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魔力の容れ物 下 輝くフルエレ

「さあ行くぞY子、カレン!」

「………………」


 セレネは手を伸ばすが、Y子は無視して超大型魔法瓶を見ている。カレンもあたふたしているが、積極的には逃げようとしない。


「何をしている、さあ! 蛇輪の操縦席に滑り込めば安全だろう。もたもたしてるなら殴り倒して気絶させてでも連れてくぞ!」

「貴方一人で行きなさいよ! それで宿屋で休息したりレストランで食事してる我が軍の兵士達はどうする?」


 Y子がピッピッと動き続ける数字を見て冷や汗を掻きながら言った。


「走り抜ける時についでに大声で注意をして行く!」

「ついでって、そんなの聞こえた時には爆発直前でしょ!」

「あんなの替えはいくらでもいる! Y子殿は……友達のY子は一人しかいないんだっ」


 パシッ!

 Y子は非力な力で突然セレネをはたいた。無言でセレネはぶたれた頬を押さえる。


「何て事言うの?? 兵士に替えはいるって、兵士達にも家族はいるのよっ!」

「わ、私には親も兄弟もいない、おじい様が一人いるだけだっ!」

「話が違うでしょう!!」


 突然言い合いが始まった。


「あ、あの……残り七分を切りました……」


 カレンが慌てて二人の喧嘩を止める。


「あんた一人で自慢の脚力で走って逃げたら良いじゃない! あカレンも連れて行ってね」

「とにかく、残り三分になる直前にY子を殴って連れて行く! あたしには砂緒もY子の中の人も同じくらい大切なんだ、死んでほしく無い……そんなの耐えられない」


 セレネは本当に辛そうに顔を俯かせて言った。


「……安心してよ、死ぬつもりは無いわよ!」

「一体どうする??」


 ずっと巨大な塊を見続けていたY子が振り向いた。


「さっきから見ていたら魔法溶接の隙間のあちこちから魔力が微かに漏れているわ……」

「それで??」

「そこから魔力を吸うわっ!」

「吸う!?」

「皆が言う様に私に膨大な魔力があるなら、わたしがそんな魔力の容れ物だとしたら、出すだけじゃなくて吸い取る事も出来るはずよっ! この大きな魔法瓶の中の魔力、全部吸い取ってみせるわっ!」

「へっ? 馬鹿か??」


 セレネは両手を大きく広げて巨大な魔法瓶を抱き抱える様な姿勢を取ったY子を見て呆れて言った。


「はああああああああ!! 魔ローダーに乗った時の逆、魔力を吸収するイメージ!!」

「イメージて、あんた、砂緒と同じレベルの馬鹿だな!?」

「似た者同士なのかもね、ていうか精神集中出来ないから、出てって!!」

「残り六分です……」


 ピッピッピッ

 その間も無情に魔法数字は動き続けた。


「……いいよ、じゃあキッチリ三分前にはアンタを殴って連れて行く! あと残り三分頑張りなよ馬鹿!」

「お前が馬鹿じゃ」

「うるさいっ!」

「お願いします二人共~~~」


 まだこんな極限状態でも言い合いをする二人を、カレンが必死に諫めた。


「ええい、邪魔よっ! はああああああああああ全部吸い取ってあげるわっっ!!」


 カランッ

 Y子は黒い禍々しい兜を脱ぎ捨てた。


「……なんと美しい……女神か……」

「綺麗な人」


 腰が抜けて動けないカヌッソヌ市長も兵士達もカレンも、Y子つまり雪乃フルエレ女王の素顔に非常時を忘れてハッと息を飲む程に驚いた。


「もういいやっY子頑張れっ」


 セレネはフルエレの背中に手を置いた。


「はああああああああああ!!!」


 ひと際大きな声で雪乃フルエレが気合を入れると、彼女の全身が黄金色に輝きだした。途端にフルエレの両掌に向かって、巨大爆弾から大量の魔力の輝きが太い奔流となって流れ込んで行く。


