和議継続の方針と美魅ィ王女の手紙……
「わしは喉に刺さったトゲの様に残る、海と山とか? その小国が気持ち悪い。全力でさっさと征服した方が良い気がする」
「私もその様に思う。特にユッマランドと休戦が続く間にカタを付け、後顧の憂いを排除する方が良いであろう……」
軍議の中家臣達がひそひそ口々に話すが、貴嶋の手前表立って意見を言う者は居ない。スピネルもサッワもずっと黙っていた。
「スピネルよ、其方はどう思うか? 今回の戦で最も小国を征服し功績を上げた真の功労者、其方の冷静な意見が聞いてみたいものじゃ。其方の考えであれば誰もが納得しようぞ」
貴嶋が埒があかない空気を読んで、スピネルに意見を求めた。軽く無視されたサッワが横でムッとした顔をしている。
「それがしなど一介の旅の剣士にて、現在の様な過分な厚遇に感謝こそすれ、お聞き頂き申し訳無く思いますが、国の方針を決める程の知恵は持ち合わせておりません。ただ、もし許されるのなら一つだけ確認したき事が」
「何なのだ、はっきり申せ許す」
貴嶋は、ぼくとつな真面目なだけの無難な剣士だと思っていたスピネルが、急になにやら政治屋の様な回りくどい言い方をしてきて一瞬警戒をした。
「僭越ながら貴嶋様では無く、一度我が美しき女王陛下の御心をお伺いしたいのです……」
「なっ……」
瞬間的に貴嶋に怒りが込み上げる。何かを怒鳴ろうとする貴嶋、しかしその様子を先取りするかの様に食い気味にいつもは静かな女王が口を開いた。
「スピネルと申すか、良いでしょう……まずこの場に居る家臣の皆、我が国と民の為に戦ってくれている事、わたくしから礼を言う。では本題に入ろう、停戦をしているユッマランドが属する北部海峡列国同盟への開戦はありません。彼の地はユティトレッドを筆頭にどの国も技術力が高い強国ばかりです。ですが今は盟主の新ニナルティナが弱っている以上、幸い和議の今むやみにこちらから攻め込む理由はありません。海と山とに挟まれた小さき王国も同様です。かの国は古くより魔王軍と親しいという噂もあります。超S級冒険者の美柑殿の故郷でもあり向こうから攻めて来ないなら蜂の巣を敢えてつつく必要は無いでしょう。よってわたくしは現状維持、急いで併合した小国群の首長や王達の忠誠度を高め懐柔する事が大事だと思うのです」
突然すらすらと天下の情勢を交え、適確な方針を言い放った女王に皆があっけに取られた。実は貴嶋は以前の銀色の魔ローダーへの遺恨から、ユッマランドとの和議を一方的に破り、全戦力で一挙に弱体化しているという新ニナルティナに電撃的に侵略し、その勢いでセブンリーフ全体の盟主を僭称しようというとても大胆な事を考えていたが、愛する姫の言葉を聞いて一切すっぱり止めた。
「仰せのままに」
貴嶋が立ち上がって女王に頭を下げると、スピネルやサッワら家臣皆が従った。
―セブンリーフ南部、大火山ファイアバードの麓、炎の国まおう城。
「ココナツヒメよ、おぬし勝手に海と山とに挟まれた小さき王国に侵攻したらしいな?」
今日は魔王の大袈裟でおどろどろしい椅子に座ったまおう抱悶が、家臣達を従え上下の違いをはっきり区別して、魔王モードでココナツヒメを詰問していた。
「そ、それは違いますのよ抱悶さまっ! 私では無く、私が支援するメドース・リガリァが勝手にやった事ですわ! それにメドース・リガリァ支援は抱悶さまもお許しくださったはずです!!」
いつものまおうの幼い頃から親代わりに世話をし続けた執事としての顔では無く、明確に家臣として対応するココナツヒメ。
「うるさいわっ! 余が一人でふらふら出かけておる事はお主も知っておろう!! どうしておばちゃんや王様が居る国を攻めたのじゃ!! 危うく相討ちになる所じゃったぞ!!」
まおう抱悶は両手を上げてマンガの様に頭から湯気を出してプンプンに怒った。
「申し訳ありません……ですけど、北部海峡列国同盟を今の内に叩いておかないと、このまおう軍領にまで害が及ぶかもしれないのです……私はただ抱悶さまのお身を考え執事として家臣としてお仕えしているのですわ」
ココナツヒメは真面目に片手を着いて必死に弁解した。
「うるちゃーーーーーい!! 口答えすんなじゃ!! やめろったらやめろ!!」
「あ、あの……メドース・リガリァの棟梁である貴嶋が、この度新ニナルティナに大規模侵攻を計画しているという事で、さらなる援助を要請されているのですわ……」
その計画は当のメドース・リガリァ女王によって黙殺された事をココナツヒメはまだ知らない。
