ナメ国で軍議、思いがけずに出たY子の故郷の話
Y子こと雪乃フルエレ女王の軍がナメ国に入城して兵達の休息や国内の案内等を受けたりしている内にすっかり夜になってしまった……
「わーーい小さい国の癖に豪華な食事があるわーっ」
ミミイ王女が失礼な事を言いながら目を輝かせる。姫が戻りすっかり機嫌が良くなったナメ国のシャル王がY子達をもてなそうと言うのだ。
「貴方ただの馬鹿な町娘じゃ無いのよ、ユッマランドというれっきとした大国のお姫様なのに、お国の評判が落ちるわよっ」
「はーでもガッカリだわぁ、舐め国って言うからどんな淫靡で猥褻な事が繰り広げられてるかって期待してたのに、実際は七女って意味だなんて。健全過ぎてガッカリ詐欺よ詐欺!!」
「それも今度のY子さんの活躍でヤメに改名しようかって話よ」
「冗談でしょ? はーー仕方ないわぁ、この大皿料理をれろーーんって舐めとっちゃおうかしら?」
「やれー止めないわ」
メランはどうせ口だけでやらないと思いミミイを挑発したが、ミミイ王女は本当に大皿を持ち上げた。
「やめいっ」
慌ててメランがミミイを止めた時だった、Y子が早歩きでやって来た。
「何をしているの? 貴方達はどうするのだ??」
切羽詰まった感じでY子が二人に聞いてくる。
「へ??」
「どういう事でしょう?」
「どうもこうも私はこのまま夜の内に北に出発するつもりだ。貴方達二人はどうする?」
Y子の思いがけない発言に二人は慌てた。
「あのうシャル王も歓待してくれてる訳ですし、夜に出発すれば兵達も動揺します」
「メランさんの言う通りですわ。何故にその様に慌てていらっしゃるのか」
「どうもこうも、セレネ殿がこの瞬間にもメドース・リガリァ兵に残虐行為を働いているかもしれぬ。一刻も早く追い付きたいのだ」
ミミイとメランはY子の発言に一瞬ポカンとした。
「……お言葉ですがY子様、我々はメドース・リガリァ兵を追撃する為の軍なのですよ、それが敵軍の安全を図って慌てふためくなど聞いた事がありません」
「どうぞ順序を取り違えないで下さい。それにセレネ殿の兵士も人間です。我々と同じ様に夜には休むはずです」
ミミイとメランの必死の説得に切羽詰まりやすいY子ことフルエレも正気を取り戻した様だ。
「おお、そうだな……我はどうかしていた様だ。兵達にも休息が必要……シャル王も交えて今後の方針を決めたい」
「はい」
「分かりました」
三人は宴席からシャル王を招いて別室で今後の方針を討議する事にした。
「……という訳で私とミミイ殿メラン殿と三人で揃って朝には出発する事とした」
兎幸も同行するが、彼女は司令官では無いので説明から除外している。
「はうわぁ……あの狭い操縦室の中にY子殿と兎幸ちゃんそれにメランちゃんと私がギッチギチに詰め込まれるのね……考えただけで堪らないわぁ」
「んな訳無いでしょ。私と貴方は魔戦車で随伴するのよ」
メランは元々おきゃんな元気娘であったが、ミミイが余りにも迷言を連発するので、ただのつまらない常識人に成り下がってしまっていた。
「おお……行ってしまわれるのですか……」
「しかし……行くのは私の魔ローダーと魔戦車一両、つまり魔戦車十九両と二千名の混成歩兵達はここに居残る事になる」
「はぁ……」
軍だけが此処、ナメ国に居残ると聞いて途端にシャル王の顔色が曇った。女神の様な素顔のY子、それに若い女司令官二人とシャル王が同盟軍を信用する材料全てが一挙に居なくなるというのだ、当然の反応だった。しかしY子はそんな王の表情もしっかり読み取っていた。
「ご安心を。居残ると言ってもそれは一日か半日の事。すぐに残りの軍だけで西に向かい、そこから迂回してさらに北に向かい、チャイムリバー橋の敵軍集結予定地に向かってもらうつもりだ」
「おおっ」
シャル王がほっと一安心した顔をした。
「Y子殿お待ちを。セレネ殿は此処に軍を配置すると仰っていたはずですが……」
メランが王の手前小声でY子に意見した。
「いや、それはセレネがシャル王の人となりを知らずに決めた事だ。我々とシャル王が友好を育めた今、此処に軍を留め置く事は無駄でしか無い。それならば西に向かい我らに従う小国を増やすべきだ」
