璃凪の身体……
そのままフルエレはフラフラと夢遊病者の様に此処がどこかも判らないという感じで、身体が自動で動く様に無意識で一人で路面念車に乗り、喫茶猫呼まで戻って来た。
「あ、おかえりなさいませフルエレさん!」
「おかえりフルエレ心配したぜ!」
セレネの代わりにすっかりバイトとして馴染んで来たイライザと、バイトでは無いが警護者という名目で店に入り浸っているシャルがフルエレを出迎える。
「……ただいま」
本来なら魔法エレベーターで自室に直行すれば良いのだが、この喫茶猫呼のメンバーはこの店を自宅と同じ様に扱い、朝食から夕食までイェラの作る料理を食べているので、ここに戻ってくるのが通常だった。
「……今日は夕食要らない、もう自室に戻るから」
「どうした元気が無いぞ! 何かあったのなら話せ!!」
出て来たエプロン姿のイェラがフルエレの血の気の引いた表情を見て心配するが、剣の力で生きて来た真面目なイェラに言うとどんな反応が返ってくるのか分からないので、イェラには工作の事は一切話していなかった。
「来いよフルエレ」
「ちょっと……」
シャルはフルエレの腕を引いて無理やり密談ルームに連れて行った。
「わーーーーーー、アルベルトさんに嫌われた。話しかけても無視されたーー、これからどうして良いかわからない、わーーーーーー」
部屋に連れ込まれるなりフルエレは大声で泣き始めた。
「そんなの一時の事さ、アルベルトさんも何かクールダウンしたくて、少し距離を取っただけ、そんな事いちいち気にしてたらやってられないよ!」
「そう? 本当にそうかな? 嫌われてない??」
「フルエレを嫌いになる男なんていないさ! 明日か明後日にはアルベルトさんとも仲直りするさ!」
「そ、そうかな、わーーーーー」
励まされてフルエレはシャルにがばっと抱き着いて泣いた。初めて全身でハグされて、フルエレは深刻な状態なのに、シャルはフルエレの柔らかい胸や身体の感触を感じて胸が高鳴った。シャルは励ますふりをして、頭を猫の様にフルエレの身体になすり付けたが、以前の様に叱られる事は無かった。役得だった。
「安心しなよ、俺が付いているからさ……」
(絶対に……いつかフルエレは俺の物にしてやる……フルエレいい匂い……)
―数日後、ユッマランド王城、王女美魅ィの寝室。
「美魅ィさま、もう魔ローダーの自主訓練の時間ですわよ……あっ」
「うふふ、そんな事言って、こんなにして、いやらしい子ね……」
「やだっ……恥ずかしい……」
「もうヤケだわ、訓練なんてどうでも良いのよ、ニナルティナとの合同演習がパアになったし……どうしちゃったのかしらね……」
「きっと出来たばかりの国で、あっ……色々ありますのよ……うっ……だめっ」
美魅ィと璃凪は時間があればいつ何時でも常に裸で愛し合っていた。
「璃凪の身体は私専用なのよ……うふふ、観念なさい……」
「あっ強くしないで……ほ、本当に美魅ィさま専用かしら……ね、うふふ」
「どういう事なの!? お言いなさい!!」
「私にも……秘密の一つくらいありますわ……はぁはぁ……」
「やめたっ! やっぱり魔呂自主練行くわよ!! 三分で用意なさい!!」
「ええ!? 怒ったのですか?? 美魅ィさま?? 嫉妬すれば二人はさらに燃え上がると思ったのですのよ……美魅ィさまっ!!」
むすっとして美魅ィ王女は部屋を飛び出て衣装部屋に向かって行った。璃凪は余計な事を言ってしまったと後悔して、かなり慌てて着替えに走った。
修理なった魔ローダーザンザスに美魅ィ王女が、同じくバリオスに璃凪が搭乗していた。二機はユッマランド西の国境付近をガシガシ歩いている。
「あーーなんだか腹が立つわーーー一体誰と何があったの??」
「え……もう良いじゃないですかー」
王女がここまで嫉妬深いとは思わなかった。
「駄目、誰と何があったの?」
「……じ、実は砂緒さまに誘惑されて……大切なお客様だし……断り切れずに……つい」
「よりによってあの、銀髪三白眼と!? 不気味だわ……私の璃凪の身体をあんなのに蹂躙されただなんて、汚らわしい……罰としてそして汚染を除去する為に、後で激しく恥ずかしい事をして差し上げますわ」
(来たー!!)
砂緒は濡れ衣だった。誘惑したのは侍女の璃凪の方だった……
「昔は国境を越えた空白地帯で好きにピクニックしてたのに……もう良いわ、今日は線を越えましょう!」
「駄目です!! 王様からも禁止されています! 線より向こうはメドース・リガリァが領土と宣言しています!!」
「なんで勝手に奴らが一方的に言った事を守らなきゃいけないのよ! ちょっと入るだけよ大丈夫ですわっ!!」
剣を持った王女の魔ローダーザンザスがずかずかと国境線を越えた。慌てて侍女璃凪の魔ローダーバリオスも後を追う。二機は少し侵入した所で模擬戦を始めた。
―まおう軍北、ココナツヒメ領ココナツヒメ館。ココナツヒメ領は、まおう軍を守る様にまおう軍炎の国の北に位置していた。水晶球に囲まれた魔法レーダー室。まおう抱悶の家臣とひと悶着あったココナツヒメはクレウを放置して、久しぶりに自国に戻りこの部屋に居た。
ピーーーーー!!
