猫呼クラウディアさん女王デビューの日
その後、常連客の芹沢爺さんは七華の胸からこぼれ落ちたチョコを両掌に受け取り狂った様に貪り食い、一部を家宝として大事に袋に入れてもらうと大満足の笑顔で帰って行った……
「嗚呼、良い事をすると気分がいいわね~」
猫呼が芹沢爺さんを見送った後に、まるで行倒れの人でも助けたかの様に爽やかな笑顔で言った。
「わたくしは……何か大事な物を失った気がしますわ」
「あの、私がスイーツに加工しましょうかとか言ってる時に、七華さんが自ら考案して実行したんですよね」
「それはそうですけど……」
イライザの鋭い突っ込みに口ごもる七華だった。
「いや、胸の谷間にチョコを盛るのは七華さんの退廃的な雰囲気にぴったりのサプライズだったと思うわ、さっきのシャルの顔見た? 絶対頭に焼き付いててしばらく忘れられないわよ」
猫呼の退廃的という言葉にフゥーは瞬時にサッワとココナツヒメの事を思い出した。そう言えば七華とココナツヒメは少し雰囲気が似ている……それで思わず街角で七華に声を掛けたのかも……等とフゥーはぼーっと考えていた。
「フゥーちゃんどうしたの? さっきからあらぬ方向を見続けて」
そんなフゥーに当の七華が声を掛ける。
「いいえ、何でもありません。普段からこんな感じですから」
ガチャッカランカラン
七華がフゥーのそっけない態度にまた何か言おうとした直後だった、再びドアが開き有未レナードがひょいっと顔を覗かせる。
「あら、レナードさんって結構スケベだったんですね、また七華さんを見に来たの?」
「そうそう、それもあるけどなって、違う違う、さっき大事な用事を忘れていたんだ」
レナードは先程より少し真剣な顔をしているので、猫呼はこれは本当だと信じた。そこでいつもの密談VIPルームにレナードを通した。
「はい、ジジイに出す予定だった冷めたホットチョコレートですわ」
「おっありがとな、本当に君可愛いね、今度一緒に遊ばないかあ??」
レナードが好色な顔で七華をじろじろ見る。
「どこの馬の骨ともわからない方はお断りですわ」
「七華さん、この人一応新ニナルティナの国としての支配者という事になってるレナード公よ」
猫呼が慌てて七華に紹介した。この部屋にはレナードと猫呼と七華しか居ない。奴隷のフゥーは当然入室出来ないし、イライザは裏方に徹している。なんだかんだ言って、猫呼も七華をVIPとして扱っているのだった。
「まあっ……じゃ敵……でもま、今はいいですわっもうどうでもよろしくってよ」
「??」
一瞬レナードは目の前の美女が何を言っているのかと思ったが、美女に秘密は付き物だと思い、深くは追及しなかった。ちなみに七華は二十歳は越えて無いが、十五歳のフルエレより上の年代であり、大人に見られたり美少女に見られたり微妙な年齢だった。
「で、何なのよ? また何かプレゼントしてくれるの?」
「違うよ猫呼ちゃん、フルエレ嬢ちゃんはいつ帰ってくるんだぁ? また重臣会議を開きたいんだが女王が欠席したままで開くのは今後の事も考えて避けたいんだよ。それにアルベルトのヤツもフルエレちゃんが突然居なくなって焦りまくってやがるんだ、ちゃんと居所は把握してるんだろうな~?」
レナードは女王の権威が低下する事を恐れ、安易に女王が欠席した状態での重臣会議の開催を避けたいと思っていたが、色々と課題が山積し始めており、重臣達から会議を開く圧力が高まっていた。
「あら、本当に真面目な話題だったのねえ、わたしてっきり何か理由を付けて七華さんのおっぱいを見に来たのかと思ったワ」
