トロッコ魔っ車、聖都ナノニルヴァ・ラプほにゃー
「おや……シューネは私より身長が高かったはず、何だか同じくらいに縮んでいませんか?」
トロッコ魔っ車を運転していた姫乃は、明るい車内で初めてシューネに化けた砂緒をまじまじと見て、外見上の異変に気付いた。
「ひ、姫さま忘れたのですか? 私は足が長く座高が低いのです。何もおかしな事はありません。そ、それよりも前を向かないと危ないでしょう」
「まあっ! 確かにシューネは足が長かったでしたわよね」
砂緒は街に出たらなるべく真横に並んではいけないと思った……
トロッコ魔っ車はやがて終点らしき行き止まりに到達して姫乃は運転を止めた。
「終点街の駅、街の駅~ご乗車ありがとうございました、お忘れ物ないようご注意ください」
砂緒は一度やってみたかった中〇家〇二の物真似ばりの通った声で、見事な車内アナウンスしつつ指差し確認をした。
「今のは、今のは何なのですか!? シューネどうしてしまったのですか??」
姫乃は真面目一辺倒と思っていたシューネの異様な行動に驚いて唖然とする。
「ハッ、い、今のは軍隊式の安全確認方法でして、姫さまはご存じ無いかもしれませんが……」
「あぁ、そうなのですね、シューネがおかしくなってしまったのかと一瞬背筋が寒くなりました」
「ハハハ、ご安心を……」
ガチャッギギギーーー
トロッコ魔っ車から降りた二人は地下道を進み、階段を上ると突然繁華街の脇道に隠されたドアに出た。ひゅごーっと開けたドアから新鮮な空気が入り込む。
「凄い……昔のままですねシューネ」
「そうですね、全く昔のままです」
二人は魔法ネオンが煌めく夜の街に突入した。もはや夜の十二時を過ぎてはいたがまだまだ街は動いていた。ナノニルヴァの繁華街には巨大な手足が動く蟹の看板やふぐの提灯、走れメロスの一場面を描いた様な巨大な魔法で光る看板、大きな緑色の龍が絡みついた麺料理屋など、ド派手なオブジェを掲げた店が多かった。
「シューネあれを見て下さい、何故か眉毛を激しく動かした魔法自動人形が太鼓を叩き続けています」
「本当ですね、きっとあれは宗教的な儀式の舞踊の可能性が高いですね」
実は砂緒にとってもこんな風に宵の街をそぞろ歩くのは、以前にセレネとニナルティナ親孝行通りを歩いて以来だったので単純に新鮮で楽しかった。すれ違うこの人もあの人も、どこへ行くのか楽しそうに見えた。
「そうだ、姫さま映画をみましょうか」
「エイガって何です? でもきっときっとこの広い天下にはこんな商店街を越える、もっと派手な商店街がいくらでもあるのでしょうね……」
「いや、多分派手さという点ではここがマックスかと……」
「え!? そうなのですか……私は生まれながらにしてマックスな商店街を知っていたのですね、運が良いのでしょうか……」
「あ、でももちろん天下の各地には各地それぞれの特色があるはずです。まだ見ぬ地へ一緒に参りましょう姫」
「……そ、そうですね……」
姫乃の顔が一瞬曇り、姫の地元の此処が派手さマックスだ等と軽はずみを言ってしまった事を後悔する。姫をスムーズに連れ出す為には、まだ見ぬ地への期待を掻き立てた方が良いに決まっている。
「……あの、姫……」
「ハッ!! なんて事でしょう……」
「どうしました!? 何かありましたか姫?」
「わたくしとした事が、殿方と歩くのに三歩下がって歩くのを忘れておりました。シューネ、どうぞ三歩先を歩きなさい」
砂緒は戸惑った。強引なのか奥ゆかしいのか良く分からないのはフルエレと似ていた。
「姫さま、お手を。三歩下がって歩かれたら楽しくありません」
「まあっ……では。でもシューネは二人きりの時はいつも姫乃と呼んでくれてましたね……」
「あっそうでしたね! 姫乃ではお手を……」
「はい……」
二人は手を繋いで仲良く歩いた。砂緒は浮かれて身長差の事はもう忘れていた。
「シューネ、この様な事を女性の身で言うのは大変恥ずかしいのですが、私も何か食べてみたいです……」
「………………」
(しまった……!)
ニナルティナの通貨しか持っていなかった砂緒の額に冷や汗が流れる。まさか猫呼の様に店頭で金の粒を渡す訳にもいくまい。
「……これそこなご主人殿、どうぞわたくし共にその蛸の入った丸い食べ物を、二食分提供して頂きとう御座います」
焦る砂緒を後目に姫乃は腰のかばんから小銭を取り出して早速丸い食べ物を買った。
「シューネ、どうでしたか? 私の買い物術、理にかなっておりましたでしょうか? 市井で暮らして行くにはこれくらいの芸当をこなさないといけないのです」
「おお、さすが姫乃、私の脳裏にたくましく生きていける姿が浮かびました」
「ふふふ、私とて色々な情報は仕入れているのですよ」
「はいよ、美人のお姉ちゃん! みんな大好き我らがお姫さま激奨の丸い食べ物だよ!」
「………………」
「お姉ちゃんどうしたい?」
お店のおじさんの言葉で突然固まった姫乃の代わりに砂緒が慌てて受け取る。
「ああ、おじさん有難う。早速頂くよ。行きましょう」
「は、はい」
砂緒がふと周囲を見ると、警備兵が慌ただしく走り回っている事に気付いた。もはや姫が失踪し、重臣貴城乃シューネが縛られていた事が発覚したのかもしれない。二人は目立たない場所で座って丸い食べ物を食べ始めた。砂緒は早くセレネと合流し魔輪で旧聖都に帰らなければいけないと思った。しかしこの状況をどの様にセレネに説明すれば良いのだろうか?
「想像してたのよりも凄くおいひいでふねひゅめの、あしゅいでふ」
「………………」
突然姫乃の動きが止まり、慌てて砂緒は口に入れた分を大急ぎで飲み込む。とても熱い……
「ううっうっ……」
姫乃は突然両手で顔を覆い、ポロポロ涙を流し、しくしくと泣き出した。砂緒は今日何度目かというくらいに血の気が引く。




