ココナツヒメとクレウ、 禍福は糾える縄の如し
「ん~~~~~~、良い朝……ほら貴方も起きなさい」
「は、はぃ……おはようございます……」
クリアー素材の雑貨や家具が並ぶ寒々とした部屋のベッドで、全裸の美女ココナツヒメが起き上がり背伸びをする。大きさの割に形が整い、全く下を向いていない胸が突き出される。その裸体をじっと無言で見つめながら、同じく全裸のクレウがシーツにくるまれた状態で、ゆっくりと上半身を起き上げた。
「私は早速お城の魔ローダー駐機場に行きますから、貴方はお部屋の掃除に夕食の用意にと家事お願いね」
「はい、いってらっしゃいませご主人様……」
「ご主人様じゃないですわ~~~、姫様でしょうに!」
「申し訳ありません、姫様いってらっしゃいませ……」
「ん~~~~~~~」
ココナツヒメは目を閉じると唇を突き出す。クレウは目を細めて逡巡したが、仕方が無く一瞬キスをした。
「うふふ」
(猫呼さま、フルエレさま申し訳ありません……これも生きて帰る為です……仕方が無いのです)
そう思いながら、クレウは全裸のココナツヒメの後ろ姿の彫像の様なお尻を凝視し、シースルーのドレスを着て行く様も無言で見ている。とても均整の取れた見事なスタイルだった。最後に笑顔で手を振り、ドアを閉めて出て行くココナツヒメを無言で一礼して見送る。まおう抱悶が姿を消して以来、クレウはココナツヒメに捕まり情夫の様な状態にされていた。
―まおう城、魔ローダー修理工場。色とりどりの巨大な魔ローダーが並んでいる。その中でひと際目立つ半透明な水色の装甲を持つ魔ローダー、ル・ワンがピカピカの新品の様な状態で、修理を終え復活して立っている。
「ああ素晴らしいですわっ! こんなに早く修理が終わるなんて、技術者の皆さんにキスして廻りたいですわっ!! うふふふふふふ」
「お褒め頂き有難う御座います」
技術者達は頭を下げた。
「ふーーーーーー、それにしてもニナルティナの連中むかつきますわっ! この偉大な王永嶋フィロソフィー様より受け継しル・ワンをボロボロにされた恨み……絶対に忘れず許しませんわ。そうだ、ここにある魔ローダー十機程借りて行きますわよ!」
言われてまおう城の家臣達がぎょっとする。
「それは成りませぬ。抱悶様の御裁可が降りておりませぬ」
「はっ? 何を言うのですか、私がお願いすれば抱悶様は大抵何でもお聞き届け下さいます!」
「それとこれとは話が違います。確かに抱悶様のご許可があるまでは……」
「お黙り! 一体貴方何様のおつもり??」
「わ、私どもは偉大なる抱悶様の王家の家臣であり、ココナツヒメ様の家臣では御座いません!」
「なななんですって!?」
何時も冷たい笑顔で表情を隠しているココナツヒメが眉間にシワを寄せ、蛇の様な表情でキッと睨み付け激怒する。
「い、いくらココナツヒメ様の要請でも、無許可で魔ローダーは出せません」
「良いですわ! 覚えてなさい!!」
ココナツヒメは振り向きざまに意見した家臣を睨み付けながら、一瞬指をさして歩き去って行く。
(あ~~~イライラする。折角昨晩クレウと燃え上がって気分が良かったですのに! 何かひと暴れしないと気が済みませんわ……それにしてもいつもの事とは言え抱悶さまは何処に??)
