砂緒さんの決断、という程の事でも無い……
「お、お願いっアルベルトさんが心配で心配で堪らないの……こんな事砂緒に頼むのなんて酷いって、私の事好きで居てくれてる砂緒に酷い事言ってるのは分ってるの、けどこんな事頼めるの砂緒しか居ないの、お願い……お願いよ、ううぅ」
フルエレはいつもの切羽詰まった時になる状態で、泣きながら砂緒に哀願した。帰って来てすぐ感動の対面どころか、いきなり泣きながら他の男の為に、一番嫌いなアルベルトの為に飛んで行く様にお願いされて、砂緒は情けなくて脱力した。
「あの、事情から説明して頂けると有難いのですが……」
砂緒はもはや泣きじゃくるフルエレの肩を掴んで、一旦落ち着かせる事にした。
「……つまり軽く喧嘩して出て行ったブラジルが心配で心配で堪らないので、長期間旅して来たばかりの私にちょっと見に行って欲しいと?」
「うん……お願い……」
砂緒もあまりの事に言葉に詰まる。
「そうなのよ、たかが訓練でしょ大丈夫大丈夫って皆で言ってるんだけど、全く聞き耳持たないのよ、それでみんなドンヨリしてて」
猫呼がお得意の肩をすぼめ両掌を上げるポーズをした。
「……なんそれ……あたし達今帰ったばかりだぞ……行くときフルエレさん、めっちゃけんもほろろだったじゃん。それが今更飛んでくれってムシが良すぎないか」
旅の後半から機嫌が悪くなっていたセレネがさらに険悪な表情になる。
「フルエレ……さすがに今日は帰ってきたばかりの二人を直ぐに飛ばすのはキツいだろう、明日考えような」
イェラもフルエレの取り越し苦労だと考え、二人を休ませる事を提案してくれた。
「フルエレーどうしたの? なんか元気ないよ、てか前と雰囲気が違うし、今は違う男と付き合ってんの?」
兎幸があまりにも取り乱している雪乃フルエレを心配して肩に手を置く。
「……誰、貴方?」
フルエレがウサ耳を付けた、ミニスカのテニスウェアの様な能天気な衣装を着た、可愛い女の子を怪訝な顔をして見る。
「何言ってんの! 兎幸じゃん、一緒に月まで行ったでしょ! 友達でしょーーー」
「エッ兎幸?? 何処が兎幸なのよ!?」
十歳前後くらいに見えた小さかった兎幸が、ボヨンボヨンの美少女に急成長していて、雪乃フルエレはアルベルトを心配している事が軽く飛ぶくらいにびっくりする。
「いやフルエレ、これには色々な事情があるのです。全て話半分で聞いて下さい」
「いや話半分て兎幸先輩に失礼でしょ」
「へ、へーーー? そんな事が……」
「そうだよーーーフルエレ、わたし帰って来たよ!!」
あまりにも興味深くて不思議な話に、フルエレは少し正気に戻っていた。
「良かった、やっぱりフルエレには砂緒が必要なのよね……」
「よし、じゃ今日はもういいよな? フルエレ……」
イェラが諭すと今日の所は落ち着いてくれたフルエレだった。
「所でこの目付き悪い不気味なガキは何なんですか?」
「お前に目付き悪いとか言われたくねーよ」
砂緒が遂にシャルにケチを付け始めた
「……こうなるとは思ってたけど、絶対に喧嘩しないでよね、仲良くして欲しいの」
「へェー私の為に喧嘩しないでか、フルエレさんも幸せ者ですね」
砂緒とシャル処かセレネまで険悪な雰囲気だったが、その場はなんとか収まり、喫茶猫呼で砂緒が自慢話などを披露して散会となった。
次の日。
「あああ、やっぱり駄目、心配で心配で堪らないの……今頃アルベルトさんが悪い事に巻き込まれてたら……」
早朝から喫茶猫呼で頭を抱えるフルエレに、ウエイターの制服に着替えた砂緒が渋い顔をする。
「まーた発作が始まった……」
「もう放っておけば良いじゃないの」
猫呼が心配し、セレネが冷たい事を言う。と、そこにイライザが恐る恐る入って来て、その場にいるセレネほか全員が顔を向ける。
「あ、あの……いいですか? 何かお取込み中でしょうか??」
「いや、気にする必要は無いです、入りたまえ。一体何だね?」
砂緒が偉そうに招き入れる。
「あのーニナルティナに残っている兄からの情報なのですが……」
イライザの元旧ニナルティナの軍人だった兄は、今はフルエレ派の軍人として勤務していた。
「何? 何かあったの!? どうしたの早く言って!!」
突然フルエレが切羽詰まった顔になって迫る。
「あ、い、いえ……大した事では無いのですが、昨日早朝出発したアルベルト氏は、無事ユッマランド王国のクラッカ城に到達した後、そのまま西側の国境まで進出したそうです。今日は国境付近で合同訓練を開始するそうです」
イライザの報告を聞いてフルエレが一瞬固まった。
「え? 何故なの!? 何故西側の国境に向かっちゃうの?? 何でそんな目立つ事しちゃうの??」
