雷 下 地下の再会
メランは城壁外で指揮しながらいち早く異変に気付いた。
「暗い夜空だけど分るよ、砂緒さんの雷雲が出てる。薄っすら光っているもの、最後にあの稲妻を使うのね……戦いも最終局面ね」
「ほえー」
『魔戦車、地上兵、魔ローダーに告げる、砂緒さんの雷が落ちる! 安易に本城に接近するなっ!』
メランは同盟軍に警告を発した。
そのまま砂緒は蛇輪の巨大化した腕を天に掲げた。指先から太い雷が天の雷雲に上がって行く。リュフミュランー新ニナルティナ間で裂岩の新・幹道を作った時や砂緒いーじすシステムが発動した時の様な生身の雷に比べ、はるかに太い雷が天に昇って、雲のあちこちに横走りを続けた。
「……軽蔑してるでしょ?」
「?」
これから雷を落とそうという時にぽつりと雪乃フルエレが呟いた。
「あれだけ生身の人間を魔ローダーで攻撃しちゃだめって砂緒に言い続けたのに、結局最後の最後にお城をメチャメチャに踏み潰しちゃった……」
しかし砂緒は責める訳でも無くにこっと笑った。
「何を言うのでしょう。相手はメドース・リガリァ本城に籠る連中です。これは船舶や魔ローダーの様な巨大メカに乗っているのと同等の扱いで良いのですよ。それにフルエレはリュフミュラン城でいきなり王様に向けて手刀をくらわせた人間です。別に一切驚きはありませんよ」
「ありがとう……優しいのね」
「いえいえ、では撃ちますか?」
「うん、撃って……」
雪乃フルエレはカッと目を見開いて城の最後を見届けようとしながら言った。
「落ちろ、雷!!」
カッッ!!!
ドドドドドドドーーーーーーーン!!!
ドドドドドオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!
激しい閃光の後に、大轟音が鳴り響いた。そしてその雷の一部が枝分かれして、何故かオーベルジュもフルエレが宿泊していた魔法マンガ喫茶も一瞬で吹き飛んだ。もちろん城跡のくずれた石の山も一瞬で消え失せていた……
「キャーーーーーーッ!?」
地上でカヌッソヌ軍と合流して混乱を収拾していたイェラは、突然の巨大な雷に思わず叫び声を上げて顔を隠した。爆風が辺りのゴミや備品を吹き飛ばしていた。
「衣図ライグは何処に行った? 彼は無事なのか?」
爆風がやんだ後、イェラは周囲をキョロキョロ見回した。
「なんて事だ……これがあの噂の雷……」
ずっとバックマウンテンの南の麓で三角座りしていた紅蓮は、突然の巨大な落雷に驚いて思わず立ち上がった。
「酷い……もう殆ど勝っている状態なのに……どうするの? 行くの??」
美柑は座ったまま言った。
「……僕は介入は出来ないんだ……紅蓮は力なく言って再び座り直した」
「そう……」
美柑はそれ以上何も言わなかった。
「い、いやっ介入は出来ないけど、エリゼが生き残っているかもしれない……救助なら良いんだ」
「そうだねっ」
座り直した紅蓮が再び立ち上がり、走るでは無くゆっくりと歩き出した。短時間なら飛べる美柑の能力なら飛んで行ったり、フェンリル化したフェレットに乗って走って行けばすぐにメド国に辿り着けるが、彼女も紅蓮の速度に合わせてゆっくりと歩き出した。
ガガガガガッッ
「きゃーーーーっ、上で何が起こっているの!?」
激しく揺れる地下迷宮の中で、エリゼ玻璃音女王は立っていられず一瞬しゃがみ込んだ。本城の地下に広がる地下迷宮は入り口や上層の一部が蛇輪の重量で土砂に埋もれたが、東西に伸びる地下空間の全体はまだまだ保存されていて、彼女は無事だった。
コツンコツンコツン……
振動が収まると、よろめいてしゃがみ込んだエリゼ女王の背後から足音が響くのが聞こえた。その間もあちこちの壁や天井の岩がミシミシ言っている。早く逃げなければここも崩れ生き埋めになってしまうだろう。
「追手? 行かなきゃ……」
「お待ちをっ! 私です。貴嶋です!! 女王陛下ですね?」
エリゼ女王が急いで逃げようとした時、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返って盲目の彼女の魔法と音を使用した能力で視ても確かにもう一度会いたかった愛しい貴嶋だった。
「ああっ貴嶋っ嘘みたいです……貴方にまた会える事が出来るなんてっ」
「陛下っ」
二人は走り出してしばし強く抱き合った。
「お願い、もう私は何もかも投げ出して女王を捨てた身、陛下などと呼ばないで下さい」
「いえ、私は最後まで貴方の忠臣です。部下達を見殺しにしてまで此処に来たのも全ては貴方を無事に脱出させる為、その為の手はずも整えてありますぞ」
エリゼは二人最後に抱き合って男女の間に戻るものと思ったのも束の間、貴嶋から意外な言葉が出て驚いた。
「そこの者共、動くんじゃねえ!!」
抱き合う二人に対して野太い声で警告が発せられた。本城には地上兵は攻め入らないという本陣の命令を無視して、得意の地下トンネル作戦を決行していた衣図ライグだった……
「大将、敵の首領でしょうか? あれを討ち取れば大金星ですぜ~~」
傍らでラフが笑った。
「ああっさっきの震動にゃ驚いたが、此処に来て大正解だったぜっこれで汚名が返上できるってもんだっよし、者共かかれっ!!」
衣図ライグが部下達に命令した。
「ああっどうしましょう……」
「お任せを」
貴嶋は一切慌てる事無く、近場のレバーを引いた。
ガッガッガッ……
途端に石の扉が開き、美柑たちに襲い掛かったゴーレムが登場した。
「ギャーーーーッ」
バシッゴキッ
次々返り討ちにあう衣図ライグの部下達。
「何だ何だここに来てまたゴーレムかよ……くっそ砂緒が居ればあんなヤツら……」
「大将、ヤバイですぜ、こっちに来ます!!」
「逃げろっ」
衣図ライグ達は撤退して行った。
「よし、ダメ押しだっ」
ゴゴゴッガラガラガラ……
貴嶋がまた別のレバーを引くと、いまさっき衣図ライグ達が撤退した石の通路に巨大な岩がいくつも落ちて来て道を塞いだ。しかしそれによってゴーレム兵も岩に挟まってしまった……
「ガハハハハハ、愉快愉快、さっ行きますぞ姫、いえ女王陛下」
貴嶋は高笑いしながらエリゼ女王の手をそっと取った。
「どこへ行こうと言うのですか? もはや私達に行く所は……」
「ご安心を、いつ何時どの様な事があろうかと想定し、女王陛下専用の信頼のおける脱出部隊を常に準備しておったのです。その者共が待つ場所へ続く通路がありますゆえ」
「……そ、そんな……」
エリゼ女王は貴嶋と二人で地下で静かに死んで行くつもりだったはずが、思わぬ言葉に驚いた。
「衝撃土竜ッッ」
バリバリバリッッガリガリガリッッ
二人で手を握り合っていた所に、崩れた岩の隙間から衣図ライグの部下の魔導士達の声が響いた。
「いかん、奴ら掘削を開始したな、急ぎましょう!!」
「はい……」
民と家臣達を見捨て全てをかなぐり捨てて来たエリゼ女王は、自分だけがおめおめと生き残って良い物かと戸惑いながらも貴嶋に手を引かれて進みだした。




