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雪乃フルエレの涙

 シャルは夜になると再び一人でライスの館へ忍び込み、警備兵に見つかって追われる等の危うい場面は全く無く、盗み出したライス名義の印章を、ギルティハンドの能力で元あった鍵付きの小箱に戻した。


「ふふ、これでフルエレにまた褒められる……」


 シャルは意気揚々とビルに戻った。



 ―その次の日、新ニナルティナ港湾都市政庁内の一室。


「どうしたんだいフルエレ君? 僕ら処か重臣連中まで緊急招集して、これはただ事じゃない、もう女王陛下が戦争をする決断をしたんだって、皆大騒ぎだよ」


 緊張するレナードの横で、同じく多少冷や汗気味のアルベルトが既に同盟女王のドレスに着替え、ヴェール付きの頭の被り物だけ脱いだ状態のフルエレの顔を心配そうに覗き込む。


「あっきれたぁ……そんな都合の良い心配してる人達までいるのね? 私がそんな事決断する訳無いじゃない! でも期待してて、面白い物が見れるわよ、ふふふ」


 緊張もしているが、それ以上にこれから悪事を働く事で異様な興奮状態のフルエレだった。アルベルトはそんなフルエレを多少怪訝な顔をして心配する。


「どうしたんだい? なんだかいつものフルエレくんじゃ無いみたいだよ、無理しないで」

「大丈夫ですから、安心して下さい!」


 興奮気味にうっすら汗を滲ませながら強気な顔をするフルエレを見て、ますます心配になるアルベルトだった。



 ―緊急招集された第X-3回女王臨席重臣会議が開かれた。会場内は突然の招集にざわついている。


「一体何事ですかな? 急に重臣達を集めて、合同軍事演習の決断ですかな?」

(……まだ言ってるのね……)


 フルエレはヴェールの奥からライスを睨んだ。


「あー皆の者静まれ、同盟女王陛下から特別な報告があるらしいぞ。心して聞け」


 レナード公が何時もの様に、力が抜けたというか、やる気が無いというかあっさりした口調で皆に告げた。


「重臣の皆、急な招集にも関わらずご苦労であった、礼を言う。これから大事な報告がある」


 いつもはただレナードやアルベルトの話を横で聞いているだけの女王が、急に自主性を発揮してしゃべり出し、皆に緊張が走った。しかし緊張して喉がカラカラなのはフルエレの方だった。


「ふぅ……じ、実は同盟女王に即位以来、内々に配下の冒険者ギルドの者共に過去の国内の軍事関連での不正や過失が無いか調査させていた」


 もう冒険者ギルドの者共にと言葉が出ただけで、不正蓄財や女性問題で脅されている重臣達の顔色が変わり、空気が張り詰める。しかし今日はそうしたちゃんとした不正者は関係が無い。


「……そ、そこで……恐ろしい事実が発覚した。なんとそこに居座るライスが、この新ニナルティナ港湾都市に、前ニナルティナ王朝がドラゴン五十匹を放ち、住民を虐殺した事件について率先して立案、実行したという証拠の文書が発見されたのだ」

「何っ! そんな馬鹿な!」


 おおおーという皆からの地響きの様な小さな低いどよめきと同時に、ライス氏が血相を変えて立ち上がる。レナードとアルベルトは絶句して固まっている。


「ここに、その文書がある。確かにライス名義の印章が押印してあり、重ねて光りに照らしても、他の公式文書で使用されている印章と寸分たがわず一致する事が分かった。そんな彼が率先して主張する合同軍事演習、このまま進めて良い物とは思えず、一旦保留としたいと思う」

「馬鹿な……」


 ライスにしてみれば、前根名(ねな)ニナルティナ王が自暴自棄になり、政治を放り出した辺りから見限り、言葉は悪いが遁走した後の出来事であり、彼は全く関与する余地は無かった。自分を愛さない住民を一方的に憎み、ドラゴン五十匹を放つ行為に走ったのは王自身であり、それを手助けしたのは三毛猫仮面だった。


「皆に見せて廻ろう」


 近習の者が、がばっと開いた書類を仰々しく見せて廻る。ご丁寧にも他の書類でライスが印章を使用した例を横に持っていたので、それが本物だと誰しも思った。フルエレはヴェールの下で、七華も軽く飛び越える程の意地悪な歪んだ微笑を浮かべ、唇を歪ませていた。


「これは……言い逃れ出来ませんな」

「まさか謹厳実直なライス殿があんな無茶な命令を立案したとは?」

「いやいや、どんな野望があったのか分かりませんぞ」


 皆が口々にひそひそ言い合った。その瞬間、レナードと当のライス自身も、あからさまな女王が仕掛けた陰謀だと気付いた。レナードは頭を抱え、アルベルトは頭にもたげる一つの想像を必死に否定した。彼の感覚でもライスがそんな事をする人物とは到底思えなかった。ライスが合同軍事演習に固執するのも、一重に新ニナルティナとその国民の安全を考えているからだろうと思った。

 しかし当のライス自身はここで下手に抵抗するのは無駄だと悟った。


「思い出しました……前ニナルティナ滅亡前夜の頃、多忙な私はかつての軍の部下にせがまれ、私の印章を貸し出した事がありました。大変な時期で兵や武器の運用にいちいち許可を与える事は酷だと思い、貸し出した物ですが、まさかその様な恐ろしい事に利用されていたとは……」

