マモノキミ様ではありません……キィーナール群島の情勢
セレネが地図を広げながらセブンリーフ島最南端を飛行している。
「やばい、キィーナール島国って島がいっぱいあり過ぎて、どこに降りたら良いかわからん!」
「うーむ、適当に真ん中あたりの、一番大きな島に停まってみたらどうでしょう」
「そうだなー。そう言えば抱悶ちゃんは?」
「寝てますー可愛い物です」
「何者なんだろうな? 抱悶ちゃん……」
「さあ、まおうじゃとか言ってますが、子供のたわごとでしょうし、またどうせ家出娘でしょう。適当な時期にお家に帰して上げないと」
「お前の癖に一応いろいろ考えてるんだな」
「……もしかして私の事を馬鹿だと思ってます?」
「………………お、そろそろ真ん中あたりの一番デカい島だな……て、様子が変だぞ」
「む……確かにいきなり戦闘中ですね」
砂緒の双眼鏡能力を使用するまでも無く、蛇輪の魔法モニター上では、剣や弓で戦う人々の上を激しく魔法が飛び交う状態になっていた。
「私……キィーナール島国は、みんな笑顔で平和に暮らしてるイメージがあったのですが……」
「いやあたしもだが。ちょっと戦闘区域から離れて着地してみようか」
セレネは戦闘が行われていない適当な集落を探し、ばさっばさっと着地する。普通に暮らしていた集落の者達は、突然の空からの来訪者に度肝を抜いた。
「おおおおおおおお、マモノキミ様が!?」
「うわあああ、いきなりこんな所に東の地からマモノキミ様が舞い降りられた!?」
「伝説は本当じゃったのじゃ! 皆の者、伏せて拝むのじゃ!!」
と、そんな事とは露知らぬセレネと砂緒が観光客気取りで気楽にやって来た。
「なんでここの人達いきなり土下座しているのでしょうか」
「そういう風習なのではないか」
「こんな所にホテルやプールはあるのでしょうか?」
「ちょっと聞いて来い、お前」
「え、何故私?」
「お前私が人見知りだと忘れてるだろ」
「ふぅー、そうでしたね。泣きながら抱き着かれる前に行って来ますよ」
「……いつまでそれ言う」
砂緒は土下座して微動だにしない住人に対して、ほぼ同じ高さまで匍匐前進レベルで身を屈めると、耳元で聞いた。
「すいません、ここはどうなってるんですか? あちらの方で戦闘がありましたが、教えてもらえまませんか?」
「ひぃいいいいいいいい」
「………………困りましたね」
「おお、マモノキミ様、この様な所においで下さいまし、ありがとう御座います!! ささ、こちらにお越し下さい」
長老らしき老婆が畏まって砂緒とセレネを案内しようとする。
「なんだなんだ……」
「あーこれは」
「だからなんだ?」
「こういうの映画とかアニメで観た事あるのですが、異文化に旅行に来た人が、当地の伝説の神だとか精霊だとかに勘違いされるという展開です」
「ほほう? んでどうすれば良いんだ?」
「はい、大体2パターンあって、勘違いされたまま歓待を受けて色々な事件を解決して行くという物と、最初は歓待を受けるんですが、途中で偽物だとバレて、えらい酷い目に遭うというヤツですかね」
「めんどくせえな」
「はい、ですからもうあっさり正体をバラしておきますね」
「おーけー」
砂緒は普段の横柄な態度が信じられない程に、懇切丁寧に長老の老婆に自分達がマモノキミという存在では無い事、さらには旅行者でこの地の事情を知りたい事を伝えた。
「何と、あの銀色の巨大な鳥は魔ローダーなのかえ」
「魔ローダー知っているのですか?」
「馬鹿にせんで下され。魔ローダーくらいキィーナール群島にもありますぞ。ちょうど今そなたらが見た戦闘、この中心の島を三つに別ける戦いでも魔ローダーが使用されておりますぞ」
「ほほう、何という魔ローダーですか?」
「今この島は三つの勢力、北・中央・南に別れており、それぞれメグロ・カブ・ラビットという魔ローダーを所有して争っているのじゃ」
「うはっそれめっちゃ古い機体だぞ……」
「馬鹿にせんで下され、この中央の島にも一応魔ノレールという公共交通がある先進地域なのじゃ」
「魔ノレール……フルエレさんが喜びそうなブツだな」
「あのー我々は観光客で、特にこの子は水着に着替えてプールで泳ぎたいなどとノー天気な事を抜かしているのですが、そういう場所はありますか?」
「バカモノッッ!!」
「何故怒鳴られる……」
「今キィーナール群島は、中心の島が三つに別れているだけで無く、キィーナール群島自体まで北・中央・南に分裂して争っているのじゃ! そんな水着に着替えて浮かれて遊んでおる状況ではないわ! この馬鹿者めがっ!」
「……お前の所為で二回も怒鳴られたぞ……」
セレネが砂緒を恨めしそうに見る。