「あれ……私何か余計な事言っちゃいましたか?」
尋常じゃ無いレベルで取り乱し始めたフルエレを見て、イライザが慌てて周囲を見渡す。
「フルエレさんいちいち過剰に反応し過ぎですよ。何をそこまで心配するのですか」
セレネが呆れた感じで言った直後だった。
「わーーーーーーっやっぱりアルベルトさん死んじゃうのよ、きっと悪い事が起こって死んじゃうのよ……怖い、私怖い、わーーーーーーー」
フルエレは両手で顔を覆って大声で泣き出した。
「お、おい大丈夫かよフルエレ……」
シャルが慌てて声を掛けるが、猫呼もイェラも前々からフルエレには精神不安定な部分があるなとは思っていたが、ここまでとは……という感じで戸惑って持て余して見た。
「フルエレ……判りましたよ、私がラブジルの様子を見る為に飛びましょう。それでフルエレの気が済むなら何でもしますよ」
砂緒は笑顔でフルエレの肩に手を置いた。するとすぐにフルエレは涙でぐしゃぐしゃの顔で砂緒を見た。
「砂緒……いいの? 行ってくれるの?」
「はいはい、フルエレがお願いして、私が断った事ありますか? ちょっと行けば気が済むのでしょう。お安い御用です」
「ありがとうっ! 砂緒なら分かってくれるって信じてた」
フルエレは砂緒にがばっと抱き着いた。
「変だよ……砂緒はあたしと旅している間も……ずっとずっと内心フルエレさんの事ばっか考えてて、あたしが誘ってもいつも律儀に断り続けるくらいにフルエレさん大好きっ子なのに……その砂緒に寄りによってアルベルトを助けに行ってくれって、お願いするフルエレさんも、易々と引き受けちゃう砂緒も二人共変だよ! あんた達二人の関係があたしには理解出来ないよっ!!」
何故か涙目になってセレネが叫んだ。砂緒のラブジルは皆スルーした。
「あらら……セレネ何時からそんなに砂緒の事好きになっちゃったのよ、誘ったとか衝撃発言でしょ」
猫呼がセレネとフルエレに抱き着かれる砂緒を交互に見る。
「私別に気にしてませんよ! いつかフルエレは私の元に帰って来ると信じてますからね。今は軽い熱病にかかっているだけです。ラブジルに勝手に死なれでもしたら、それこそフルエレの中で神話化してしまいますからね、サクッと無事を確認して来ますよ」
「俺だって、魔ローダーさえ乗れれば、何時だってフルエレの為に飛ぶのになっ!」
シャルが強がった直後に、砂緒が申し訳なさそうな顔でセレネをチラッと見る。
「せ、セレネさぁーん? ね?」
砂緒がチラッと見ながら呼びかけた時、セレネは既に涙をぽろぽろ流していた。
「お前が飛ぶって事は結局あたしが魔力を出すって事だろ? 私がまた断らないとたかをくくってるんだろ、あたしの事舐めてるんだろ、何だと思ってるんだ!」
セレネの涙に流石の砂緒も軽口が出なかった。
「ごめんなさい、セレネ、一緒に行ってほ」
「行くよ! 砂緒に頼まれたからな、フルエレさんの為に行く訳じゃない」
フルエレのお願いの言葉に食い気味に、涙を拭きながらセレネが言った。
「砂緒はフルエレに、セレネは砂緒にって、複雑な矢印が飛び交っているな……」
イェラが腕を組みながらぼそっと言った。
「有難うセレネ……君には本当に感謝しているのですよ。という訳で、兎幸フルエレ一緒に行きますよ! 早く準備して下さい」
「わーーーい、兎幸も行く行く!!」
兎幸がボヨンボヨンしながら飛び跳ねる。
「それが……駄目なの、重臣達にもアルベルトさんにも行くなって言われてて……」
「はぁ? 何とぼけた事抜かしているのですかフルエレ、貴方私が来るなって行っても巨像の基部に突っ込んで来たでしょう、あの時のフルエレはどこに消えたのですか? 何故に家臣風情に気兼ねせにゃならんのですか、貴方は女王さまなんでしょう、好きに振舞えば良いのです、自由になりましょうよ!」
(ちょ、おま……それあたしが言った言葉のパクリじゃん……)
「だったら、わざわざあたしが行く必要無いじゃん!」
セレネは吐き捨てる様に言った。
「いやセレネは絶対に来て下さい! そうでないと私の精神がやり切れませんよ……」
一瞬砂緒が珍しく悲し気な笑顔をして、セレネはドキッとした。
「……いいよ、分かったよ、でもあたしのやりきれない気持ちはどうしてくれるんだよ」
「そ、それは自家発電で……」
「じ、ジカハツデ? 何だよそれ」
「セレネ、砂緒、兎幸……本当にありがとう……本当にありがとう、感謝します。身勝手でごめんなさい……」
フルエレは深々と頭を下げた。
「はいはい、じゃ魔輪に四人で乗りますよ!!」
「ええ、マジカ」
砂緒、雪乃フルエレ、セレネ、兎幸は無理やり四人で魔輪に乗ると蛇輪の倉庫に急いだ。




