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前世の前世Ⅳ ビジョン悲しい帰還 上


 ガラガラガラ……パラパラ……

 家臣の貴嶋に強く手を引かれ、エリゼ玻璃音女王がおずおずと地下迷宮の道を西に進んで行く。しかしその間も蛇輪の重量の為か、しきりに振動が起こり小石や砂があちこちから落下して来る。


「お急ぎ下さい、此処もいつ崩落が始まるか分かりませんぞっ!」

「は、はい……」


 返事しながらエリゼ玻璃音は、そんな事考えてはいけないと思いつつも、全てをかなぐり捨てた二人が人知れず静かに幸せに暮らせるかもしれない……そんな未来を考え始めていた。



 その時地上の巨大化した蛇輪は砂緒の雷で消え去ったメドース・リガリァ本城の跡地で呆然と突っ立っていた。


『そろそろ本陣か首都に帰らんかフルエレさん』

 

 セレネが口火を切った。


『……どっちも帰りたくない……しばらくこのままで居たい』

『困ったな』


 そんな二人の会話を聞きながら砂緒はふとエレガの女神の言葉を思い出した。


 彼の幼名を(トウ)、そう貴方の前世の前世は百年前八十八歳で天寿を全うされて亡くなったメドース・リガリァ最盛期のウェキ玻璃音大王なのよ……


(私の前世の前世が百年前に死んだ、このメド国の等大王? 実感ゼロですけど……)


「ではフルエレ、少しこの城跡に降りて良いですか? 大きい輪の方の城壁内ではまだ市街戦が散発的に続いている様ですし、しばらく様子を見ましょう」

「いいわよ、私は操縦席で座っておくわ」


 即座にフルエレは返事をして、再び操縦席の上で三角座りをして黙り込んだ。


『……お、じゃああたしも砂緒に付き合おうっと!』


 この所フルエレに付きっ切りの砂緒に少し腹を立てていたセレネだが、場面が場面だけに何も言えずにいたが、遂にフルエレから取り返して二人きりになれると思い、早速蛇輪を跪かせた。

 ギギギ……ミシッミシッ!!

 セレネはもう蛇輪が巨大化していた事を忘れて勢い良く跪かせた事で、緩んでいた地盤がミシミシ言って少し陥没を始めた。


『おわっ、なんだよこれデカ過ぎでヤバイだろ! 砂緒小さくならんか?』

『コホンッセレネさん……そういう冗談は時と場所をわきまえて欲しい物です……』

『は?』


 等と言っている間に本当にセレネの言葉がきっかけとなったのか、蛇輪の巨大化が解けてみるみると小さくなって行った。

 バシャッ!! バシャッ!

 小さくなった事を確認すると、セレネも砂緒も二人共すぐにハッチを開けて飛び降りた。


「本当になーーんも無くなったな砂緒?」

「此処が……私の前世の前世の故郷……」

「あーまだ言ってるのかソレ」


 セレネは頭の後ろで腕を組んで、黒い焼け跡だけが残る更地をブラブラと歩き出した。砂緒はそれを横目で見ながら、しばししゃがんで土や砂をいじり続けた。今はもう夜であり、市街地のあちこちから昇る炎が、夜空の黒い雲に照り返して赤く染めていた。



 ゴゴゴゴゴ……ゴロンゴロン

 巨大化していた蛇輪が最後に城の跡地に勢いよくしゃがみ込んだ事でそれが切っ掛けとなり、地下迷宮では激しい崩落が起こっていた。

 ガガガッ!!

 いましがた貴嶋と女王が通り過ぎたばかりの通路に巨大な岩が次々と落下して行き、もはや戻る事は不可能となった。


「これ程の落盤ならば、並大抵の魔導士の掘削魔法でも通用せぬでしょう。もはや追手の危険は去りましたな」

「え、ええ……」


 貴嶋がニカッと笑った。盲目の女王には表情自体は見えないが声で分かった。


「しかし、このままでは我らとて巻き込まれかねませんぞ、先を急ぎ……?」


 ガガガガッ

 再び激しい揺れが起こった。


「早くっ!」

「はい!」


 二人は出来る限り走り出した。しかしある程度走った所でエリゼ女王が小石につまずきよろめいた。

 ゴロゴロゴロ……

 が、運悪くその場所に巨大な岩が転がって来た。


「危ないっ!!」


 ドンッと貴嶋はエリゼ玻璃音女王を突き飛ばした。


「きゃっ」

「ぐあっあああ、くっ」


 突然貴嶋が叫び声を上げ、尻もちをついた女王がビクッとした。


「どうしたのです!? 何があったのですか、はやくっ早く行くのです」

「……女王陛下、申し訳ありませぬ、私は此処までです。どうやら巨石に片足を挟まれ動けぬ様です」


 言われてとっさにエリゼ女王が音と魔法を組み合わせた能力で貴嶋を見たが、地面に転がる貴嶋の足元には確かに巨大な岩が転がっていた。


「そ、そんな、何とかならないのですか? ゴーレム兵はどうなのですか?」

「ははっそんな都合よく仕掛けのレバーはありません。ささっ先をお急ぎをっ」


 貴嶋は笑顔かつ落ち着いた声で、あたかもタクシーを譲るくらいに気軽に言った。


「いや、いやです……此処まで来て、貴方と別れて一人で行くなんて考えられません!」

「とにかくお急ぎをっ! 通路の出口、城壁の外には偽装した信頼のおける兵共が待っております。それらが貴方を命を懸けて守りますぞ!」

「いやっ嫌です。私も此処に残ります! 貴嶋と一緒に埋もれます……」


 貴嶋の目には、はっきりと大量の涙を流して子供の様に駄々をこねる女王の姿が見えたが、きっぱりと突き放した様に言った。


「さあっお行きなされっ! 迷惑ですぞ。私は職責として貴方にお仕えしたまで。この上は早くこの場をお立ち去りを! 私は一人で死にたいのです」

「嘘を言いなさい!!」


 なおも食い下がる女王の前で貴嶋は短剣を抜いた。

 シャッ!


「何を?」

「女王が動かぬと言うなら、私はこの場で胸を突いて死にます。私の死ぬ場面が見たいですかな? さあ早くっ早く行きなされ」


 貴嶋の持った短剣の刃先は本当に胸の辺りに少し突き刺さっており、衣服にじわりと血が滲んで来た。もちろん女王には見えないのだが……気迫は伝わった。


「やめてっ……お願い」

「さあ私に無駄死にさせるのですか? 貴方が生き延びてこその我が生なのですぞ」

「そんな……酷い……」


 エリゼ女王は震えながら首を振った。そして振り返ると西の出口に向かってふらふらと歩みを始めた。


「それで良いのです、さあ早く」

「わあああああああああ……」


 いつしか女王は泣き叫びながら走って行った。その姿を貴嶋は笑顔で満足気に静かに見つめ続けた。

「等ウェキ玻璃音大王」の「等」の読みを「トウ」に変更しました。

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