前世の前世Ⅳ ビジョン悲しい帰還 下 思い出した少女の願い
「……だが、俺は歩みを止める訳にはいかない……」
砂緒は目に見える幻を振り払おうと首を振ったが、この辺りから視えるビジョンの中の前世の前世の男、ウェキ玻璃音大王と砂緒自身の気持ちがシンクロして進行し始めた。
そしてまた場面は変わる。
等ウェキ玻璃音大王は愛妻のセレンと愛娘のアンの葬儀をしめやかに営むと、一切余韻に浸る事無く間髪入れずにセブンリーファ後川流域と北部列国の和平を保つべく活動を再開した。世の中の人々はセレンとは結局政略結婚であり、数多くいる大王の女の一人であったと囁き合った。大王自身もその様に言われている事を把握していたが何も言わなかった。この時辺りから軽薄だった大王は重厚な思慮深い人間に変化して行ったのだった。
(……たとえ誰に何を言われようとも、セレンが和平の為に政略結婚をして来た以上、その和平を崩さない事がセレンの命を生かす事になる。ニナルティナに続き域外の帝国への通行は必ず実現する)
セブンリーフ大陸いちの古き名門であるユティトレッド魔導王国の大切なセレン王女をどこの馬の骨とも分からないメドース・リガリァの王に嫁がせ、しかも政敵に惨殺されるという悲惨な結果はユティトレッド王を激怒させたが、ウェキ玻璃音大王の心からの謝罪と和平に向けたひたむきな決意に逆に感銘を受け、セレン王女が存命中と同じ両国の同盟が続く事となった。
「お前たち留学生百六十名は、これからのセブンリーフに新しい時代をもたらす新技術を数多く習得する大切な役割を担っている、しかと励む様にっ」
「ははっ」
留学生百六十名の代表は深々と頭を下げて、ユティトレッド魔導王国の港から旅立って行った。
(セレン、アン、お前達の命は無駄にしなかったぞ、ようやくここまで漕ぎ着けたぜ……)
旅立つ大船団を等ウェキ玻璃音大王は感慨深げに見送り続けた。
―数年後。
留学生の一部が帰国した……
しかし等ウェキ玻璃音大王は、セブンリーフ内において域外の帝国から先進地域と認められていた北部列国出身の王では無く、帝国から見てまだ未開と思われていたセブンリーファ後川流域の中部小国群の王の寄せ集めであると認識され、かつてのニナルティナ王の様にセブンリーフ全土の王と認められる事は無く、その支配王のしるしの宝物を受け取る事も叶わなかった。
(セブンリーフ全土の王のしるし? いや、最初からそんな物が目的じゃねえ、新しい技術や文物が欲しかっただけよ。名を捨て実を取る、無責任大王ウェキ玻璃音のやり方さ……)
などと考えながら、留学生が持ち帰った舶来物の珍しい鏡をまじまじと見つめた……大王は若い頃が蘇った様に、ふざけて変顔をしたりカッコつけてイケメンポーズをしたりと鏡で遊び続けた。
「……鏡? 何か鏡に深い思い出があった様な……はて、男の俺が鏡に何の想いが??」
カラン……
しばし考えていた大王は突然大切な鏡を床に落とした。周囲の侍女や家来たちが王を心配して見たが、王は立ち尽くして固まったまま周囲に気付かれないくらいに小刻みに震えていた。
「……思い出した……一人の少女の願いを叶える為に……」
ウェキ玻璃音大王は、自身の前世の前世の前世の……遥か前世、一人の少女雪乃フルエレの「ただ幸せになりたい」という願いを叶える為に、遥か古代に飛び転生を繰り返して遂に此処までやって来た事を、突然雷に打たれた様に思い出した。
「ハハハ、なんて事だ……俺は転生を繰り返す内に、一人の少女の願いを叶えるという事を忘れ、ただ単に自分の幸せを、自身の願いを追求するだけのただの存在に成り下がっていた……」
真実の鏡として宝物庫で一人泣き続ける薄幸の美少女、雪乃フルエレへの想いは初恋と呼べる物だったかもしれない、けれど今は確かに彼は先だった愛妻のセレンとアンの為だけに、彼女が望んだ和平の為に生きている。もはやその両者への想いは全くベクトルの違う物になっていた。
「いや、遠い将来生まれ出でる雪乃フルエレさまの小さな願いを叶えずして何の為にこの時代に生まれたのか……」
ウェキ玻璃音大王は目を閉じて首を振ると、律儀にも遠い過去であり未来の出来事でもある、雪乃フルエレの願いを叶える活動をも再開した……
「まずは彼女の願いを叶え続ける為に割った半身、それを探し求めなければ……」
ウェキ玻璃音は遥か古代、まだ真実の鏡であった時に、継続的に願いを叶え続ける為の魔器を作成する材料にと、割った半身を探し求める冒険をかつての仲間達と行い、ようやく見つけた半身を材料に魔ローダーを作成する事とした。
「何、ニナルティナがまた侵略の虫を再発させただと!?」
その間も大王としてセブンリーファ後川流域と北部列国の和平に身を裂き、ニナルティナが再び侵略を開始した時には、ユティトレッドやリュフミュランと協力してこれを押さえたりもした。
「リュフミュラン王とも友情を育む事が出来た……そうだ、彼女はリュフミュランに向かいたいと願っていたはず、完成した彼女を守る為だけの最強の魔ローダーはリュフミュランに隠そう、リュフミュラン王に嘘を付きまくって……」
かねてより最強の魔ローダーと噂のあったル・スリー白鳥號の情報を参考にして完成した魔ローダー、日蝕白蛇輪は計画通りリュフミュランに像として隠した。
―そしてさらに数十年の時が経った。
ウェキ玻璃音大王は歳を取らないのではないかと噂される程、老いても精力的に活動を続け和平に尽くしたが、齢八十八を数えるに至って遂には病で伏せがちとなった。
「……セレン……アン……」
(会いに行く……)
多くの人々に見守られながらウェキ玻璃音大王が最後に発した言葉は雪乃フルエレの名前では無く、愛する妻セレンと愛娘のアンの名前であった。
「おお、なんという事だ、大王が身まかられた……」
「これからセブンリーフはどうなってしまうのだ??」
「大王の作られた和平をなんとしても守らねば……」
多くの人々が泣き喚き、メドース・リガリァ国民の大半が参列する葬儀が行われた。しかし、多くの人々が危惧した様に、等ウェキ玻璃音大王が一人で担っていた調整役を失ったセブンリーフ大陸は再び戦乱の時代に逆戻りした。
……そしてそれは百年後、北部列国の地とセブンリーファ後川流域の地を初めて統一化した雪乃フルエレ女王が登場するまで、その戦乱は続く事となる。
(此処は……何処だ?)
死後、ウェキ玻璃音大王は、よく分からない宇宙空間の様な空虚な空間に一人浮かんでいた。遠くに大きな光の玉が浮かんでいたので、取り敢えず向かう事にした……




