雪乃フルエレさんのギクシャク……
「おはよう! 今日も可愛いねえ」
「い、いえ~そんなあ、お上手ねウフフ」
新ニナルティナ港湾都市仮宮殿の魔法セキュリティゲートで雪乃フルエレがいつものガードさんに挨拶される。とびきり可愛いフルエレはガードマンさん達にも超人気だった。
「フルエレちゃんおはよう!」
「フルエレさん今日の服も可愛いねえ」
「おはようございます」
「い、いえそんな事ないです……うふふ」
あちこちからフルエレに対して挨拶が飛び交う。とびきり可愛いフルエレは館内でも大人気だったが、彼女は単なる女王雪乃フルエレと同姓同名の可愛すぎる事務方お茶くみ娘と思われていて、彼女が同盟女王自身だと知る者は砂緒や猫呼等のフルエレ一味の他は、為嘉アルベルトや有未レナード、ライス氏等のごく一部の重臣元重臣のみの知る所であった。フルエレに反発を抱く重臣連中も下手に口外して猫呼の部下の闇の冒険者ギルドの者達に何されるか恐ろしいので積極的に触れまわる者は居なかった。
「人多いな」
フルエレが玄関口からして人が多い事に気付いた。セレネと砂緒達が連戦連勝という事で、にわかに新ニナルティナは自信が湧き活気付いていた。
「あらフルエレちゃんおはよう、今日はアルベルトさんとご一緒じゃないのね?」
「え、ええまあ」
帰国してからあまり日数が経っていない事もあるが、帰国して念の為にアルベルトが入院して以降は会えずじまいでいた。捕虜の少女フゥーの面倒を見て当地に慣れさせる事もあったが、積極的にアルベルトからの誘いも無くお見舞いに行こうと思っていたらすぐに退院してしまっていた。アルベルトとは最初の別荘騒動もあって、家や部屋に行く事も避けていたので、結局この重臣会議が再開の場となった。
「あっアルベルトさん! あ……」
フルエレが遠くにアルベルトをやっと見つけて大きく手を振ろうとした瞬間だった、視界にアルベルトと親し気に談笑しながら話し込む、同じ事務方の若い女性職員の姿が目に入った。すぐに口ごもって言葉がどこかに消えてしまった。もちろんフルエレは知らない初対面の人物の間に分け入って会話に参加出来る様な性格では全く無いので、遠巻きに二人の会話を見守り続けた。
(……長い……めっちゃ長い……何をそんな話す事があるのよっ)
すぐに終わると思われた会話は延々と続き、もともと気は小さいが短気なフルエレは内心むすっとして頬を膨らませた。
(もう行こう……)
暗い顔をして通り過ぎようと思った直後、ようやく女性職員は小さく頭を下げて笑顔で立ち去って行った。
「誰ですか? 話が弾んでいましたけど」
「うわっ」
意地悪く後ろから回り込む様に登場してアルベルトを驚かせた。
「びっくりしたフルエレくんか、何日かぶりだね、元気だったかい?」
気を取り直してアルベルトはいつもの様に和やかな笑顔で挨拶をする。
「誰なんですか?」
「え? 今の子かい? 前々からいる事務方の女の子だよ、フルエレくんがニナルティナに来る何年も前から知り合いの子だよ、それがどうしたんだい」
「い、いえ何だか話が弾んでいたなって、凄い笑顔だったし」
「ちょ、ちょっと変だよフルエレくん、ここの職場には女性職員が沢山いるのは前々から知っている事じゃないか、フルエレ君の周囲にだって侍女が沢山いるし……」
「は、はい……ですね。それとアルベルトさん今後の予定はどんな感じなんですか?」
「え、予定って??」
「まさかとは思いますけど、早く退院して戦場に舞い戻りたいとかは駄目ですから」
「再会して早々その話はいいじゃないか。どうしたんだい?」
フルエレは周囲を見渡す。
「なんだか戦勝の話ばかりで、アルベルトさんがそわそわしてるんじゃないかって気がしてしまって」
