猫呼の二番目の兄、猫弐矢(ねこにゃ)
「いきなり神聖連邦帝国の領空を飛ぶのは避けたい。という訳で北の沿岸部を飛ぶ事にする」
「びびってますな」
「びびってねーよ」
「は、はい……ちゃんと迷わない様に地図を見ています。北側の沿岸にちょこっと飛び出ている変な形の場所があるので、そこが元クラウディア王国です。迷う事はありませんよ!」
下の操縦席で伽耶クリソベリルが地図を見てナビゲートしている。
「ただ……クラウディアで政変があって神聖連邦帝国の支配下に入ったという事であれば、都の場所が変わっているかもしれません」
「じゃあ蛇輪を隠して魔輪で都に行こうか」
「おやあ、今まで何処でも蛇輪で舞い降りていたのに、えらくびびってますな」
「びびってねーわ。文明国家として礼儀を守っているだけだわ」
「へェー」
「まあ私もセレネさまと同じで慎重にするべきだと思います……」
「ほい、二対一で決定な」
そうした訳で、東の地の北側を一直線に飛んでいた蛇輪は、クラウディアの辺りで南下を始め、沿岸部に近付くと、超低空飛行で誰にも目撃されない様に慎重に海岸に着陸した。
「誰も居ないよな!?」
「だからびびり過ぎですって」
人型に変形した蛇輪でキョロキョロ周囲を見ると、びくびくしながら四つん這いで進み適当な防風林の中でしゃがむと、始動鍵の宝石をしっかり取ってハッチを閉じ、コンテナの中から魔輪を取り出した。
「じゃ、私は魔輪の荷台をしっかり掴むのでご安心を。クリソベリルはサイドカーに乗り込んで下さい」
「腰に手を回しゃいいじゃん。揉むとか言ってたじゃん!」
「いや、結構。後ろの荷台を握っておきますゆえ」
「あんた達、あの飛ぶ乗り物に乗って来たのかね?」
気が付くと、猫耳を付けた人の良さそうな漁師さんに話し掛けられていた。
「ひぃいいいいいいいい、み見られた!? こ、こここいつ、やるか!? やってしまうか??」
「慌て過ぎですよセレネ。いきなり漁師さんやっちゃったら駄目でしょう」
「お爺さん私達は怪しい物では御座いません。旅の者です」
クリソベリルが丁寧に挨拶した。
「ほうほう、そうなのかね? それで猫耳が付いてない。それはご苦労な事だ」
「ほらほら、話せば分かるのですよ。いきなりやっちゃったら駄目でしょう」
「私達はクラウディアの都に行きたいのですが、どう行けば良いでしょうか?」
「あんた達は運が良いね。今神聖連邦帝国の連中が里帰りしてて兵が居ない。都ならこのまま北に行けば、何も無い更地があるから、そこで日がな一日本を読んでいる人に聞いてごらんなさい」
「なぁーーーんだ、神聖連邦帝国居ないのか! ひゃははははは、んでは恐るるに足らずじゃ!」
「はぁ、セレネのそんな卑屈な場面見たくなかったです……何をそんなにチキっているのでしょう」
「チキンじゃねー、チキってねーわ。はぁ神聖連邦帝国? ぼっこぼこにしてやんよ!」
「だからどんどん雑魚っぽい台詞が溢れかえってますって……やめなさい」
「ではお爺さん有難う御座います。今から向かってみますね、機械に子供がイタズラしない様に言っておいて下さいな」
「おうおう、行ってらっしゃい!」
クリソベリルが丁寧にお礼を言うと、猫耳を付けたお爺さんも手を振ってくれた。
「しっかし街の中、本当に猫耳だらけですな」
「ほんとだ、これじゃあ猫耳付けてない方が羞恥プレイだわ」
(しゅ、羞恥プレイ!?)