「凄い……」

「本当に魔力を吸っているのか!?」


 カレンもY子もついでに市長も、魔法ランプしか無い暗い地下聖堂で、黄金色に輝き、魔力の奔流を吸い取り続けるフルエレを目を見張って見つめ続けた。

 ピッ

 残り四分となった。


「あと一分だからなっ! きっちり残り三分で走り抜けるからなっ!」

「っるさいっ!! はああああああああああああああああああああああ!!!!! 全て私に流れ込めっっ!!!」


 さらに太い流れとなってどんどん魔力が吸い取られて行く。

 ピッ

 数字は残り三分となった。本来ならセレネが二人を抱えて行くと宣言した時間だが、セレネはフルエレの迫力に動く事が出来なかった。


「残り二分……セ、セレネさん手を握って」

「こっちに来い」


 セレネは震えるカレンをぎゅっと抱き寄せた。市長は放置だ。

 びゅおおおおおおおおおお!!!

 その間も恐ろしい勢いと太さの奔流が雪乃フルエレの身体に流れ込んで行く。

 ピッ


「残り一分……」

「フルエレ?」

「ごめっ、なんか無理っぽい、テヘーーーッッ」


 まだまだ吸い取り続けるフルエレが冷や汗を流しながらセレネを見た。太い光の奔流が流れ続け、全く尽きる様子が無い。


「コラーーーッ!? カッコ付けといてこれかっ!!」

「ごめんね、私も砂緒と同じくらいセレネの事が好きよ」

「う、うるっさいわっ!! こんな時に……」

「カレンと今から走れっ!!」


 あと三十秒……


「もういい、一緒に居るよ、友達だからな」

「馬鹿ね……」

「セレネさんY子さまっ」


 カレンはぎゅっとセレネにしがみ付いた。


 ピッ

 ゼロ秒……

 カッッ!!!

 超大型魔法瓶が光った……

 パシュッ!! ピシッ!


「……れ?」


 超大型魔法瓶は、パーティーのクラッカー程の音を鳴らし、鼠が出れる程のひびが割れて止まった。フルエレは残りゼロ秒の時点で、もはや魔法瓶の魔力を最後の一滴を残し吸い取る直前だった。


「ふぅ~~~~~~マジか、本当に全部吸ったな凄いぞY子!」


 セレネはY子の背中を軽く叩いた。


「う、うっぷ、おえっ吐きそう……」


 雪乃フルエレ女王は口を押さえて頬を膨らませた。


「こ、こらっ吐くな! ここで吐いちゃだめだぞっ」

「セレネ、キスして、キスで吸い取って!!」


 フルエレは悪戯っぽく言った。


「わかった……最近イェラお姉さまをお姫様抱っこして、女の子への想いが再発してたんだ、いいぞ、唇を重ねよう……」


 セレネは真剣な顔でフルエレの片手首を握り、美しいアゴを指で持ち上げた。


「ち、ちがっ冗談よっ本気にしないでっ」

「いや、逃さんぞ、フルエレ……綺麗だっ」

「や、やめーーー!!」


 フルエレは右に左に顔を背けるがセレネは顔を近付ける。


「ならコチョコチョ攻撃だっ!! 綺麗な身体をしているなっ」

「きゃ、きゃはははははっは、やめいっ!! で、出ちゃう、魔力が出ちゃう」


 市長は緊張から一転二人の痴態をポカンと眺めた。カレンはこの二人は本当に仲が良いなと思った。

 ドガッ!!

 突然フルエレがセレネの腹を蹴り上げた。


「うぷっ!! 蹴る事ないだろーーっもっかいコチョコチョだっっ」

「やっ本当にやめてっあんっっ」


 カシャンッ

 その時Y子ことフルエレの腰にぶら下がっていた牢の鍵が落ちた。が、フルエレもセレネもまだまだ爆笑して揉み合っていて、全く気付いていない。市長も兵士達も美少女二人の肢体ばかりをデレッとした顔をして見ていて気付いていない。


 スッ……

 カレンは無言で落ちた鍵を踏んだ。


「ちょ、ちょっと緊張したらお花畑に摘みに行きたくなっちゃいましたっ!!」

(……サッワくん……爆発しなかったよ……!!)


 カレンは一人で走り出した。

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