「話聞いとんのかーーーーー!! これ以上の援助は許さん言ってるんじゃ馬鹿者がっ!!」
抱悶は頭ごなしに怒鳴り付けた。
「……常に貴方さまの御身ばかりを考え……尽くしているのに……どうして解って頂けないのでしょう……」
ココナツヒメが一瞬ギリッと歯ぎしりして抱悶を睨み付けた。
「何じゃ……余に逆らうのか??」
「いえ……仰せのままに」
抱悶も恐ろしい表情でココナツヒメを睨み付けた。それを見てすぐにココナツヒメは表情を整え矛を収めた。
「ココナよ、お前には砂緒という銀髪の目付きの悪い黒目の小さい三白眼の十五歳くらいの男を探してもらいたいのじゃ! 何でも新ニナルティナ港湾都市におるらしいぞよ。あいつを捕まえたらいっぺん泣かして、反省したらまた遊んでやるのじゃ!!」
一転、抱悶はもともと赤いほっぺをもう少しだけ赤くして少女らしい笑顔になった。
「は、はぁ……」
ココナツヒメは話半分で聞き、一礼して玉座の間から下がった。
(目付きの悪い十五歳くらいの砂緒? あの砂緒の事か……)
ココナツヒメの後ろに控えていたクレウが、まおう抱悶から以外な名前が飛び出た事に驚く。今やクレウは完全に主夫兼ココナツヒメの情夫としての生活が板についていた。そんな彼にとって、ニナルティナでの生活は遠い過去の様な気になっていた。
ダンッ!!
「う~~~イライラする、ココナ、イライラするっ!!」
ココナツヒメが歩きながら突然壁を拳で殴りつけた。
「あんなガキに仕えるのも大変だな……」
「お黙りっわたしの御主人さまなのよ」
「申し訳ありません……」
(何でこんな女に謝らなければいけないのだ……)
「クレウ、貴方砂緒って知ってるのかしら~?」
ココナツヒメが白魚のような指でクレウの痩せて尖った顎をクイする。
「い、いいえそんな者知りません」
「ふぅーん?」
ココナツヒメが一瞬ふっと笑った様な顔をした。
「もうイライラしますわっ……こうなったらもう朝まで激しく抱き続けて頂戴、嫌かしら~?」
「い、いいえ……」
クレウはココナツヒメのシースルーのドレスを見て、うっとなって目が泳いだ。
「うふふ、早く早く……」
「は、はい」
(猫呼さま、フルエレさま申し訳ありません、こ、これも生きて行く為なのです)
クレウは確実にエキセントリックなココナツヒメに溺れ始めていた。
―少し前ユッマランド、王城クラッカ城。
「美魅ィ王女、回収部隊が帰還致しました!!」
「本当ですか? 今すぐ参ります」
ほとぼりが冷めるのを待ち、破壊された魔ローダー・バリオスから、美魅ィ王女の愛する侍女でありパートナーの璃凪の遺体を回収する為の部隊が、帰還したとの報告を受け王女は急いで部隊の元に走って行った。
「………………これ……は?」
美魅ィ王女の前の白い布が掛けられたテーブルの上には、いくつかの小さい白い小片と、焼けた毛髪的な物が数点置かれていた。
「夜陰に紛れ、少数の部隊で魔ローダーの残骸の中を必死に調べたので御座います。魔ローダー自体が爆発して炎上した為に……その、機械とご遺体との判別が難しく……なんとかご遺骨と毛髪を回収出来たのがこれに御座います」
説明を受けた王女は目を見開いたまま、信じられないという顔でしばし呆然とし続けた。
「璃凪は……幼い時からおしゃまで可愛くて……悪戯っぽくて……とってもとっても……ううっ……こんなの璃凪じゃない、璃凪じゃないわっ! これは璃凪じゃない!! 突出した私が悪いのよ、私が悪いの……ごめんなさい、ごめんなさい!! わぁーーーーー」
泣き叫びながら両手で頭を押さえ、混乱を始めた王女を数人の侍女達がなんとかなだめる。最近の王女はいつもこんな感じだったが、愛する璃凪の遺骨を見て混乱は頂点に達した。その後王女は長い時間眠り続けた。
しばらくして眠りから覚めた美魅ィ王女は、寝巻のまま着替える事も無く、夜魔法ランプをつけ、突然机に向かい手紙を書き始めた。
『……我が美しき同盟女王雪乃フルエレさま……そして私の愛おしい侍女璃凪は数本の髪と小さい数個の骨の破片となって帰って来たのです。私の落ち度である事は重々承知しております、しかし何卒女王陛下の御威光におすがりして、新ニナルティナとユッマランドの合同軍事演習を挙行して頂きたいのです……』
美魅ィ王女は一人机に向かい、寝食も忘れて何度も何度も推敲を繰り返して、同盟女王雪乃フルエレに対して合同軍事演習を催促する親書を書き続けた。
 