伽耶クリソベリルは二人の会話について行けなかった。
「お二人は本当に仲が良いのですね、凄く羨ましい……終始この様な雰囲気なのですか?」
「ええ、そうです。良い事に気付きましたな。二人は終始寝食を共にし、最近ではお風呂で洗いっこまでする始末ですから」
「ええ!? あああ、洗いっこ!?」
クリソベリルが赤面した顔を両手で覆う。
「嘘つくな! 口だけエセエロ男爵の意気地なし野郎が……」
(でも仲が良いのは羨ましいです……)
しばらく街中を好奇の目に晒されながら北に向かって走っていると、本当に何も無い一角に辿り着いた。
「本当に何も無いですねー。ニュータウン造成地でしょうか?」
「誰だよ、にゅう太運って」
何も無い一角を慎重に進むと、本当にビーチチェアに寝転びながら本を読んでいる人間が居た。真横には本が山積みされている。
「おいお前話し掛けてこい! 私は人見知りだからな」
「セレネ……何だか人見知りだと言って、私に嫌な事押し付けてませんか?」
「セレネさま人見知りには全然見えません……」
砂緒はセレネに命令されるままビーチチェアの男に話し掛ける。砂緒がこの様に度々セレネの命令を聞くのは、砂緒なりにいつも魔ローダーを運転してくれるセレネへの感謝の念からだった。
「もし、そこの君、お尋ねしたき事がござる! 拙者旅の者にて、クラウディアの都はどこにあるのかな?」
本に集中していたのか、しばらくしてゆっくりと男が砂緒に向いた。男は二十代くらいの若い眼鏡を掛けたイケメンの優男だった。
「お、イケメン」
「あ、かっこいい……」
セレネとクリソベリルが同時に言葉を発して顔を見合わせる。
「はぁ? クラウディアの都ですか?」
「……突然で悪いが眼鏡を外してくれぬか?」
「は、はあ? こうですか……」
若い男は何が何だか分からないという感じだが眼鏡を外した。
「貴様スピナ! どうして貴様が此処に居る! 行方不明では無かったのか!?」
「ちょちょっとスピナさんって誰なんだい? 僕はスピナじゃないよ、猫弐矢という者さっ!」
砂緒はいきなり若者の胸ぐらを掴む。若者は訳も分からず両手を挙げて、抵抗をする素振りも見せない。
「僕は荒事は苦手なんだよ! 話し合いでなんとかしようよ……」
「なんだぁなよなよして、お前そんな感じだったか?」
思わず言葉が乱暴になる砂緒。
「砂緒さまやめて下さい! その方困惑して嫌がっているでしょっ!!」
いきなり現れた伽耶クリソベリルが砂緒の肩をドンして、砂緒は突き飛ばされる。
「伽耶何を!?」
「有難う……君は?」
「私は伽耶クリソベリルという者です。仲間の者が失礼を働いて申し訳ありません」
伽耶は深々と頭を下げた。
「ううん、いいんだよ! 猫耳を付けていない……珍しい旅の方々なんだね? 僕は猫弐矢、一応このクラウディアの代表者だよ」
「ええ!?」
「マジかよ」
「スピナじゃないのですか?」
「助けてくれてありがとう伽耶ちゃん!」
眼鏡を掛け直した猫弐矢はにこっと笑った。途端に伽耶クリソベリルは赤面した。
「いいえ、別に……砂緒さんはおかしな言行があるみたいだけど、悪い人では無いのです。許して上げて下さい」
「許して上げて下さいだとよ」
「何故そんないきなり不審人物認定されなければいけないのでしょうか?」
「自業自得だろが」
「拙者旅の者にて砂緒と申す。この者はパートナーのセレネ。で、猫弐矢殿、貴方は国の代表者という事らしいが、クラウディアの都は何処で、貴方は何をしているのかな?」
気を取り直して自己紹介をする砂緒。
「どうもこんにちはいらっしゃい砂緒さん! 僕はこの国の代表者の猫弐矢だよ……けれど本当の国の代表者は猫名兄さんなんだ。ここで何をしているかと言えば、行方不明の兄の帰国をずっと待っている。帰って来た兄さんに国を返したいんだ」
「ほほう? で、都は何処に?」
「ここが新クラウディアの都さ!」
「……何も無いですが」
セレネが左右をキョロキョロする。
「ははは、そうなんだよ。此処は元々何も無い場所だったのを、神聖連邦帝国の皆さんがクラウディアを支配下に収めた記念に、此処に新都を建設すると言い出して。此処には都の中心となるべき新しい神殿が建つ予定なんだけど、なかなか工事が始まらなくてね。それで日がな一日本を読んでいるのさ。でも元々本が大好きだから全然苦にならないんだよ」
猫弐矢はくすくすと笑った。
「わた、私も本が大好きですっ!」
「おや、趣味が合っちゃったね」
猫弐矢がクリソベリルに向けてにっこり笑うと、再び伽耶は激しく赤面した。砂緒が小声でセレネに耳打ちする。
「これは……伽耶はこの優男にホの字ですな? 私の膨大な経験で直ぐに判りました」
「膨大な経験とか笑わせるなよ。お前あたしと喫茶店に行っただけで、喜んではしゃいでたろーが」
「は? こんな事初めて……とか言って涙流してたのはセレネでしょ」
「それ多分フルエレさんの想い出と混じってるだろ……」
「して、どうして兄とやらは失踪したのですか?」
(失踪した兄って猫呼の探している兄ですか? 名前は猫名兄さん??)
「それは……兄はとんでもひねくれ者で……たまたま僕が兄の留守で居ない間に、ちょっと勝手に神聖連邦帝国に降伏する事を決めたら、何故か兄が激怒してしまって命を狙って来たり挙句に失踪……何故だろう……兄はとにかくひねくれ者で」
「いや、普通に留守中に勝手に降伏しちゃったら怒るでしょ……詳しく聞かせて下され」
砂緒はじっくり聞く為に空き地に座り込んだ。
 




