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プロローグ III白雪 前



III

 ―メドース・リガリァ城下町、かなり前……の続き。


「やっぱり全く売れない……新しくポーションを仕入れてみたのに売れない……」


 鏡の声かもしくは自分自身の幻聴に励まされた夜宵(やよい)は、心機一転して今度は回復ポーション類をなけなしの金で仕入れて売ってみたが全く売れない。それもその筈、普通に道具屋で購入して、さらにそれより高い金額で売っているのだから売れる訳が無かった。社会に飛び出たばかりの夜宵はそんな事すら分っていなかった。やはり良い所育ちのお嬢様、いやお姫様でしか無かった。この状況では城から持ち出した軍資金が尽きた時点で全てが終わる事は明白だった。


「やっぱりダメなんだ……何をやってもダメ……ふぅーーー」


 溜息を付きながらとぼとぼ歩いていると、ふと工事中の建物が目に入る。


「〇月オープン予定、一日二組限定オーベルジュですって? 誰が此処でこんなのに宿泊するのよ? 客層ちゃんとリサーチしてるの?? 絶対失敗するわよ!」


 今まさに商売に失敗している夜宵が、他人の商売に激しく注文を付けた。


「貴様、一体何様だ? 何か文句でもあるのか?」


 工事の人々に交じって現場を視察していたメドース・リガリァの事実上の政権トップ、女王を補佐する国の主でり軍人でもある貴嶋だった。


「ハッ、い、いいいいい、いえ、何でもありません! すすす、すいませんすいません!!」


 超高速で首と手を振る夜宵。心の中の声とは違い、表面的にはとても気が小さい夜宵だった。突然眼光鋭いやり手政治家の貴嶋に声を掛けられ、腰を抜かす程におののく。


「今何か儂のホテル経営に関して講釈を垂れておったではないか」

「あわあわ、あわわわわわわ……す、すいませんすいませんすいません」


 半泣きで必死に弁解する夜宵、お城で大切に育てられている時には、こんな恐怖を感じた事は無かった。


「ニナルティナやユティトレッドの間者かもしれませんぞ、何か服装からして怪しいです」

「うむ……しょっぴいて調べてみるか」

「ヒィイイイイイイイ、ち、違います! 本当に違います」


 ホテル建設を監視する間者が居るのかどうか分からないが、普段から野望を持つ男の貴嶋は、複雑な事情の使用法を想定しているこのホテルが、何かの調査の対象になってはまずいと警戒感を働かせた。


『その者を拘束してはならない……もし拘束すれば女神の怒りに触れるであろう……』

「?」

「何だ? どこから声が?」

『その者を拘束すればこの国は滅び、女王も兵共も共に生きたまま地に埋められるであろう……』

「……何と不吉な……貴嶋さまこれは!?」

『この地が一体何と呼ばれ、誰が住んだかも分からなくなり、土に埋もれたまま誰も顧みなくなるであろう……』

「う、うろたえるな!!」

『逃げましょう。走るのです』

「ハッ! うん」


 夜宵も一瞬意味が分からなかったが、それが昨日の鏡さん、真実の鏡の声であるとようやく悟って、必死に逃げた。


「あ、こら待てっ!!」


 叫ぶ声も虚しく、貴嶋の心を一番恐怖させる、女王の悲しい将来を予言する内容に貴嶋自身も兵も一瞬躊躇して足が動かなくなり、夜宵の足でも逃げおおせる事が出来た。



「ハァハァ……鏡さんありがとう……というよりも、あの予言は!?」

『ああ、あれは大嘘です。貴方を助ける為に適当な事を口走りました……』


 袋の中から大切な国宝の鏡を取り出してまじまじと見つめた。


「幻聴では無かったのね……確かにあの男性達も聞こえてたのよね?」

『……結構疑り深いのですね……でもお慕いする貴方を守れて嬉しいです……』

「有難う……何かお礼をしたいわ」

『……私はあれ以来、ずっと貴方を救う方法を考えておりました。それに一つの結論を得ました』

「え、どうするの?」

『はい……私は膨大な魔力で一つの願いを叶える魔器……しかしそれでは貴方の不幸予知を全てカヴァーする事は出来ません』

「どういう事?」

『例えば予知を無かった事にする……とすれば、貴方の記憶が飛んでしまい、もしかしてまた同じ予知をしてしまう可能性がありますが、予知を無かった事にして、再び同じ予知もしないとすると、願いが二つになって不可です』

