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プロローグ I雪の女王






 Ⅰ

 幼い姉妹の本当に小さな悪戯心だった。


 ―数年前、海と山とに挟まれた小さき王国の王城、占いの間。


夜宵(やよい)ちゃん早く早く! 何をしているのよもうっ!」

「こら依世(いよ)、大きな声を出しちゃだめよ……勝手に入ってはダメと言われているのだから」


 この小さき王国の国の将来に関わる、天変地異や凶作や侵略の予知をする大切な占いは、今ふざけ合って手を引かれて歩く美しい姉妹の姉の方の少女、夜宵がその役割を担っていた。夜宵は歴代の予知能力者の中でも最高と言われる力を持っており、幼いながらもその力で幾度も国の危機を救って来た。


「お姉さま早く、今夜はお父様もお母様も隣国に出かけているのよ! 占いの間で好きな占いをするの!」

「はぁ~ダメなのよ、この占いの間は神聖な場所、国の大事だけを占う場所なのよ……」


 おしゃまな妹に対して、時には活発な面もあるが基本は清楚な姉は、無理やり手を引っ張られて魔法陣の中央に座らせられる。大好きな妹の願いを断る事は出来ず、姉夜宵は精神を集中させ長い詠唱を始める。


「……私の将来のお婿さんが……どんな人か、教えて欲しいの! 分かってる?」

「詠唱中よ……邪魔しないでっ! ちゃんと分っているから、一回だけよ……」




 魔法陣の中でひたすら長い詠唱を続けた姉夜宵の身体がぽうっと光り出すと、やがて光は消えて行き、もとの小さい魔法力ランプだけの薄明りの闇に戻った。


「……どうだった?」


 妹依世が緊張して尋ねる。


「凄いわ……」

「どう凄いの!? 焦らさないでっ!!」

「……旅の中で最も強い貴公子に偶然出会い、愛し合い結ばれるですって……」

「え? 何それおとぎ話?? でも夜宵ちゃんの占いは百発百中……恥ずかしいけど、会っちゃうんだ……貴公子に……」


 依世は激しく赤面して両手を頬に当てて目を閉じた。


「………………」

「そうだっ!」

「だめよっ!」


 姉妹は一言で相手が何を考えているかすぐに判った。


「私が最も強い貴公子に出会うなら、美人のお姉さまならきっと世界一のお金持ちだとか、天下の支配者とか想像も出来ないくらいの立派な男性に見初められるのよ! 絶対そうに決まっているわ」


 依世は目を輝かせて夜宵に訴えた。


「駄目よ……どんな事を占っても良いけど、だけど一つだけ禁があるのよ、知っているでしょう? 決して自分の事を占ってはいけない……私はそれを破る事は出来ないのよ」

「大丈夫よ! 夜宵ちゃんなら、絶対に幸せになるのは目に見えてるもの、問題は相手よね? もしかして毛むくじゃらの山男だったりして……うふふ」


 依世が悪戯っぽく笑った。


「……私は別に何も贅沢は要らない……ただ優しくて私を好きになってくれる人だったら……」


 そう言いながらも、夜宵は心の中で依世の相手が最も強い貴公子という、お伽話の登城人物の様な男性と知り、自分の将来の相手がどんな人物か、知りたい欲求を押さえる事が出来なくなった。


「……お父様お母様には絶対に言ってはだめよ?」

「もちろんよ、二人だけの秘密よ!!」




 依世は両手を握りしめてわくわくして夜宵の目を見つめた。夜宵は魔法陣の中で目を閉じ、再び長い詠唱を始めた。やがて先程と同じ様にぼうっと光りだすと、また同じように光りは消えて行った。