―新ニナルティナ首都・港湾都市に立つ七階建ての冒険者ギルドビルディングの地下一階、喫茶猫呼の密談ルーム。そこに喫茶猫呼のウエイトレスで同盟女王の雪乃フルエレと、新ニナルティナ公国の有未レナード公と、ナンバーツーの為嘉アルベルトとギルドマスター猫呼クラウディアが居て、いつもの様にこの国の重要な政策方針を料亭ならぬ、喫茶店密室政治で相談して決めていた。
「それで……ユッマランドからの合同軍事演習打診への返事が届いたんだが……魔ローダーの修理はとっくに終了していて、合同軍事演習についてもとても前向きというか、大歓迎状態で……あろう事か新設なったばかりの、新ニナルティナ軍関係者にまでお礼の返事を届けまくっている……」
レナードがちらちらフルエレ女王の渋すぎる表情を見て頭を抱えた。前にイライザの兄とその仲間の浪人達が大量採用された、新ニナルティナ軍が形になりつつあった。もちろんその大番頭はアルベルトを最前線送りにしようとする、あの元軍人系の重臣ライスだった。
(あの、セレネと話が合っていた王女ね……余計な事を……これで合同訓練の話が広く公になったじゃない! 何故なの? 何故私が嫌がる事ばかり起こるのよ……)
「……こういう訳だ。フルエレ君、事が同盟国に伝わり前向きな返事が来た以上は、こちらの身勝手な意向で突然中止にしたりは出来なくなったんだよ。フルエレ君も判ってくれるよね?」
「……嫌です」
フルエレは俯き加減に、絞り出す様な声で言った。レナードは両者を見て亀のように無言で首を引っ込める。
「どうしたのかな? フルエレ君はそんなに物分かりの悪い女の子じゃ無かった。突然心配性になってしまった様だね」
「アルベルトさんじゃ無くても、他の人でも良いと思うの」
「それだと他に行く人の家族が同じ様に心配するよね、誰かに押し付けて良いのかな?」
アルベルトはフルエレに対して絶対に、怒ったり叱り付けたり苛立ったりする事は無く、何度でも粘り強く説明した。しかし内心異常に聞き分けの無いフルエレに閉口していた。
「上に立つ者の責務として、今回の合同軍事演習には必ず行こうと思うんだ。無事に帰って来るから……訓練如きで何故あれ程心配したんだろうって、笑って言い合う事になるから、心配しないで」
そこまで言われてもずっと押し黙ったままのフルエレ同盟女王。
「フルエレ、もういい加減諦めたら? こんな時に砂緒とセレネは何処まで行ったのかしら? なかなか帰って来ないわねえ」
今まで黙ったままだった猫呼までもがフルエレを説得する。
「………………う、占いで……何か良くない事が起こるって出たんです。よく当たる占い師で……」
唐突に突然フルエレは夜宵時代の出来事を、大幅にアレンジして言ってみた。
「……な、そういう事か……それで……凄く可愛いね、フルエレ君にもそんな所が」
「え、それ本気?」
「嬢ちゃん……それであれ程抵抗してたのか?」
アルベルトと猫呼とレナードがほぼ同時に言った。三人共が半ば呆れていた。
「………………」
雪乃フルエレは、自分が海と山とに挟まれた小さき王国の第一王女で、絶対に的中する百発百中の占いの能力の元持ち主で、その占いの結果だ……等とは言えなかった。仲が悪くなった姉妹の事、若い兵士を撃ち殺したり、してはいけない事をしてしまった事、自分が家出したばかりに起こった色々な事が重くのしかかり、詳しく事情を言う事が出来なかった。しかも今同盟女王にまでなってしまって、まおう軍に近い出身国が知れれば、話がややこしくなるのではないかとも思った……
「大丈夫! そんな占いなんてそうそう当たる物じゃないよ! 安心して、無事に帰るから……という訳で話を進めて行くよ!」
アルベルトはフルエレが異常に反対する事の原因が分かって、半ばホッとして飛び切りの笑顔でフルエレに話し掛けた。
「………………」
フルエレはむしろ自分が言った事で、余計にアルベルトに自信を付けさせる結果になった事を後悔した。密室会議はむしろフルエレの不用意な言葉で方針が決まり散会となった。
「フルエレくんちょっと……」
「?」
アルベルトは猫呼とレナードが部屋を出た一瞬の隙を突いて、小声でフルエレを呼び止めた。
「フルエレ君、僕を信用して……目を閉じて」
「?」
言われるままにフルエレが目を閉じると、突然軽くキスされてしまう。二人の初キスだった。
「!!」
「……フルエレくんが僕の事をそれ程までに心配してくれてて凄く嬉しいよ。だから安心しててね、無事に帰ってくるから。あはは、たかが訓練じゃないかっ」
再びアルベルトはフルエレを安心させる為に、にこっと笑った。
(失いたくない……絶対に失いたくない、この笑顔も今のこの幸せも失いたく無い!!)
自分でキスしながら恥ずかしそうに笑いながら挨拶して、部屋を先に出て行くアルベルトの背中を見つめて、フルエレは唇を指先で押さえて決心した。
「待って……猫呼、ちょっとお願いがあるの……」
「何よ、怖いわね」
フルエレは同じく部屋を出たばかりの猫呼を、切羽詰まった顔で小声で呼び止めた。部屋の外で待機していたシャルもぴくっと反応して二人を見た。




