女黒騎士Y子対セレネ、敵前魔ローダー大ゲンカ、始まる混乱
『知るかっ! 女王様が何だ、この場に居ない者の考え等知らないな』
「セレネさんその言い方はマズイでしょう、一旦冷静になって話し合いませんか」
「うるさいわっ」
「あうっ」
熱くなるセレネの肩に、立ち上がって置いた砂緒の手をセレネは見もせずに叩き払いのけた。
『遂に正体を現したな! 女王様の軍だの同盟軍だの言って、結局セレネ殿がやりたい放題したいだけだろう!!』
「Y子殿、それは言い過ぎですぞ」
「お前はどっちの味方なんだよ??」
「セレネですっ」
「本当かよ? じゃフルエレさんとあたしだとどっちの味方なんだ?」
究極の質問をいきなり投げかけるセレネ。
「………………ほらほら、ちゃんと前見て無いと、また速き稲妻Ⅱに落とされますよ!」
「むっかあ誤魔化したな」
『黒い騎士殿、兵達の安全を確かな物とする為にも、そちらの銀色の魔呂を遠ざけてくれまいか? こちらは一切の手出しはしない』
『ええ、こちらもそのつもりですから。兵達にも一刻も早く帰還してもらいたい』
速き稲妻Ⅱがバスケットボールの様にわざわざ蛇輪の前に回り込んでどかそうとする。
『どけっ、勝手に話を進めるな!! ええい、今から船を沈める!!』
「わわ、セレネさん冷静に」
「……ふんっ」
『速き騎士殿!!』
スピネルのデスペラード改Ⅲは一瞬たじろぐが、セブンリーファ後川を行き来する船の群れをガードしようと剣の柄に手を掛けた。
『セレネ、止めろ!!』
慌てて速き稲妻ⅡのY子こと雪乃フルエレ同盟女王は、蛇輪の肩を掴んだ。
『じぇええええい!!』
すぐさまセレネはパシッと速き稲妻Ⅱの手を払いのける。
『何をする!』
『何をするとは貴方こそ何をする? 敵をみすみす見逃してどうするのか? 連中は勢力を盛り返してまた襲ってくるぞ!!』
『そんな将来の事は分らないわ! 今の時点ではむしろ同盟軍の方が侵略をしているわ!』
『はあ? メドース・リガリァが最初に中部小国群に侵略を始めたんでしょうがっ! 順番を間違えるな。我々は解放軍だっ』
魔法外部スピーカーを使って派手な言い合いをする二機の魔ローダーを、スピネルは身構えたまま推移を見守った。
『今の言葉の数々は明確に雪乃フルエレ同盟女王陛下に対する反逆だ! 撤回しないと成敗するぞ!』
遂に速き稲妻Ⅱは剣を抜いて砂緒とセレネの乗る蛇輪に向けた。しかしそのY子自身が、仮装した雪乃フルエレ同盟女王自身なのだから、かなり我の強い自己主張の混じった主張だった。しかしフルエレにしてみればこじんまりと生きていたい所を無理やりセレネに女王にされたと思う部分があるので、そのセレネが命令に従わないのが我慢ならなかったのだ。
『ほほう、Y子殿、総司令官のこの私に剣を向けるか? 果たしてこの私に勝てるのかな?』
「セレネ、まさか本気で戦わないですよね、セレネに勝てる人間なんてあの男以外には居ないですから……」
「安心しろ、フる……Y子殿を本気で倒すつもりは無い。それにあの男には負けていない、今度会えば必ず勝つ」
遂にセレネまで剣を抜いた。
『ムカツクわね。いつもいつも上から目線で偉そうに……私こそ貴方に一度ビシッと言いたかったのよ』
『おやおや一体誰の視点の話だか』
「あわわわわわわわ」
二人共、魔ローダーの剣を抜いて睨み合う状況に砂緒はどうしたら良いか分からず慌てた。
『もう我慢出来ないわっ、ていやっ!!』
「わーーーーY子殿やめやめ」
「安心しなって、こんな奴のなまくら剣なんてチョロいから」
カキーーーン、Y子が感情のままに振り下ろした剣をセレネの蛇輪は簡単に弾いてしまう。
『むっかーーー、まだまだっ!! うりゃうりゃうりゃ』
「Y子殿!? 冷静になって!」
弾かれたY子は諦める事無く次々と剣を繰り出すが、全てカキンカキンとセレネの蛇輪に弾かれる。
『はははははは、本当に見掛け倒しの黒い女騎士さまだなっそりゃっ』
ドボーーーン!!
セレネの蛇輪が剣を交わして直後に足を掛けると、今度は速き稲妻Ⅱがセブンリーファ後川に落ちた。再び水しぶきが上がり、発生した大波によって今度はボートが転覆して数名の兵士が川に投げ出された。
『周囲の船、救助せよ!!』
スピネルが慌てて指令する。運よく近くを通りかかった船に全員助け出された。しかしこの状況がさらに自分の順番を待ちわびるまだまだ多くの兵達に激しい動揺を与えた。
「お、おい本当に大丈夫なのかよ?」
「これは一体何なんだ?」
『やったなーーーーー!!』
『おお、望む所だ!』
川の中で剣を振り被り、宮本武蔵佐々木小次郎の巌流島決闘の如く、川の中をバシャバシャと駆け出す速き稲妻Ⅱ。それを見て蛇輪もセブンリーファ後川に降りて、川の中で巨大な魔ローダー同士の戦いが始まった。
カキーーーン、コキーーーン、バシャッ、ザブンッ!