「え、ややこしいわね」

『例えば、貴方を愛する人が現れると願っても、その相手が早世する事は阻止出来ません。早世しない愛する人を願うと、やはり願いが二つになって不可です』

「……難しいのね」

『はい、貴方に災いをもたらす予知が、複数の災いを兼ねている悪質な事が原因です』

「誰にも愛されない、一人で死ぬ、好きな人もすぐに死ぬって……三つもあるものね」


 夜宵は改めて塞ぎ込んで黙り込む。


『申し訳ありません……嫌な事をわざわざ思い出させてしまって』

「いいのよ、優しいのね」

『そこで私は思案しました、そして一つの解決策を思い付いたのです!』

「……何かしら?」

『はい、貴方が私に継続的に願いを叶えて……と願うのです』

「………………ズルよね?」

『限りなくズルに近いですが、私が徹底的に実現性を高めます』

「どうするの?」

『ただ漠然と継続的に願いを叶えてと願うと、ランダムにどの様な結果になるか不明で不確実です。もしかして不許可でかつ一回分になる可能性すらありますので。そこで私が貴方の願いを承認すると同時に、自分自身を貴方を守る為の魔器に作り替える事とします』

「そんな事が?」

『……はい、願いを受け入れたとして、私自身に複数の行動を許可します。そしてその力で一旦過去に飛び、長い年月を掛けて貴方を守る準備をしながら、最適な形に自分を作り替えます』

「過去に飛ぶ??」

『はい……もし一挙に複数の願いを叶え続けると、貴方の魔力を一気に吸い取り、貴方を殺す事になりかねません……過去に飛び、色々な人々の魔力を吸いながら自分を作り替えます』

「……つまり折角友達になった貴方と一旦別れてしまうのね……」

『確実に貴方を救いに向かいますが、もはや私だと分からないかもしれません……しかし貴方が感じる時間は一瞬です。私にとっては長い時間でも……』

「いいわ……もう貴方に賭けるしか無いようね……それに何だか面白そう。最近面白いなんて思った事ないもの。少しわくわくする」

『有難う御座います。スタート時に貴方の魔力を一旦限界まで吸いますが、よろしいでしょうか?』

「ええ……いいわその程度なら」

『………………嗚呼』


 突然真実の鏡が口ごもり出した事に気付いた。


「良いわよ、言ってみて鏡さん」

『別れる前に一つだけ……私も願いを言ってみて良いでしょうか……?』

「願いを叶える貴方の願い……とっても素敵よ、言ってみて!」

『………………とても恥ずかしいのですが……最後にもう一度貴方の白いドレス姿が見たい……』

「ドレスもう無い……」


 夜宵は自分が今着ている異世界のジャージ的衣装を見た。


『申し訳ありません……無理な事を言いました……忘れて下さい』

「いいわ……貴方に賭けましょう……」



 夜宵はなけなしのお金をはたき、古着の質素だが白い可愛いドレスを買った。


「完全なお城で着るドレスじゃないけど……どうかしら?」


 夜宵は早速着替えた白いドレスをピラピラさせてみた。


『……美しいです……やはり貴方は今まで見たどなたよりも美しい』

「あはっ、ありがとう鏡さん」

『思い残す事はありません。では願って出来る限りの魔力を注入して下さい、過去に飛びます』

「いよいよね……いいわ、やってみる!」


 夜宵は漫画喫茶的な宿屋の個室で目を閉じると、真実の鏡に対してひたすら限界まで魔力を込め願った。しかし他人から見ると、ただ目を閉じている様にしか見えないだろう。


「はぁはぁ……」

『そこまでで結構です。今から過去に飛びます。お別れです、しばしお待ちを……』


 シュッ

最後の言葉を残し、本当に真実の鏡は消えた。


「本当に行ってしまったの?」


 シュッ

真実の鏡の言葉通り、本当にすぐに戻って来た。しかしその姿は半分の真っ二つに割れていた。


「どうしたの!? 大丈夫!?」

『ご安心を、貴方を守る為に自分を作り替えた結果です。半身をリュフミュランに埋めて来ました。貴方もリュフミュランにお越し下さい』

「え? 私もリュフミュランに行くのね……ええ、分かったわ、必ず行くわ!!」

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