捕虜少女フゥーの喫茶猫呼デビュー
「凄い可愛いっっ!」
「ほんと、可愛いわっ」
「凄い可愛いですっ!!」
新ニナルティナ港湾都市、冒険者ギルドビルディング地下一階の喫茶猫呼では、メドース・リガリァ軍捕虜の少女フゥーが真新しいメイド服を着せられていた。それを一目見て同盟女王で女給さんの雪乃フルエレと店主の猫呼とバイトのイライザが可愛い可愛いと甲高い声で連呼した。
「それで……両耳元の辺りで赤いリボンで髪を纏めて……ほらっ」
「凄い可愛い、くらくらするくらい可愛いっ!」
「絶対可愛いですっ!!」
またしばらくフゥーを囲んで可愛い可愛いの連呼が続いた。実際少し浅黒い肌に黒い長い髪の薄幸そうな儚げな美少女のフゥーが白いニーソのメイド服を着込むとエキゾチックで強烈に可愛かった。
「ねっ私の見込んだ通りだわ。これで猫呼があまり来ない分、新たな客層を開拓出来るわね」
「なんでこの子だけ廃止されたメイド服なの? でもこの首輪が痛々しいわねえ」
猫呼が魔法詠唱を封じる特殊な石で出来た首輪を指さす。
「ごめんね……この猫呼がどうしてもこれ付けないと駄目だって言うから、私は大丈夫って言ったのに。アクセサリーだと思って我慢してね」
フルエレが手を合わせた。
「ちょっと、何よそれ何で私が悪者扱いなのよ、最終的にアンタも了承したじゃない」
「別に悪者にした訳じゃ……ただ猫呼が強く主張したって言っただけよ」
「いや同じじゃない」
「お二人とも喧嘩なさらないで下さいな」
二人の間でイライザが慌てふためく。フゥーはずっと虚空を見つめたまま黙ったままだった。
「でもさ……あんた本当にこの子普通に店に出しちゃう訳? 寝首かかれても知らないわよ」
猫呼が少し離れて小声でフルエレに囁く。
「寝首かくって何よ、マフィアじゃ無いんだから! どんな発想よ」
「何言ってるのよ、貴方同盟女王の自覚無さ過ぎよ、前も変な透明な魔ローダーに命狙われたそうじゃない! それの仲間なんでしょ?」
「もう考え過ぎよ、こんな小さな子が悪事を働く訳ないわっ!」
「あんた外見と性別で判断したら差別よ」
「ちょ、ちょっとお二人さん、この子の前でそういう話は……」
ヒートアップする二人を慌てて止めるイライザ。
「あっごめんなさいねっフゥーちゃん砂糖水の作り方教えてあげようか?」
「砂糖水って……あんた本気?」
「……なに言ってるのこのお店の名物飲み物じゃないの」
「ほら、こうしてお水の中に砂糖を入れてかき混ぜるの、簡単でしょ」
「………………」
「戸惑ってるじゃない、こんなの教えるまでもないわっ」
いちいち猫呼が呆れて呟く。
「これ今おいくらなんでしたっけ?」
イライザが訊く。
「七百八十Nゴールドよ、これから徐々に千Nゴールドに近付けていくの」
「えええっ!?」
突然フゥーが驚いて大声で初めて声を出して、皆が逆に驚く。
「ほら、フゥーも呆れて物が言えないじゃない」
「……ほ、本当に砂糖水に七百Nゴールドも出すお客様がいらっしゃるのですか?」
フゥーが今度は小さな声で訊いて来た。
「いるのよ……人徳かしらね……」
「いや違うでしょ、フルエレの顔見たさに一番安いヤツ頼んでるだけでしょ。紅茶やコーヒーなんて単品でも軒並み千二百Nゴールド突破してて、ケーキセットなんて二千Nゴールドするからね、ちょっとしたぼったくりバー並みよ」
「こ、ここはいかがわしいお店なんでしょうか……」
フゥーがやけに挑戦的な事を訊いて来た。
「ううん、ここは至って健全な優良店よ。ニナルティナの認証店シールもちゃんともらっているわ」
「いや、あんたが形式上発行してる奴でしょ。発行してる人が自分で認証してるって言っても説得力無いわ」
「なんで猫呼ってそんなすねてしまったの? 会った時ってもっとロリロリしてなかったかしら?」
フルエレが首を傾げた。
「ごめん、あの時は家出したばっかで、他人にどんなキャラで接したらいいかわかんなくて、取り敢えず猫被ってロリロリしてみてたのよ」
「猫耳の猫呼だけに?」
「?」
一瞬会話が止まった。
「おい、お前、あんまフルエレに失礼な口きいたり、変な真似するなよ、お前なんか一瞬で消してやるからな!」
会話の途切れを狙って、壁にもたれ掛かって無言でいたシャルが突然物騒な事を言った。
「ちょっと止めなさい! なんて事言うのよ」
「だって」
フルエレがシャルを叱り付ける。
「はいはい、私が今の発言を翻訳してあげるわ、つまりね、ちょっ……この子なんて可愛いんだ……なんだろうさっきから胸がどきどきする……この子を見つめているだけで胸がキュンってするよ、この気持ちは何!? この俺の胸の高鳴りを消してくれっ……って意味よ」
猫呼が砂緒ばりに一人で演じきった。
「猫呼さまどうやったらそんな翻訳になるんですかっ! カンベンして下さいよこんな奴眼中にないから」
「なんかそういう言い方がいちいち怪しいわよ」
「はぁ~~私にもこんな時期があったのかしらねえ」
「ちょっと猫呼あんた達三人同年代じゃない、何三十代みたいな言い方してんのよ……」
フルエレが呆れて言った。
「お兄様にも会えず、冒険者ギルドの猛者達の面倒も見なくちゃいけない、その過酷な環境が私をこんな感じにしてしまったのね……」
「遠い目してるけど、砂緒が一度クラウディアに里帰りして二番目のお兄様に会おうって言ってたじゃない」
二番目のお兄様と言われて猫呼が急にそわそわする。
「その話は無しよ、お兄様を見つける前に二番目のお兄様に会っちゃうと気持ちが挫けちゃうわ」
「でもあの砂緒が猫呼のお兄さんをいたく気に入るなんて意外だわあ……あ、でも一番目のお兄さんってスピナさんだっけ? 行方不明の七華のお付きの騎士に似てるんだって??」
「皆がなんか同じ事言うんだけどさ、私最近記憶のお兄様の顔がゲシュタルト崩壊して来て、よくわかんなくなっちゃって来たのよ……」
「そりゃ臨時代理お兄様とかわけ分かんない事言ってるからでしょ……」
(スピナ……)
フゥーの顔がぴくっと反応した。
カランカラン
「はぁーーい!」
イライザが慌てて走って行く。
「ほらほらお客様が来たわ、フゥーちゃんのデビューよ!!」
「いらっしゃいませって言ってね。お帰りなさいませじゃないわよ」
「い、いらっしゃいませ……」
フゥーがおずおずと小声で言うと若い男性が入って来た。
「ごめんなさい兄さんだった」
「フルエレさんすいませんお客さんじゃなくて……」
入って来たのはイライザの兄のニィルだった。ニィルは元旧ニナルティナの軍人で、崩壊後にごろつきになっていたが、砂緒とセレネに成敗されその後は改心してフルエレ派の軍の幹部として彼女の身辺を警護したり情報を伝えたりしていたのだった。
「あらいらっしゃいニィルさん、今日はどんな御用かしら?」
フルエレがにこっと笑うとニィルはデレデレになって真面目な顔が保てなくなる。
「兄さんデレデレし過ぎでしょ……」