「メランちゃん、私もY子さまの意見に賛成しますわ。これだけの兵力をここで遊ばせておくなんてもったい無いです」
Y子に続いてミミイも最近では珍しく真面目に意見を言い、メランは言葉をつぐんだ。
「……ふむ、我が国としても近隣の国ゝが同盟に賛同してくれた方が今後の安全も図れるという物。では西に向かう軍には私自身も参加しましょう。百名前後の少数の兵力でしか無いが、旧知の他国の王達に同盟に賛同する様私が説得して回りましょう。さすれば無駄な争いも避けられましょう」
突然のとても助かる言葉だった。
「おおお、それは有難い。我々は必ずセブンリーファ後川で敵兵を釘付けにしよう。その間にシャル王殿は一国でも多く賛同国を増やして頂きたい」
Y子は黒い兜の下で満面の笑顔になったが、それに対してシャル王が再び急に顔色が曇り出した事に気付いた。
「……どうされた?」
「いや、西に進むのは良いがそれも海と山とに挟まれた小さき王国までとして頂きたい。あそこには近付けば命を失うという恐ろしい噂がある」
シャル王の突然の我が故郷を不審がる言葉にY子は言葉を失った。
「確か海と山と国と言えば、砂緒さんとセレネさんが新婚旅こ、いえ探索の旅に出掛けられた時に偶然立ち寄られた場所ですよね、とても良い場所だったと言われてたはずです」
メランが又聞きで聞いた話を言ってみた。
「私も聞いた事あります、海と山と国に関わると小っちゃい女の子が飛んで来て暗殺されると……まあどこまでが本当の話だか」
比較的面積や人口が多いが、位置的にはセブンリーファ後川流域の中部小国群に属するユッマランド王女のミミイも海と山と国の噂は聞いていた様だ。
「……………………」
(依世、今何処に……)
ミミイもメランも海と山と国の話が始まって以降、Y子がポカンとして何一つ話さなくなった事に気付いていた。彼女は自分の占いの結果で妹の依世に辛く当たった事が妹までもの失踪理由だと思い、心を痛めていた。
「こら、貴方が新婚旅行とか言い掛けるからでしょ」
「だって猫呼さんもイェラさんもそう言ってたんだもの……」
二人はY子の正体、雪乃フルエレ女王が砂緒とセレネが二人仲良く新婚旅行の様に海と山と国に行って、それで不機嫌になったと推測していたが、実際に彼女の気が沈み込んだ理由は雪乃フルエレという偽名を使う今の問題では無く、それ以前家出前の彼女が海と山と国の夜宵王女として過ごした時代の出来事に起因していた。
彼女は夜宵王女として百発百中の占いを行い、国に忍び寄る災いの芽を事前に察知し、それを妹の依世が強い魔法攻撃力で摘み取っていたのだった。それは海と山と国が古来から何代にも渡って行って来たシステムだったが、夜宵の力は歴代でも最強と言われる物だった。彼女が今魔ローダー蛇輪を自由に動かしたり兎幸を一瞬で復活させるだけの無限の魔力を持っているのはその為だった。この世界では時間を司る魔法が最も魔力を必要とする物だった。完全予知とは未来の時間の出来事を知る魔法だった。
「Y子殿……どうなされた? 先程から黙ってばかり、何かわしが失礼を申したならお詫びしたい」
シャル王もY子の異変が気になり、冷や汗を掻いて詫びを入れた。
「い、いいいえいえいえ、ぜんぜんだ大丈夫です。少し考え事をしておりまして」
「おお、そうですかそれなら良かった」
Y子、つまりフルエレがこうしてテンパる時は何かある事をメランもミミイも知っていた……
「シャル王よ、海と山と国にはむやみに近寄る必要はありません。むしろそっとして置いて欲しいのです。無理はせず、チャイムリバー橋近辺の戦いを察知出来る場所まで北上して頂けると良いのです。その後は臨機応変に行動してもらいたい。貴方達を信用しましょう」
「おおそうですか、ではそうさせて頂きます」
シャル王は深々と頭を下げた。これにて会合は閉会となりシャル王は別室を去った。メランもミミイもこれまでのやり取りを見て、昔の事をあまり語らない雪乃フルエレは何か海と山とに挟まれた小さき王国と関係があるのではと薄っすらと思い始めたが、今は何も聞かずにしておいた。
ブックマークを頂けると大変書く励みになります。
もし応援してやろうと思って下さるなら是非お願いします。