「うんそうだよ、早く戻りたいと思っているよ。同僚の魔戦車乗り達が頑張っているのに、僕だけ此処にいるなんて耐えられない。もう少ししたら切り出そうと思っていたけど……」
「駄目です。絶対に許しません。酷い目に遭ったばかりだって忘れたんですか? わたしあんな心配する日々もう耐えられない」
フルエレは視線を合わせず俯き加減にきっぱりと言った。
「そうやって拘束する気なのかい?」
「拘束だなんて心配してるんです」
雪乃フルエレはアルベルトの身を心配する余り少し機嫌を損ね始めていた。とは言えアルベルトは誠実な好青年でいきなりフルエレを振って他の女性に乗り換えるなんて事は毛頭考えておらず、先程の事務職の娘も普通に世間話をしていただけだった。
「いやいや、再会早々喧嘩するのは止そうよ。でも喧嘩出来る仲になるのも重要かな」
「は、はい……」
しかしフルエレは視線が合っただけでお互い湧き出る様に笑顔が溢れて仕方なかった時期を少し過ぎた事を感じてしまった。本来であればアルベルトの命の危機を救い、より関係が強固になっても良さそうだが……
「おーい、お二人さん何か揉め事かあ? もうすぐ始まるぞー」
有未レナードがフルエレ達を恐る恐る呼んだ。横には自称美人秘書のメガネも居た。
同盟女王臨席の重臣会議が始まった。
「まずは皆も知っている所だとは思うが、セレネ王女の指揮の下、我が軍が破竹の勢いで勝利を重ね、遂にセブンリーファ後川南側の要衝であるタカラ山監視砦を落としたそうだ」
「おお、素晴らしい」
「メドース・リガリァ共など口ほども無い!」
重臣達から歓声が上がる。
「だが兵力の中心を占めるユッマランド軍に逃亡者が多く、そこからは足踏み状態となっているそうだ。それに対してメドース・リガリァ軍のセブンリーファ後川南側に展開していた軍がタカミーとロータスの中間地点に集結しつつあるらしい。それらがどの様な動きに出るか注視している……という状態らしい」
「反転攻勢に出るつもりでしょうか?」
「しかし敵の魔ローダーは尽きたという噂もある。川を渡って逃亡するのかもしれませんぞ」
まるで観客の様に重臣達が口々に好きな事を予想した。
「そこでだ……セレネ王女からの提案では小国群の内メドース・リガリァ軍に唯一加担していない海と山とに挟まれた国? だっけかに働きかけこの戦争に参加してもらいたいそうだ。その事を同盟女王陛下に御裁可を願うと言って来た」
(えっ海と山とに挟まれた小さき王国……お父様……お母様……)
先程から新ニナルティナ公の有未レナードがセレネ王女がと連呼しているが、この同盟国の中で対等であるはずのユティトレッド魔導王国と新ニナルティナだが、実際にはユティトレッドが各国に魔ローダーや結界くん等の最新魔法機器を配布したりセレネが勝手に独断で作戦を展開したりと、ユティトレッドが指導的立場なのは明らかだった。とは言え、重要な局面で同盟女王の裁可を求める事で同盟女王の権威を高めようとセレネは考えていた。
(海と山とに挟まれた小さき王国がこの戦いに巻き込まれる……)
「どうした嬢ちゃん? ぼーっとして」
「フルエレくん?」
白いベールに隠されて見えないが、両側に座る二人にはフルエレが遠い目をしている事が感じられた。当然二人は雪乃フルエレが本当の名前が夜宵であり海と山との第一王女である事は全く知らなかった。
「い、いえ何でもありません。あの国は古来から中立を保ち、中部小国群の争いにもまおう軍にも組して来ませんでした、今回の戦いにも加わるとは思えません」
「お、おおそうか詳しいな」
レナードは多少舐めているフルエレの思わぬ知識の深さに関心した。




