女給七華、スマイルはNゴールド
―リュフミュラン王城。
『しばらくお城を出て自分を見つめ直します。以前騎士勤めをしていた砂緒が頼みもしないのに身の回りの世話を買って出ています。決して心配して捜索隊を出したり大事になさらないで下さい。しちか』
リュフミュランの王城の七華の部屋にはこの様な置手紙がしてあって、ちょっとした騒ぎになっていた。しかし王様は七華の成長を期待して結局手紙のまま放置する事に決めた。
「ぐぬう、我が軍が全力で援助した戦で旧ニナルティナが崩壊したにも関わらず、結局ユティトレッドが大きな顔で同盟を仕切り我が国は発言権がほぼ無い。しかも西の新領土は憎き衣図ライグが占拠しよった。その上娘まであの砂緒とかいう化け物に取られるとは踏んだり蹴ったりではないかっ! これ以上恥の上塗りは出来ぬ。あの娘の事は皆は忘れよ!」
……という事になった。
「まさかお城の中でぬくぬくと育ち、私達に偉そうな顔をするのが唯一の楽しみみたいな七華様がこんな大それた事をしでかすなんて!」
「しかもあんな奴興味無いと言っていた砂緒さんを追いかけて行くなんてっ!」
「七華様がこんな情熱家だったなんて意外でしたわっ」
「うふふ、でも七華様が居なくなれば毎日ラク出来ますわねっ」
「そうですねーーーうふふふ」
「七華様に感謝しなければですわねあはは」
侍女達は目の上のたんこぶが居なくなり、清々したという感じで羽を伸ばし笑顔で噂話をおしゃべりし合った。
「ちょっと貴方達来なさい」
「はぁーーーい」
そこに一番年上の侍女の頭が、かしましくわいわいおしゃべりを続ける侍女の娘達を呼びよせる。
「何で御座いましょう」
「七華様お旅立ちに伴い、貴方達全員を無期限のお暇と致します」
「げげっ」
それまでわいわい七華の噂話を肴に、はしゃぎながら笑っていた侍女達が一瞬で凍り付いた。
一方話は戻ってニナルティナ喫茶猫呼。
「え、えっと、砂緒さまはいつ頃お戻りになるのかしら?」
「それが……分からないのよね~~」
「え……そ、そうですの」
(困りましたわね)
大声では言えないが、七華リュフミュラン王女が頼りにして会う目的にしていた砂緒は此処にはいなかった。
「ああ、この方はリュフミュランの……」
「お止めになって、しがらみは忘れて此処に来ましたの」
「はぁ?」
猫呼がイライザとフゥーに七華がリュフミュランの姫だと紹介しようとしたが、それを遮って七華がピシャッと叫んだ。しかししがらみを断つと言いながらもその態度は王女としての高飛車なままで猫呼は多少イラついた。
「じゃ、私達と貴方の立場は対等って訳ね。今後はそう扱う事にするわね、七華さん」
一瞬七華の顔がぴくっとしたがすぐに余裕の表情を作り直した。
「ええ、最初からそのつもりでしたの」
「所で七華さん、今夜の宿はどうなっているのかしら?」
「……それがスリにお金を全額すられてしまいましたの」
「どうするつもりだったの?」
「……そ、それは砂緒さまに……ごにょごにょ」
途端にノープランで此処に来た事を後悔して声が小さくなる七華。
「じゃ、話は簡単ね。七華さんはこのビルの空き部屋を何日でも自由に使ってくれてもいいわよ」
「まっ、ほ、本当ですの!? あ、有難う猫の子さんっ!」
七華は借金して国に帰される程度に思っていたので、猫呼の思わぬ申し出に高貴な表情を作る事も忘れて無邪気に喜んだ。
「猫呼さんよ。だけど、その代わり明日から喫茶猫呼で女給さんとして働いてもらうわね。私達と対等なら当然よね、嫌ならお金を貸すからそれでお帰りになっても良いのよ」
これも七華にとっては思いも寄らない申し出だった。しかし七華の心は決まっていた。
「ええ、結構ですわ。先程しがらみを忘れてと言いましたもの。女給さんでもメイドさんでも何でもさせて頂きますわっ!」
七華は力の限り強がってふんぞり返って申し出を受けた。
「あそーー、こっちもフルエレとイェラという主戦力が消えて困っていたのよ、明日からせいぜい頑張ってもらうわ。じゃ、夕食の前にフゥーにお部屋に案内してもらってよ! あとイライザさん夕食の用意お願いね」
「あ、はーーい!」
「はい、猫呼さま」
「同年代なんだから様呼びじゃ無くても良いのよ」
「……いえ、シャル様に睨まれますので」
「あらそう」
猫呼は会って少し経つのに心を開かないフゥーに戸惑っていた。
「……ではフゥーちゃんお部屋案内してもらえるかしら?」
七華は今後一緒に暮らす事になるフゥーに笑顔でお願いをした。
「はい……でも、私貴方より少し先輩になるんですよね。今後はフゥーさんかフゥー先輩でお願いします」
「えっ」
七華は年下からのいきなりの上下関係強要に言葉を失いかけた。
「こらこら、喫茶猫呼のモットーは売り上げより仲良しクラブよ、あんまりギスギスするのは御免だわ」
「いいですわっ、フゥー先輩お部屋を案内して下さいませ」
七華はフゥーに軽く頭を下げた。猫呼は七華が昔聞いていた話とだいぶ変化している事を感じた。
七華はフゥーにビルディング五階の空き部屋に案内された。七階に猫呼のオフィス兼、ペントハウスの部屋があり、六階に砂緒やフルエレやセレネやイェラが住んでおり、五階はフゥーや新たに与えられたシャルの部屋などがある階層だった。
「此処で良いでしょうか?」
ガチャッとフゥーが鍵を開け扉を開いた。一瞬長い間使われていない部屋の独特な臭いが漂うが、すぐに七華は此処が気に入った。
「……素敵……ここがわたくしの新しい部屋?」
決して七華がリュフミュランで暮らしていたお城の天蓋付きベッドが置いてある豪華な部屋とは比べるべくも無いが、モダンなビルディングの外観通り細かい部分に彫刻や装飾の施された、こじんまりとしながらもお洒落な部屋ではあった。
「入って良いのかしら?」
「どうぞ、お鍵をお渡しします。夕食の時間にはお呼びしますので、では」
「あっ」
フゥーは鍵を七華に渡すと、さっと頭を下げそっけなく部屋から立ち去った。七華は突然の先輩宣言があったにせよ、街中で声を掛けてくれたフゥーを可愛いと思い気に入り、是非友達になりたいと感じていた。しかしそんな気持ちは七華自体初めてであり、どうして良いか分からなかった。
「凄く……素敵」
七華は部屋に入るとしばらく部屋の中を見渡した後、シャッとカーテンを開けギギッと窓を開いてみた。既にニナルティナ港湾都市は夜になっており、目の前の大通りには魔法街灯が輝き、遠くの港にはコンテナ置き場や魔法クレーン等、あちこちに魔法ランプが点滅しており、否が応でも家を出て遠くにやって来てしまったという旅情をかきたてた。
「ここで……しばらく暮らして行くのですわね」
七華は今まで味わった事の無い様な高揚感を感じていた。そして心の中で明日から女給さんの仕事を頑張ってみようと思った。