「いやそれもあるよ、それもある、という訳で見るわ」
「お断りしますわ。料金外のサービスは致しませんの」
「ドライだな……だがそれも可愛い」
七華はハンカチで胸の谷間を隠した。すかさずレナードは代わりにバレ無い様に眼球を動かし健康的な両脚をちらっと見た。
「横道に逸れたけど、ちゃんとフルエレの居場所は把握してるわ。砂緒とセレネの近くにいるから身の安全は保障されてるわよ……けどいつ帰ってくるやら。アルベルトさんには彼女の大切さを噛み締めてもらってちょーだいな」
猫呼は冷たく言い放った。
「弱ったなア、実は明日か明後日にはもう開かないと駄目な情勢なんだよなあ」
レナードは頭を掻いて本当に困ったという顔をした。
「おやおやレナードさんは女王の代わりとなりうる逸材をお忘れじゃないかしらねえ」
突然猫呼が言い出した事に、レナードは思わず七華を見た。
「わ、わたくし? わたくしフルエレの替え玉なんて絶対に嫌ですわよ」
実は内心ちょっと嬉しい部分はあったのだが、プライドの高い七華は当然断る。
「誰ー? 一体誰の事なんだあ?」
レナードが狭い密談室の中できょろきょろした。
「ミーよ、ミー、このわたし猫呼クラウディアさんがいるザンしょっ!!」
猫呼はすくっと立ち上がると大真面目に両手の親指でビシッと自分を指さした。
「ははははははは、猫呼ちゃんナイスギャグ、ナイスギャグだなあはははははは」
レナードは腹を抱えて笑い出したが、その彼を猫呼はムッとした顔で睨み付ける。
「……本気かよ?」
「うんうんうんうんうん本気よ」
猫呼はネコミミが飛んで取れそうな、頭が見えなくなる程の高速で頷いた。
―重臣会議当日。
「ほ、本当にわたくしも宮殿に入れるんですの?」
七華がビシッとしたスーツに身を包み、新たに発行された魔法IDカードを持って、多少びくびくしながら猫呼と共にゲートを潜る。
「おほほほほほほ、私と一緒ならどこでも顔パスよっ大船に乗った気でいなっさ~い」
猫呼は余程嬉しいのか、七華も顔負けの、口に手を当ててのお嬢様オホホ笑いをした。
「おお猫呼ちゃんおはよう久しぶりだね! フルエレちゃんは?? おやっ超美人さんの新人秘書さんかい?」
ゲートの警備のおじさんは優しい親しい会話の振りをしつつ、いつもの様に入場者に不審者が居ないか目を光らせ厳しく見張っていた。
「の様な物よ、おじさん今日も警備ご苦労さまです!」
「ど、どうも、新人ですのよ~~おほほほほほ」
引きつり笑顔で七華は会釈すると通り抜けた。
―同盟女王控室。
「ほ、本当にやるのかい? それと猫呼ちゃんフルエレくんの居場所は教えてくれないのかな?」
心配顔の為嘉アルベルトが必死に雪乃フルエレの行方を聞き出そうとする。
「フルエレ? 知らな~~い。大丈夫ですってば! 重臣達なんか女王が誰かなんて気にしてないわよぉお! ねえ?」
「うーん、なんとも言えませんわ」
アルベルトは七華の事を数多くいる猫呼の闇のギルド組合員の一人程度にしか思っていない様だった。アルベルトは本当に真面目で誠実な男なので、フルエレの居ない間に少し浮気を……なんて発想は全く無かった。そこらへんは砂緒より遥かに立派だった。
「これで御座います……」
侍女の一人が頭にネコミミ用の穴が二つ開けられた特別製のベール帽を猫呼に渡した。
「うむ、皆の者出陣じゃっ!」
猫呼は確実に砂緒の影響を受けつつ、心配顔の有美レナードと為嘉アルベルトと呆れ顔の美人秘書七華を引き連れ重臣会議場に入って行った。