突然鳴り出す警告音。
「なんだい?」
「魔法レーダーに感あり! メドース・リガリァ領東部に侵入者です!」
「侵攻かい? 部隊の規模は?」
「いえ、随伴する部隊の無い魔ローダー二機、訓練でもしている様です!!」
「停戦を無視して馬鹿なの? 舐めた態度をして……丁度良いわ! 私のル・ワンの餌にして差しあげましょう」
ココナツヒメはルンルン気分で修理が終わり、ピカピカに戻ったル・ワンの操縦席に乗り込んだ。
カシーン、カキーーーン
二人の二機の魔ローダーは、剣で激しく模擬戦をしている。
「美魅ィさまっこんな訓練してたら壊れちゃいます!」
「璃凪はいつも壊れちゃう壊れちゃう言い過ぎよ、いやらしいわ」
「もうっ! どっちがですかっ!」
シュッ!!
二人が会話しながら訓練をしている真正面に、見覚えのある半透明の装甲を持つ魔ローダーが、何の脈絡も無く突然現れる。
「ああっ!」
「こいつは!!」
二人はセレネが瀕死になった事件の復讐を、いつかしたいと思っていた当の相手が突然目の前に現れて驚く。
「落ち着くのよ! こいつは見掛け倒し弱いの!! それに結界くんNEOもある!」
「え、は、はい……」
(どうしよう……慌てて結界くんNEOを忘れた……)
「行きますわよ! 瞬間移動短!!」
バチバチ! バシッ!!!
突然瞬間移動で消えたル・ワンが、王女のザンザスに剣が届かないギリギリの距離で出現して、何かに弾かれる様に地面に叩き付けられる。
「何ですのこれは!? 結界ですの?? 小癪な真似を……」
「ほら! セレネ王女凄いですわ!! 結界くんNEOの効果は抜群です! 二体一であいつをなぶり殺しにしますわよ!!」
ザンザスとバリオスはル・ワンを挟む様にゆっくりと間合いを詰める。
「でしたらもう一体の方!」
間に挟み込もうとしていたル・ワンがシュッと消える。
「無駄よ! 私達の剣の届く範囲には出現出来ないのよ!!」
シュッ!!
突然璃凪の魔ローダーバリオスの真後ろに、瞬間移動したル・ワンが出現した。
「どうして!?」
「くっ」
驚愕する美魅ィ王女。全力で逃げ出そうとする璃凪のバリオス。
「出来るじゃない!! 今日は遊ばない!!」
ザシュッ!!
神殿の島での戦いでは余裕を見せすぎて失敗したココナツヒメは、瞬間移動で後ろに出現した直後に躊躇無く、バリオスの背中から操縦席の辺りに透明な巨大な剣を突き刺した。
「え?」
「ぐああああああああああ」
巨大な半透明の剣は璃凪の胴体の腹部まで切り裂いて、魔ローダーを貫いた。ココナツヒメは歪んだ笑顔を浮かべながら、巨大な剣をぐりんと回転させた。
「……美魅ィま……愛し……逃げ」
ドゴーーーーーーーーン!!
魔ローダーバリオスは激しい爆発を起こし、操縦者の侍女璃凪の身体ごと爆炎の中に四散した。
「あはははははははははは、いい気味ですわ!」
「璃凪ぁあああああああああ!!! おのれーーーーーー!!」
美魅ィは目の前の出来事が信じられず、怒り狂って猛烈に剣で打撃を繰り返した。
ガシンガシンガシン
色々な角度から激しく何発も剣を振り下ろすが、ココナツヒメのル・ワンに全て避けられるか、剣で弾かれる。瞬間移動が使えなくとも、剣技だけでココナツヒメの方が技量が圧倒していた。前回島に出現した時に弱く見えたのは、ココナツヒメ自身が手を抜いていたのと、最強ランクのセレネと複数とを相手にしていたからだった。
バシーーーーン!!
「ぎゃーーーーーーーーー!!」
いとも簡単にザンザスの片腕を斬られる王女。操縦席の中ですさまじい形相で涙を流しながら片腕を押さえる。
「ほらもう一本ですわ!!」
よろけるザンザスの残りの腕も簡単に切り落とされてしまった。
「ぐううううううう、い痛いいいいいっ!! ごめんなさいリナッ!! 今は仇は取れない!! クソおおおおおおおおおおおおおお!!」
美魅ィは血の涙を流しながら、背中を向け歯ぎしりをしながら急いで領内に走って戻った。ココナツヒメは気が済んだのか、抱悶の家臣として両国の停戦を律儀に守っているのか、逃げるザンザスを追う事は無かった。
「ふん、命拾いしましたわね、ほほほ」
壊れたザンザスを見て城内は大騒ぎとなり、多くの家臣が尋常な状態で無い王女美魅ィを呼び止める中、声を無視して涙を流しながら王女は先程まで二人が愛し合っていた寝室に走った。
「あそこに行けば……リナが居る……き、きっとあそこにリナは戻っているのよ……」
半狂乱で王女は寝室に入った。くしゃくしゃのシーツの上に二人の衣装が散らばったベッドには誰も居なかった。
「あっ……」
王女がベッドを良く見ると、クシャクシャのシーツの間に璃凪の結界くんNEOが落ちていた。
「私が……急かしたから……私が……わぁああああああああああああああああ」
王女はベッドに突っ伏して泣き続けた。王女の頭の中に璃凪の悪戯っぽい笑顔や柔らかな身体が浮かんで消えなかった。