「………………………………………………………………………………」


 依世がいくら待っても夜宵は固まったまま、一言も言葉を発しなかった。依世はとんでもない相手が出たのかと、冷や汗を流した。


「夜宵ちゃんどうしたの?? どうしてしまったの??」


 不安の中依世が姉に聞いた。すると夜宵は微妙な笑顔で固まったまま、目からつーっと涙を流し出した。


「どうしたの?? 教えてっどうしたの??」


「誰にも愛される事も無く、誰とも結ばれず、誰かを好きになっても相手はすぐに死ぬ……ですって」


 言いながら無表情の夜宵の目からは、ずっと涙がとめども無く流れ続けていた。


「嘘よっっ!! 夜宵ちゃんが、お姉さまがそんなはずない! その占いは間違いよ!!」

「貴方が私の占いは百発百中と言ったのよ……貴方が占えって……いいえ、私の所為ね……禁を破った罰よ……」


 依世はその瞬間、これまでの姉夜宵と明らかに態度が変わったと気付いた。一瞬でもう先程までの二人してきゃっきゃっと、はしゃぎ合う仲の良い姉妹では無くなっていた。


「……もう一回、もう一回占って、お願い、お願いだから!!」


 依世は泣きじゃくって姉に訴えた。夜宵は無言で再び魔法陣に座り直すと、同じように詠唱を始めた。




「………………どう?」

「同じ結果だったわよ。同時に貴方の占いも行ったけど、貴方の占いの結果も同じだったわ」

「夜宵ちゃん?」

「……さあもう夜も遅いわ。早く寝なさい、そう、将来出会う貴公子の事を想って眠りなさい」

「………………やめてっそんな言い方しないでっ!」


「ごめんね、貴方に罪は無いのに……当たってしまったわ……ごめんね」


 それまで最強の予知能力で城は夜宵を中心に回っていて、姉夜宵は妹依世にとても優しく接して世話をしていたが、その占いの直後から、幸せという全てを手に入れるのが依世だと判った瞬間から、夜宵は落胆とも怒りとも嫉妬ともつかない、良く分からない喪失感にさいなまれ、二人の姉妹の距離は遠ざかった。




(お姉さま……今日もお城の窓から外をぼーっと見ている……)


 しばらくして夜宵は父王から国事に関わる占いを依頼されたが、何度集中してももはや占いをする事は出来なくなっていた。あれ以来ショックで能力を失ってしまったのだ。しかし優しい父母はそんな夜宵を叱る事は無く、何も言わずそっとして見守り続けた。

 夜宵はじっと窓の外を見ていたが、しばらくすると左右を確認して静かに歩き出した。


(ああ、お姉さま……またあそこに行くのね……)


 依世は気付かれない様にそっと夜宵の後を付けて行く。会話が無くなった後も依世はずっと夜宵を見守り続けていた。しばらくお城の中を歩くと、姉夜宵は普段誰も立ち入らない地下の寒い宝物庫の中にすーっと吸い込まれて行く。


(また……あれを見つめるのね……)


 夜宵は宝物庫の一番奥、厳かに据え置かれているピカピカに光る鏡をそっと持ち上げた。国で一番重要な国宝の真実の鏡だった。夜宵は持ち上げた鏡で角度を変えながら、ずっと自分の顔を見つめ続けている。


「面白いの? 後を付けて何をしているの?」

「………………」

 

 とうに気付かれていた様だ。


「お姉さま……それは大事な国宝……勝手に使って良い物ではないわ……」

「そうよね、私の占いを勝手にしてはいけないのと同じ事よね……」


 そう言われて依世の目に涙が溢れる。


「ごめんなさい、どんな罰でも受けるから許して下さい」

「罰を受けるのは私の様よ……でも安心なさい、この真実の鏡はまだ百年分の魔力が貯まっていないし、私もこれを一気に使えば魔力を全て吸われて死んでしまう。だから使う事は出来ないわ」


 また二人の間につらい沈黙が続いた。


 依世は一礼してそのまま宝物庫を後にした。手でごしごし溢れる涙を拭いていた。




 何年かして、夜宵は突然失踪した。置手紙があり、お城の外の世界で生きて行きます、探さないで下さいとだけ書いてあった……

 父王と母はあちこちに家臣を派遣して八方手を尽くして探したが、夜宵の行方はようとして知れなかった。王国と言っても小王国であり、やがて捜索にも限界があり、しばらくすると捜索は打ち切られた……




 依世は決意した。


「夜宵ちゃんは私が見つける。どんなに謝っても、絶対にお城に帰って来てもらう。私が絶対に占いの結果を変えて見せる。捻じ曲げて見せるから……それまではお父様お母様、お城を留守にします。申し訳ありません……」


 依世も置手紙をして城を後にした。姉に続き妹にまで失踪されて王様とお后様は悲嘆にくれた。海と山とに挟まれた小さき王国のお城は、花が消えた様に暗くなり火が消えた様に静かになった……


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