忘れていた占い…… 上 弁当屋の娘
「きゃあっ火よ、火事だわっ!」
「同盟軍があちこちに火を付けているぞ!」
同盟軍と勘違いされているカヌッソヌ軍が付けた火は、新ニナルティナの様な大都会と違ってまだまだ木造家屋の多いメドース・リガリァの市街地に一気に燃え広がって行く。
「なんて事だ!? カヌッソヌ軍はなんて事をしてくれた……これでは攻め込む側とて巻き込まれるぞ」
「コーディエ殿、如何致しますか?」
騎馬の上で戸惑うコーディエにシャル王が冷や汗を流しながら聞いた。
「コーディエ殿、シャル王殿、どうやら城壁内のメド国軍は親政権派と反政権派に別れ散発的に戦闘を開始した模様です!」
「逃げ惑う避難民も加わり、もはや城壁内はカオス状態ですぞ」
さらにタカラ指令とロータス王も加わった。
「手をこまねいていても仕方が無い、三千の残存兵を我らで分けて、カヌッソヌ軍を監督して回りましょう。シャル王、タカラ指令、ロータス王お頼みします」
「しかしよもやカヌッソヌ軍が我らに襲い掛かって来る可能性は?」
シャル王が不測の事態を心配した。
「魔戦車だけでは無く、魔ローダーを街の各地に配置するしかあるまい。さらに我らの部隊にも随伴させて、圧を掛けましょう。そして北側の市街にまで火災が延焼しない様に魔呂に破壊消火をさせましょうぞ!」
「コーディエ殿、それしか無いのかもしれませんが、それでは本城の制圧にまわす魔呂や兵力が……」
タカラ指令が心配顔で言った。
「もはやそれはセレネ総司令官が乗る旗機の蛇輪一機にお任せするしかあるまい」
「シャル王殿、東側にはル・ツーと七機のSRV、それに約一万から九千の兵力がまだ残っているはずです」
「味方のカヌッソヌ軍にこうも翻弄されるとは……」
(Y子殿いや夜宵姫さま、魔法秘匿通信も閉じてしまわれて一体どうしてしまったのだ、もしや私が要らぬ事をしたせいで、キレてトチ狂われたか?)
雪乃フルエレ女王こと夜宵姫の行動に特にコーディエは関係は無かった。セブンリーファ後川南側、ミャマ地域軍の王達は渋い顔をしてそれぞれの部隊を率いて進み出した。
「はぁはぁ、助けてパパ、ママ、スピネルッ!!」
弁当屋の娘はメド国の市街地を走りながら自称メド国革命派軍の男達から逃げていた。逃走しながらも、街のあちこちから火の手が上がりカヌッソヌ軍とメド国兵さらには革命派軍がみつどもえの市街戦を散発的に始めていた為に、それらからも身を隠さなければいけなかった。
パパパン、パーン、ドーーン!!
すぐ至近で大きな爆発音が連続して起こった。
「だめだわ……もう向こうには逃げれない。私の街がこんな事に……ううっパパ、ママ、スピネル……助けて……」
危険を避けて走り続けてぐるぐる回り、懐かしい我が家の店に辿り着けず、もはや気力が尽き果てた弁当屋の娘は建物の陰でへたりこんで座り込んだ。
「みぃ~つけたっ」
「んぐっんんんんん」
(いやああ、離してっ助けてっ!!)
遂に数人のメド国革命派軍の男達に捕まった弁当屋の娘は、さらに建物の陰に引きずり込まれた。
「へへっ、こりゃあ懲罰のし甲斐があるな!」
「よし、手足を押さえろ!!」
男達は手慣れた手つきで弁当屋の娘の手足身体を抑え付けると、躊躇無く確かに身分にしては豪華なドレスのスカートと胸元を破いた。
ビリビリッ!!
すぐに白い日焼けしていない両脚と、胸元が露わになった。
「お、お願いやめて、お、お金ならいくらでもお渡しします……」
弁当屋の娘は涙を流しガタガタ震えながら哀願した。
「安心しろ、お前をやった後でちゃんと独裁協力者共から巻き上げるからな、今は楽しもうぜ」
「ひひひ、可愛い顔してるなあ、スピネルとかいうキザ野郎には可愛がってもらったのか?」
野卑た男達の視線が辛くて目を閉じた直後、弁当屋の娘の薄い唇に名前も知らない男のうす汚い口が重ねられた。
「んむっおえっおえええ」
すぐに何度も吐き気が襲ったが、男は構わず強引なキスを続ける。
ガリッ
弁当屋の娘は無意識のうちに男の不気味にうごめく舌を切り落とす勢いで噛み切った……
「!!! んぐううふぐううう、ひてえええええええ、このアマッ!!」
思わず口元を押さえて立ち上がった男だが、直後に無意識に怒りのまま短剣を握り締めた。
ズブッッ
「んぐっ!」
鈍い音と共に弁当屋の娘の胸に大きな短剣の刃が突き立てられた。すぐにその短剣を引き抜くと、胸からドクドクと大量の血液があふれ出す。娘は無言で血のあふれる自分の胸に両手を置いた。
「おおい、なんて事してくれやがった!? 折角の上物を!」
「こりゃ死ぬぞ……もったいねえ」
「仕方ねえ、行こうぜっ……」
自称メド国革命派軍の男達は娘を放置して走り去った……
「はぁはぁ……パパ、ママ、スピ……ネル……たすけて……はぁはぁ……はっはっはっ……」
弁当屋の娘は寝転んだまま血が噴き出る胸を必死に押さえながら、大量の涙を流し三人の名前を呼び続けたが、しかし次第に息が早く小さくなり、そしてしばらくしてそのまま絶命した。目はカッと見開き、涙が流れたままの死に顔だった。
ガシャーーン、ガシャーーン
雪乃フルエレ、セレネ、砂緒の三人を乗せた魔ローダー日蝕白蛇輪はハッチを開けたまま無機質にまっすぐ城壁から本城に向けて市街を進んでいた。セレネは最後の指令をした後、魔法通信を閉ざしていた。そして三人とも無言になっていた。
(なんだか、兎幸と二人で旧ニナルティナを征服しに行った時を思い出すな……あの時の私はバカだったな、観光気分で……でもその後にアルベルトさんと出会ったんだっけ……)
ぼーっと考えていると、フルエレはまた涙が出て来た。
「おいおい、何で泣いてるんだ砂緒っ!?」
フルエレが自分の事かと思いきや、セレネがいきなり号泣している砂緒を見て驚いて声を上げていた。
「酷い話です。有料双眼鏡の能力で市街を見ていたのですが、今いきなり若い娘さんが性的暴行を受けかけて、反撃した挙句に暴漢に殺されてしまいました……」
「マジかよ……」
セレネが愕然とした顔をした。
「やはりこういう事は戦争に付き物なんですね」
砂緒が他人事の様に言っていると、いきなりフルエレが砂緒の肩をガッと掴んだ。
「今からどれくらい前の話なの!?」
「そうですね、一分三十秒くらい前の話です」
「え、じゃあ今すぐの出来事じゃないの!?」
「そうなりますね、でももうすぐ二分くらいになります」
「こうはしてられないわっ、砂緒、その場所に蛇輪を動かしなさいっ!」
「何するんだフルエレさん?」
「回復を掛けて生き返らせるに決まっているでしょう!!」
「えっ……」
砂緒もセレネも驚いたが、フルエレの勢いに押され、そのまま蛇輪を現場に向かわせた。