『ははははは、全然形がなっていない、本当に騎士さまなのかな?』
『舐めんな―――――!!』
Y子、つまりセレネは砂緒と違って彼女の正体がフルエレと気付いているので、彼女を舐め切っていたが、一瞬気合でそのフルエレがセレネの機体をよろめかせる。
『う、うお!?』
しかし結果的にはカッと頭に血が上りやすいフルエレがセレネの挑発に乗せられて、本来救う為に来た敵兵の帰還渡河作業を妨げる方向ばかりに動き出した。二機の魔呂が激しい剣の打ち合いをする度に同時に激しい波が発生して、小舟達が激しく揺らされてしまう。その様子をガードする様にじっと見守るデスペラード改Ⅲ。
「お、おい見ろ、もう駄目だ、こんな状況で渡河なんて出来っこねえ! 俺は諦める」
「諦めてどうする? 北側に帰らないと、Sa・ga地域に帰らないでどうする!?」
「いや、一旦西に進んで河口に行きゃなんとかなる!」
「そうだ、俺は海に出る!」
「俺達の部隊は海に出るぞ! ついて来たい者は来い!!」
「俺も、俺も連れてってくれっ!」
川岸に並びすぐさま船に乗れそうな連中は兎も角、まだまだ約三千人の兵達が後ろで順番を待っていた。そうした連中の中にはしびれを切らし、さらにセレネとY子の乱闘を見て不安を感じ、少しづつ西に進む者達が現れた。
『待て、何処に行く! 西に進んでも海があるだけだ、さらに行く手にはロータス国もあるぞ、無事に突破出来るかどうか分からん、ここから最短距離で本国に帰るのだ!』
セレネとY子の乱闘から渡河作戦を守る様に川に立ちはだかるデスペラード改Ⅲのスピネルは慌てて、西に向かう兵士達に呼び掛けるが、ぞろぞろと西に進む兵達が少しづつ増え始めた。もしセレネの蛇輪もY子の速き稲妻Ⅱも居なければ、スピネルがロータス国突破の手助けも出来ただろうが、この期に及んではもはや動く事すら出来ない状況になっていた。今更ながらスピネルは渡河か海に出るかどちらが正しかったか迷い始めた。
『ざけんなーーーーーーー!!』
『なんだって言うのよーーーーー!!』
Y子は必死に、セレネは手加減しながらしかし感情を爆発させながら剣を交え続けている。
『いっぺん前々からアンタには文句があったんだよーーー!!』
『ハァーー? 文句があったって、セレネ文句ばっかり言ってるでしょーーー!!』
「何これ……何の状況?? 何で蛇輪と私の速き稲妻Ⅱが乱闘してるのっ?? 壊さないでっ」
「あちゃーーー遂にあの二人やっちゃったかーーー」
二機の魔ローダーの乱闘現場にメランとミミイ王女の魔戦車が到達した。
「にしてもうじゃうじゃいるわね。こっちも迂闊に近付けないわ」
「ねーー。あそこに突撃したら流石に人海戦術でやられちゃいそう」
『ちょっとーーー、きっと蛇輪の、魔呂の性能差よっ、生身で戦いなさい卑怯者!!』
『ハァ?? 生身こそ、私の剣に敵う訳無いだろ!!』
『ごちゃごちゃうるさい、受けて立て!!』
バシャッとハッチが開くと、何を思ったか、Y子は川岸に降りて背中に担いだ伸縮式の大鎌を展開した。
『バカなのか?? ああ、いいだろーー、生身でも思い知らせてやるよっ! 待ってな!!』
「ちょちょちょ、待ちなさい冗談ですよね?」
「……砂緒はどっちの味方なの? 選んでよ……」
セレネは一瞬悲しそうな顔をする。
「Y子殿とセレネならセレネに決まってます!」
「……そうじゃない、あたしが聞いてるのは、もういいっ」
バシャッと蛇輪までハッチを開くと、砂緒を置いてセレネはピョンと川岸に飛び降りた。二人はそれぞれ得物を持って、川岸をバシャバシャと水しぶきを上げながら走り合う。
「うっわーーーーーーーセレネッ!? 何してるの??」
『むむっ、勝機!! 情け無用ッッ!!!』
二人が操縦席から飛び降りたのをギョッとしながら確認したスピネルは融和策一転、好機到来と剣を構え、取り敢えず開いたままの蛇輪の操縦席に剣先を突き刺しに掛かる。砂緒の眼前に巨大な剣先が一瞬で迫った。
「うっわああああああーーーーーーーー動け動け!!」
全身の毛穴が一瞬で鳥肌が立った砂緒が必死に操縦桿を握るが、魔力が全く無い砂緒が操縦桿を握っても蛇輪はピクリとも動かない。
「ギャーーーーー私の速き稲妻Ⅱがっ!!」
「砂緒さん!?」
メランとミミイの目から見ても絶対絶命の状況だった。




