姫乃ソラーレと貴城乃シューネと「たぶらかしの姫」
「どうなされました? もしや何か失礼がありましたか?」
「わたくしは……何と恐ろしい事をしようとしていたのでしょうか……自分が恥ずかしい」
「……どういう意味でしょう」
砂緒はどぎまぎしながら聞いた。
「わたくしは自分に課せられた役割も責任も全て放棄して、あさましくただ自分の幸せの為だけに走り、この街と国の全ての人々を裏切ろうとしてしまった。恥ずかしくて涙が止まらないのです」
砂緒は言葉に詰まった。
「フルエレは……確かに八割自分の幸せしか考えていない我がままレディーです。でもそれが駄目なんでしょうか? 私はそんなフルエレが大好きなんです。貴方にだって貴方の幸せを追求する権利があるはずです。それが決してあさましい事とは思いません」
姫乃は涙を拭いた。
「確かに……貴方の様に自由に生きて来たかに見える方からすると、わたくしの様な存在は自由の無い縛られた生き方に見えるかもしれませんね……けれどたとえ一人で生き死んでいく事になっても、わたくしはこの国とこの国の人々の安寧を祈りまつりごとに尽くします。それが私の生まれながらの使命であり決意でありプライドです。その事を思い出させてくれた、悪魔の誘惑をして下さった天使の貴方に感謝申し上げますわ」
砂緒は再び言葉に詰まった。
「私が天使な訳ないでしょうに。私は姿形がフルエレにそっくりというだけで貴方をさらい、やがて手籠めにすれば従順になり、そのまま自分好みのフルエレに仕立て上げようと画策していたのです。私の方こそ恐ろしい事をしでかす寸前でした。貴方は私程度の手に負える方では無いです。私は私のフルエレに振り向いてもらえる様に努力しましょう……私も貴方に感謝します……」
「やはりシューネでは無いのですね」
「ですね、シューネ殿は生きていますのでご安心を」
再び二人に沈黙が続いた。
「楽しかったですねとても。こんな楽しい日は久しぶり。また会えますか?」
「いえ、私と貴方はもう会わない方が良いでしょうお互い。これ以上会うと本気で好きになってしまいそうです。フルエレでは無くて姫乃さんにね」
「まあっ……」
「だからここから去ります。警備兵が走り回っています。保護を求めて下さい」
「そうですね……」
「と、しんみりさせて突然のキッス!!!」
「んんん!?」
砂緒は不意を突いて肩を抱き、いきなり姫乃の唇を奪った。
「こ、この無礼者おっ!!!」
姫乃はしばらくして砂緒を胸ドンして、目をつぶりながら思い切り掌をブンと振ったが空振りになった。
「あっ……どこに行ったのです!? この……本当に……無礼者」
(食べたばかりなのに……)
辺りを見てももはや男、砂緒の姿はどこにも無かった。姫乃は指先で自分の唇を触った。心臓が激しくドキドキしていた。
「お嬢様っ! お嬢様っ! ご無事ですか??」
どれ程の時間が経っただろうか、ぼーっと一人佇んでいた姫乃殿下の元に、女警備兵に肩を貸された貴城乃シューネがひょこひょこ歩きながら寄って来る。
「どうしたのですシューネ! 身体は大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですかはこちらの台詞です! 姫乃、姫殿下お怪我はありませんか? 賊は??」
接近して小声でもはや姫殿下と呼ぶシューネ。
「こちらの質問に先に答えなさい、シューネは体は大丈夫なのですか?」
「……はい、新手の気絶術を使用されただけ、この程度何でもありません。では姫殿下のお身体に……その……何か……された様な事はご無事なのですか」
姫乃は顔を斜めにして目を細めシューネを見つめた。
「お身体の方は何一つ大丈夫です。何もありません、紳士な物でした」
「紳士な!? やはり私にそっくりなあやかしの者でしたか?? 他に何か申しておりましたか?」
「そうですね、セブンリーフに帰ろう等と」
「セブンリーファ島に帰る……?」
人々の中、セレネはその様子をずっと見ていたが、くるりと背を向けてその場を去った。
「決して悪い扱いは受けておりません……何か正直過ぎる、悪人では無いのでしょう」
「いえ……油断はなりません、その様な者に心を許してはいけません。それはたぶらかしの者です」
「たぶらかしの者?」
「はい、セブンリーフには未開の人々がまだまだ住み、多くの男と交わる淫らな女酋が衆を惑わす妖しい術を使い、まつりごとを執り行うと言います。その様な者の中には他人そっくりに化けるあやかしの者、たぶらかしの者、たぶらかしの姫が居ると伝わります」
姫乃殿下はシューネのあまりの偏見に戸惑う。
「たぶらかしの姫? ………………シューネ、その様な物言い、決して許さないと家臣共に申し伝えたはずですよ」
「これは申し訳ありません」
シューネは恭しく頭を下げた。
(そっくりな顔の子供、今度会えば必ず斬る)
シューネは頭を下げながら固く決意した。




