プロローグ II鏡よ鏡……
II
―メドース・リガリァ城下町、かなり前。
「だめだわ……全く売れない……もう何を売れば良いかも分からない……」
目立つ美しい金髪を隠す為に頭にほっかむりをして、頬に泥汚れまで塗った地味なパンツスタイルの夜宵が途方に暮れている。背中の麻袋には商品の日用雑貨が入っているが、路地で広げても客が寄り付きもせず全く売れない。美しすぎる容姿を隠す為に、過剰に汚し過ぎているのも原因かもしれなかったが、夜宵にはいまいち商才は無かった様だ。
「どうしようかしら……一度魔ッチを売ってみようかしら? ……でもダメね、どうせ新商品に手を出しても結局売れ残って、一人でぶつぶつ言いながら一本ずつ自分で燃やして行ってしまいそう……」
言いながらフルエレは、夕食代わりのカチカチのパンを取り出して歩きながら食べ始める。
「おい! 女王様がここをお通りになるぞ!」
「神殿へのお祈りのお帰りだ! とても美しい方だぞ!」
夜宵がもしゃもしゃ硬いパンを無言で食べていると、あちこちで人だかりが出来ている。口々にどうやら女王陛下がここを、お通りになるらしい事を言い合っていた。
「わあ美しいわあ……」
「綺麗! 女王さま万歳!!」
夜宵が無言でパンを食べ続けていると、いよいよ女王陛下の乗ったオープンタイプの魔車がゆっくりと通り過ぎて行く。女王は過剰な反応はしないが、軽く会釈したり手を挙げたりはしていた。
「とても良い魔車だわ……欲しいけど絶対に買えない……結構なご身分よね」
心が荒み切った夜宵は目を細めて嫌味っぽく言った。しかし夜宵自身が海と山とに挟まれた小さき王国に居た当時は、同じように国民から手を振られる存在だった事をもう忘れていた。夜宵はこの女王は女王で、目が不自由で苦労をしている事など知る由も無かった。
「こらっ邪魔だどけ! 汚いヤツ!!」
ガッッ
何者かの腕が思い切り夜宵の手にヒットし、今まさに口に入れようとしていた、パンの残り半分が中を飛び、地面に転がる。
「あっ………………」
無情に地面に転がったパンの残り半分を見つめて、夜宵は硬直した。しばらくすると笑いが込み上げて来た。パンにまで見放される自分。元王族の夜宵にとって、落ちた物を食べて良いという何秒ルールはまだ無かった。
人々の列を後にして、夜宵は最近の定宿である、漫画喫茶の個室に戻って来た。どさっと荷物を降ろして鍵を掛ける。
「ふーーーこれキツイ……」
最近目立って来た胸を隠す為のさらしを取り去り、レンタル魔法シャワーに入る。同じく目立たない様にまとめた金色に輝く髪を解き放ち、ばさばさっと振った。
シャワワワーーー
夜宵の身体の汚れを落として、肌が水滴を弾き下に流れ落ちて行った。
「誰もいない……?」
左右をキョロキョロ確認して、レンタル魔法シャワーから個室に戻る夜宵。
「ふ~~~~~~~」
巨大な溜息をつくと、お財布代わりの袋を開ける。お城を出た時から持って来ていた自己資金は、もう殆ど無くなりかけていた。
「もっと持ってくれば良かった……お城のお金根こそぎ持ってくれば良かった。退職金代わりみたいな物よ……はぁ、これからどうしよう。メドース・リガリァの小さい城下町が駄目なのかな? やっぱりニナルティナかリュフミュランかユティトレッドかユッマランドよね……でも大都会は怖いし……」
等と言いながらも夜宵は、本棚から無造作にもって来た分厚い漫画本を見た。
「……何よこれ、もう許せないお局様撃退百連発スペシャル?」
炭酸飲料を飲みながら無言で読み続ける夜宵。
「……面白いじゃないの」
等と不安を忘れようとしても、みるみる将来の不安が蘇って来る。
「……どうしよう……もうこれじゃあ何の為にお城を出たか分からない。何をやっても上手く行かない。お金も残り少ない。これだったらお城に残って、例え人生一人切りでも贅沢な暮らしを続けた方がましだった……の?」
狭いソファーに寝転んだ自分の身体を見る夜宵。
「もういっその事体を売って……めちゃめちゃになってしまおうかしら……」
夜宵が厳重に身体の美しさを隠しているのは、そういう感じで言い寄る男達にうんざりしたからだった。
「だめだだめだ……それは最終手段だわ」
夜宵は頭を振ると、無造作に荷物に紛れたピカピカの鏡を取り出した。お城の宝物庫から無断で持ち出した真実の鏡だったが、いまいち使い方も使い処も分からず、今はただの日用鏡として使用されていた。国の重要な国宝で枝毛を探したりする夜宵。
「ぼろぼろ……」
鏡で自分の顔を見ていると、ついついいつもの様に涙がぽろぽろ流れて来た。
「酷い顔だわ……」
『泣かないで……』
「は?」
夜宵は声がはっきり聞こえて、思わず天井を見るが誰も居ない。
『もう泣かないで下さい』
「え? 誰??」
さらにドアを数Nセンチ開けると、スパイの様に慎重に隙間から周囲を見るが、誰も居ない。
『人では無いよ……此処にいます』
ドアを閉め個室に戻り部屋を見ると、ソファーの上に転がる鏡を見た。
『そうです。貴方が持ち出した鏡です』
「え?」
夜宵は真実の鏡を持ち上げた。
「遂に……疲労と不安で……脳が……」
夜宵は可笑しくて自嘲気味に笑った。
『違います。人々に大切にされ、長い時間を経た道具は時として心、魂を宿す事があるのです。それを九十九神と言うそうです。私は貴方の王国で何百年も大切に扱われる内に、心が宿っていたのです』
「まさか……そんな事が……」
『私は昔から、貴方の美しさに見惚れていました……でも私は単なる物、もちろん想いを打ち明ける事も無くいままで来ました』
「え……」
『ですがもう貴方が私を見ながら毎日毎日泣くのは辛いのです……私に貴方を助けさせて下さい』
「そんな……使い方が分からないわ」
『私も今は自分の力を全て完全に使い切る事は出来ません……けれどいつか、どんな手段を使っても、どんな姿になっても、前世でも来世でも貴方を絶対に守りきります。だから安心して大切な相手を見つけて下さい……』
一通りしゃべりきると再び鏡は全く何も言わない、ただの国宝の鏡に戻った。夜宵はやはり幻覚や幻聴の類だと思い、無言で笑顔になると首を振って、涙の跡を拭った。
「ありがとう鏡さん、勝手に持って来て正解だったわ」
夜宵は鏡に軽くキスをすると、恥ずかしくて照れた。
 




