」


 笑いながらエリゼ玻璃音は細い指で貴嶋の頬をそっと触った。思わず貴嶋は自らのごつごつした手で触り返すと、確かに愛しいエリゼ玻璃音女王のか細い指先があって、かすかに触れ合って絡み合わせた。


「馬鹿な!? そんなハズが」

「ああぁ、そうですね、わたくしは普段から音と魔法で人や空間を認識していますが、貴方達は暗闇だと物が見えず不便なのですね、ふふふ」


 見た目は清楚な女王なのに、心は何処か子供っぽい悪戯っぽい雰囲気は確実に夢や幻では無いエリゼ玻璃音だと思った。

 カチッ

 貴嶋は慌てて携帯型の小型魔法ランプを胸元から取り出し点灯した……


「なっな・ぜ? 何故貴方が此処に!?」


 薄明りに照らされた先には、自分の頬を触り続けるエリゼ玻璃音女王が、地面に腰を降ろして姿でこちらを向いて優しく微笑んでいた。


「何故とは……可笑しな事を言うのですね、戻って来たからに決まっています!」


 エリゼ玻璃音女王は、買い物からでも帰って来た様に、口元に手を当てながら事も無げに笑って言った。


「だから何故戻って来たのですか!?」

「決まっているでは無いですか、貴方が戻って来て欲しそうな顔をしていたからです」

「なっ」


 貴嶋は危うく口が滑り掛けて止まった。エリゼ玻璃音女王は生れ付き視力が無く、音と魔法を組み合わせた技術で物体を感知して生活している、そんな女王に顔の表情が見える訳が無い、そう言い掛けて失礼があってはいけないと口ごもったのだった。


「いいえ、ちゃんと見えました。声もその様な声でしたし」


 女王は全てを見通した様に言った。


「いえそうでは無いです……おびただしい兵達も、他国への破壊も失われたメドース・リガリァの国も全て何もかも、貴方が生き延びるただそれだけの為だけに……それだけの為に……」


 犠牲になったと言い掛けてやはりまた口ごもった。彼女に全ての犠牲は貴方の為だと言うのは酷だと思ったからだ。


「やはり優しいのですね。全ての犠牲はただ私の命の為に……私が生き延びる為だけに犠牲になったと……だけどそんな価値私にはありません……ただの身勝手なちっぽけな一人の女です」

「そんな……そんな事はありませんぞ」


 貴嶋はこれまでの生涯を全て傾注してきた存在に、自己を全否定された気がしてヘナヘナと力が抜けた。


「私にはたとえ西に逃げおおせたとして、幸せに生きる事など許されないのです。でも本当はそんな事取って付けた言い訳なの。ただ一人生き残ったとして、貴方が居ないと一人じゃ悲しくなる」

「何と……」


 本来なら男として至上の言葉だが、あくまでも女王を逃がしたかった貴嶋は、今にしてもまだもっと懐かない様に厳しく接するべきだったと後悔した。


「そんな事より! さあ出口はもう塞がってしまいましたよ、貴方の本音をお言いなさい!」


 突然エリゼ玻璃音は生気が戻った様に年相応の娘の様な表情で言った。


「今更何をですか!?」

「決まっているでしょう、貴方がこれから死んで行くのに、一人で良いのか私が側に居て欲しいのか、それを正直にお言いなさい」


 貴嶋は言われて一瞬出口の方を見た。東も西も岩が崩れもはや脱出する事は叶わないのは明白だった……


「……どんな手を使っても、世界を敵に回しても貴方に生き残って欲しかった!!」


 貴嶋は声を絞り出す様に言った。


「でももう言っても詮無い事、最後に私の望みを叶えて下さい、貴方の本音を聞かせて下さいな」


 今度は魔法ランプを握る貴嶋の手に両手を添えて女王は言った。


「さあ……」


 エリゼ玻璃音は再び迫った。


「死ぬならば……死ぬ時は貴方が側に居て欲しかった……」

「ええっ、分かっていますよ」


 貴嶋は事ここに至って、遂に本心を言った。


「では私も貴方の横に添い寝しましょう……」


 そう言うとエリゼ玻璃音は岩に挟まり、動けない貴嶋の横に静かに添い寝して再び手を握り合った。


「では、折角の機会だ、もう一つ本音を言っても良いでしょうか……」


 女王が横に添い寝をしてくれた事を見計らって今度は貴嶋が言い始めた。


「なんなりと」

「……この様な御立場で無ければ、違う形の二人ならば、貴方のお子が沢山欲しかった。きっと美しいお子が生まれたはずです……」


 ずっと心の奥底に隠して絶対に口に出さなかった本心だった。


「まあ! 同じです……わたくしも貴方の子が欲しかったのです、ふふ恥ずかしい」

「来世なる物があるのなら、そう致しましょうぞ」

「ええ……」


 二人は手を握り合って顔を見合わせて笑った。


 ザザーーーーー、ゴロゴロ、ガラガラガラ……

 いよいよ崩落が激しくなり、二人の上に岩や砂が降り積もり始めた。


「頬を触れさせておきましょう……光が消えても貴方を感じてられます」

「そうですな……」


 だんだんと埋まって行く二人は、最後まで最後の時間を惜しんで会話を続けた……


「……小さい時の貴方は……本当に可愛かった。まるで小さな天使の様だ……」


 岩に挟まれ砂に埋もれ、かすかに聞こえていた声が遂に途絶えた。


「ああっ貴方っ……ううっ……私も直ぐに……」


 やがて二人の声は埋もれて聞こえなくなった。











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