「あー所で私はここで珈琲豆を大量入手して、セブンリーフで売り捌こうと思ってるんだが……どこか良い仕入れ先がありますかな?」
「喝ッッ!! お前ら二人は揃って馬鹿者か? こんな連中をマモノキミ様等と勘違いしておったとは嘆かわしい……」
「いちいち怒鳴らないとだめなのですか? で、どうなのです」
「今我らは争っておる。大事な戦略輸出品の珈琲豆を、ぱっと来た者に売る訳が無かろう! 戦闘に加担してくれぬのならば、去れっ!!」
「……な、なんかすげーほろ苦い結果になったな」
「正直にマモノキミさまじゃ無いと白状して損しましたね」
「ま、いいんじゃないか? 我々がキィーナール島の争いに参加してる暇ないからな」
砂緒とセレネはこそこそ言い合った。
「そうじゃな……ノー天気とは言え、わざわざこの地に観光に来た客人を怒鳴ってばかりでは印象が悪かろう。域外の帝国とキィーナール群島の境界にフォルモサ島国がある、そのフォルモサのギリ東、キィーナール群島の最西の島に行けば、何か輸出品があるかもしれんな」
「キィーナール群島の最西かあ……確かにそこまでいきゃあ平和そうだな」
「行ってみますか? セレネが水着に着替えたいばかりに苦労します……」
「お前な……」
二人は早速集落の人々に別れを告げた。
「ううっ、本当は凄く嬉しかったのじゃ! また来ておくれ、この地を忘れないでおくれ……」
「な、なんだよ急に、おばぁ別れる間際になって良い人になるなよ! 泣けて来るだろ!!」
「何急にウ〇ル〇滞〇記してるんですか? 早く行きますよ!」
何故か急に涙もろくなった長老の老婆とセレネは泣きながら抱き合って別れた。
「もうセレネの泣きながら抱き着くのは名人芸ですね」
「しゃーしぃー」
赤面したセレネは操縦桿を握った。抱悶ちゃんはまだスヤスヤ眠っている。魔ローダー蛇輪はコンテナを空のまま、慌ただしく飛び立った。
地理的案内を得た今、迷う事無く最西の島に向かう為に少し高度を上げて直行した。
「あのデカいのがフォルモサ島国だな。域外の帝国ともセブンリーフやキィーナール群島とも違う種族らしい」
「まー今回はパスですねー」
「じゃ、さっきの失敗を反省して、降下してから魔輪で集落を探しましょう」
「おーけー」
最西の島では戦闘は行われておらず、海岸線に着陸すると魔輪を引っ張り出し、眠る抱悶ちゃんを抱えてサイドカーに入れる。
「すっごい重たいのですが……」
「何歳だ? 十一歳くらいか? 結構大人だぞもう」
「寝顔も可愛いですね……フフ」
「お前はあんまさわんな」
「さー発進……」
ズンズンズンズン……
突然地響きが響く。
「何だ何だ?」
「何か向こうから凄まじい勢いで誰か走って来ますね」
「誰だよ? 軍か?」
「うおりゃああああああああああああああああああ」
凄まじい土煙を上げて何かが突進して来る。
「え? え? 何だよ怖いな」
「敵でしょうか?」
「アイイ・キック!!!」
突然走って来た何者かが、いきなり砂緒を蹴り倒そうとする。砂緒は瞬間的に硬く重くなり、蹴って来た人間がバシーンと跳ね返された。
「あ、ああああああ、何と……わらわの渾身の攻撃を跳ね返すとは……」
跳ね返された人物は、力なく地面に横たわっているが、その姿は異様だった。横たわる人物は女性なのだが、その身長は二Nメートル以上はある巨女だった。
「あの~一体貴方は何様で、何故いきなり蹴り倒そうとしたのでしょうか?」
「わ、わらわはアイイ。この島の酋長じゃ……そなたはなんと強い男なのじゃ……婿になってたもれ」
「あ~~今度はこのパターンなのですか」
「何だよ解説しろよ」
「はい、こういう異文化に突入した時に、普段はモテないキャラがいきなりモテて、酋長や酋長の娘等から求婚される事が多々あるんですよ」
「おーじゃ、いいじゃん! さっき正体言って損したからお前結婚しろよ」
「何を馬鹿な事言ってるんですか、結婚してこの地に骨を埋める訳にも行かないでしょう、私にはセレネもフルエレもイェラも居る身なのですよ。それにさすがに身長二Nメートル越えは私でも守備範囲外ですから」
「厚かましいなお前」
砂緒とセレネがこそこそ話していると、アイイという巨女の酋長はしくしく泣きだした。
「ど、どうしましたか?」
「うっうっ、どうも見るとその麗しい女とそなたは恋仲の様じゃ……わらわの出る幕は無さそうじゃ……潔く身を引こうぞ……」
「麗しい!? こ、恋仲って、そんな風に見えるのか!?」
「落ち着いて下さい、私もいきなり求婚されて驚きましたが、セレネはビジネスパートナーで恋仲ではありません。まずは貴方の集落に案内して頂けませんか?」
「ビジネスパートナー……」
「は、はい……」
アイイという巨女は頬を赤らめて目を伏せた。
 