「なっ? 何を……今更言い訳をするのはおよしなさい!」


 フルエレは言葉を失った。てっきり偽の文書を見せれば慌てまくり血相を変えて否定し、それが余計に皆の不信感を大きくすると予想していたのに、ライスは恐ろしく冷静だったし、今ライスがぱっと口から言った出まかせを、多くの者が一瞬で信じている様子だった。それ程前王朝の最後は乱れていた。今度は逆にフルエレがアドリブが効かないあたふたする状態に陥った。その様子を見てアルベルトが発言の許可を求めた。


「あ、アルベルトさ、殿、どうぞ」

「私の過去の経験や彼の普段の態度からして、本当に貸した印章が悪事に使用された物だと私も思う」

「え……?」

「それに彼の過去の経歴がどうあれ、現在進めている合同軍事演習の話、それまでにケチを付けるのは筋違いだ。過去の個人の経歴と現在の我が国を取り巻く状況は比べる事が出来ない。よってこれまでの話どうり、やはり合同軍事演習を進め、それには私が指揮を執りたい」


 おおおーーと再び低いどよめきが走る。


「……何故?」


 フルエレはこの時点でヴェールの下で半泣き状態だった。アルベルトとしては、仮に仮に考えたくは無いが、大好きな天使の様なフルエレくんが、ライス氏を陥れる為に安い陰謀を働いたなら、ここで自分が合同軍事演習に行く事が、彼女の罪を帳消しにする事だと思ったからこその発言だったが、フルエレには理解出来なかった。


「……はは、どうだろお二人さん、ここは一旦閉会にしてみては?」


 フルエレは成り行きを無視して突然立ち上がった。


「静かに。それぞれ各人の意見が出そろった所で、同盟女王である私の裁可を下したいと思います」

「フルエレくん?」


 フルエレは慌てるアルベルトを無視した。


「まず、この印章が本物かどうか、後日公開の場で捜査を行います。そしてもし本当に同じ印章が発見された場合、貴方を有罪とし、現在の重臣会議出席の任を解き謹慎とします。しかしこれまでの多大な功績を鑑み、特に刑罰を与える事は無く、一族でハルカ城留守居役の任を与えます。その上で貴方が進める合同軍事演習の計画は一旦白紙とします」


 会議場内はシーンとした。


「捜査の必要はありません。その印はまさしく私の物。他人に貸し与えた不注意、本来ならば厳罰に処されても致し方無い所、ハルカ城留守居役という寛大なご処置を与えられた事は、感謝の言葉も御座いません。今後もハルカ城留守居役、一身をとして勤め上げとう御座います」


 当のライスが直立不動でずっとヴェールの奥の、フルエレの目一点を見つめてスラスラと言い終わった。全く悪びれる事無く見事な態度だった。


「フルエレくん、こんな事はだめだ!」


 アルベルトが耳元で必死に説得した。


「……私は、お飾りの女王なのでしょうか?」

「いや……」

「では私の決定に従って頂く。合同軍事演習は白紙とします」

「………………」


 フルエレはヴェール越しでもアルベルトの顔を見るのが怖くて、真っすぐ前を見ながら言った。


(これでいいの……い、一瞬アルベルトさんに怒られても……居なくなるより良いもの……きっと)


「ん、ではこれで閉会とするかな、女王陛下よろしいか?」

「はい……今日は皆の者ご苦労でした……」


 なんだか異様な重苦しい空気に包まれ、緊急招集の重臣会議は閉会した。



 同盟女王の仰々しいドレス姿から、いつもの街娘スタイルに戻ったフルエレが、やきもきしながらアルベルトの控室の前で待っている。いつも彼がここから出て来ると、アルベルトは満面の笑みでフルエレを迎え入れた。今日も色々あったが同じ様にしてくる……と思っていた。しばらくするとアルベルトが出て来る。重い足取りだ。


「あ、アルベルトさん! ご苦労様です!!」

「………………」


 いつもならとても元気な笑顔で、嬉しそうな顔で再会を果たすのだが……初めて無言だった。


「あ、アルベルトさん……一緒に帰りましょう……もう今日のお役は終わりですか?」

「………………いや、今日は一緒に帰れない」

「え」


 アルベルトは目を合わせようとしない。こんな事は出会って以来初めてであった。


「あ、アルベルトさ」

「……フルエレく、いや女王陛下、今日は色々な仕事がまだ残っている上に、ライス殿に励ましの言葉も掛けたい。別々に帰りましょう。陛下、どうぞ大事な御身です、警備を付けて下さい。では」

「……あ」


 フルエレは頭が真っ白になり言葉が何も出ず、景色がぐるぐる回った。フルエレは頭がぐるぐる回ったままスタスタと歩き出すアルベルトを見送り、一人でとぼとぼ退場ゲートをくぐる。


「ご苦労さん! お嬢ちゃん今日は一人かい?」

「…………ひゃい」


 なんとか返事をしてゲートを出た直後、フルエレは歩行が困難な程涙が溢れて嗚咽し始めていた。

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