漁村の瑠璃ィ
「な、何だ?」
「いえ、王子がまともな事を話し始めたので熱があるのじゃないかと……」
「失礼な奴だな……」
「おんなじやでっ、ウチもあのセレネとか言う女がちょっと嫌いやわあ。いきなり死にかけて皆に世話掛けた癖に偉そうにしくさって」
「いや瑠璃ィさんそれは皆さんを守ろうとして……」
「ちょっと待て……ボクはなんかその辺りの記憶が……」
「あ、ああっ何でもないですわっ、ねえ瑠璃ィさん!」
「そ、そうやなっ! ほほほほほほほ」
瑠璃ィとメアは危うくまた王子のブラックボックスを開きかねないと思い必死で話題を逸らした。
「何にしても、このままあの国の命令通りに動いて埋没してちゃ駄目なんだ……そんなんじゃあ依世ちゃんに僕の存在をアピール出来ない……何か、何か凄い作戦をして皆をぎょっと言わせないと駄目なんだ」
「王子……」
メアは珍しく真面目に頭を悩ませている王子を見て、少しドキッとすると共に、王子の成長を感じていた。
「あーーそうやーーウチちょっと一人で散歩行ってくるわ~~~メアちゃんも王子も絶対付いて来たらあかんねんで~~~」
唐突に瑠璃ィはウインクして人差し指を立てると、そそくさとその場を後にしようとする。
「おおーー瑠璃ィ、飢えて行き倒れになるなよ~~~」
「心配せんといて~~~お腹空いたら帰ってくるさかいに~~~ごめんやっしゃあ」
片手をぴっと掲げると瑠璃ィはふわふわとした足取りで部屋から出て行った。
(あ、あやしいい! あーーやーーしーーいーー怪し過ぎる!! 一体彼女は何なの?? そうだわっ一度しっかり尾行して何をしているか確かめましょう。妙な事をしていたら王子に通報して……うふふ)
「ど、どうした? 何を一人で笑っている??」
「お、王子、突然ですが私も一人で漁村にお買い物に行ってきますわっ!」
「は、はあ? 気を付けろよっ」
そう王子に告げると、メアは目立つセクシーなメイド服の上にトレンチコートを羽織り、サングラスを掛け、つばの広い女優さん帽子を深々と被ると、瑠璃ィキャナリーの追跡を開始した。
「るんるんる~~~ん」
城から出た瑠璃ィキャナリーは上機嫌なのかスキップをしながら市場に向かった。瑠璃ィは年齢不詳だが確実にスキップが似合う年齢では無かった。
「何なの……やけに上機嫌ね? まさか……男に会うとか!? 絶対に尻尾を掴んでウェカ王子にタレ込んでやるわぁふふふ」
トレンチコートを羽織り、タブロイド紙で顔を隠すメアは上手く尾行出来ていた。
「おばちゃん! 携行食を五十食分ちょうだいなっ!」
市場に着くと瑠璃ィは冒険者の雑貨露天で携行食を五十食分買った。
「まっオ〇サ〇がおばちゃんって言ってる、厚かましいですわねえ~~、でも問題はそんな所じゃ無いわね、五十食分の携行食を買うってどういう事? なんだか物凄い冒険者と付きあってる??」
すると瑠璃ィは市場を抜け、北に進みだした。ラ・マッロカンプ王国は北部海峡列国同盟に参加し域外の帝国への玄関口ともなる国際国だが、悪く言えば同盟の中では田舎国でもあり、王都のカラス城周辺を一歩離れれば、すぐに寂れた漁村ばかりとなる。この国の主要産業は漁業であった……
「また漁村に行くのね……逞しい漁業関係者とお付き合いが? まあ蛸の入った丸い食べ物が好物らしいし、あり得るわねえ」
メアは明らかに目立ち過ぎる格好で、ズンズン進む瑠璃ィを順調に尾行し続けた。しかし瑠璃ィはさらにどんどん北に進み、さすがにメアも少々不安になって来たのだった。
「ちょっと……けっこう建物もまばらになって来たんですけど……」
すると、とうとう瑠璃ィは寂れた漁村の朽ち果て掛けた小屋の前に立つと左右を軽く見て入って行った。
「怪しい! 怪しさポイントマックス!! 遂にとうとう瑠璃ィさんの裏の顔を掴んだわよっ!! くふふふふふ」
メアも慎重に左右を見ると、小屋の窓から中を覗いた。
「げっ……」
一目覗いてメアはぎょっとした。瑠璃ィの前には約二十名程のフードを被った怪しい屈強な男達が跪いていた。
(あや、怪しいなんて物じゃないわっ怪し過ぎる……)
一瞬たじろいだメアだが、気を取り直して再び小屋内を覗いた。
『おおっ瑠璃ィさま、食料調達有難う御座います』
『これは大事に少しづつ食べます!』
『我らもご近所さまの漁師から漁を習い自前で食料調達を行うつもりですぞ!』
(な、何なの、瑠璃ィさんってこの屈強な人達のリーダー的存在なの!?)
『ごめんやでーウチが宙ぶらりんな状態で、あんたらに迷惑かけてもてー。でも再会出来て良かったわ~~~』
その言葉で屈強な男達は何か苦労があったのかおいおい泣き出した。
『我らもまさか大切なご主人を見失い、この様なご迷惑をおかけする事になろうとは、どの様な罰でもお受けします……』
『ええんやで、再会出来たのが何よりや、地図くれた道路工事の人達に心の中であんじょう感謝しときやー』
『ははっ』
『………………』
男達は雪乃フルエレと砂緒とセレネに出会った事をまだ言っていなかった……。なるべくまおう軍以外のセブンリーフの住人とは争うなという神聖連邦帝国本国のお達しを破った事を言うのが怖かったのだ。しかし瑠璃ィ自体は砂緒達を多少見知った間柄だったから、本当は打ち明けてもたいした問題では無かったのだが。
『しかし……此処でこのままのんびりしていても良いのでしょうか? いつ城に攻め込む気なのですか?』
『ああ、それは若君次第やなあ……若君をどうにかせんと……ウチの一存では……』
これはもちろん、若君とは紅蓮アルフォードの事であり、城とはまおう城の事である。瑠璃ィキャナリーもフードの男達も東の地、神聖連邦帝国からセブンリーフのまおうを討伐する為に派遣された紅蓮のサポート役として追加派遣されたのだった。ただ問題は、彼女も部下のフードの男達もとんでも無い方向音痴という事だった……。また紅蓮自体も偶然パートナーとなった美柑と偽名を名乗る依世となるべく長く旅をしたい、一緒に居たいという下心からワザとあちこちを巡りに巡り、まおう討伐を伸ばしに伸ばしていた。そういう訳で両グループはなかなか出会えないのであった。
偶然にこの国のウェカ王子が妄想の様に連呼して探し求める超絶美少女依世ちゃんは、この様に瑠璃ィと遠く関係していた。だが、メアにはそんな事は一切知るハズも無かった。
 




