砂緒とフルエレ、魔ローダー日蝕白蛇輪、黄金の翼の祈り 下
気付くと一番最初の、消えかけのぼんやりとした銀河系の様な煌めきが、うっすらと遠くに見える以外、何も無い本当に深い真っ暗な空間に戻っていた。ただ当時と違うのは、砂緒自身はしっかりと人間の姿をしており、手足をはっきり確認出来た。おまけに何も無い空間なのに歩いて進む事も出来た。
「?」
ふと気付くと、砂緒の真横を小さい蛍の様な、か細い光の球が飛んで行く。砂緒は無言で後を追った。
「………………あれは?」
砂緒が蛍の飛んで行く先を見ると、見覚えのある大きな光の玉があった。小さな蛍の光はゆらゆらと吸い込まれる様に大きな光に向かって行く。瞬間的に小さな光がセレネだと思った。
「ダメだ……行ってはだめだ……違う世界に行かないで下さい……」
砂緒は歩きながら蛍火を掴もうとするが、スカっとなって全く掴めない。しかし諦める事無く、何度も何度も繰り返した。
「行かせない……まだまだ、行かせません」
砂緒自身が魂のイメージ的な存在なのに、ずっと涙が流れ続けていた。先程回復を繰り返していた時の様に、ずっと元気なセレネの姿が思い浮かんでいた。
「絶対に捕まえる!! あと……少し……」
昆虫採集に夢中になっている少年の様に、ずっと手を振り続け、遂に小さな蛍火を手のひらに包んだ。
「!」
気が付くと、操縦席で真横でフルエレが泣きながら回復を叫んでいる。気を失っていたのか、そもそも何も起きていなかったのか、とにかく砂緒も再び回復と叫び出した。
「好きだ!! 回復!! セレネ好きだ戻れ!!」
バシャッ!!!
何度目か分からない程回復と叫んだ時だった、たたんだままの背中の翼がバシャッと開き、飛行体勢の様に面積が伸びると、いつか月から帰還した時の様に黄金の粒子を発し始めた。
「何? これは何なの?」
「凄い……不謹慎だけど……綺麗」
七華や周囲で固唾を飲んで見守っている人々の上に降りかかるキラキラ粒子。辺り一面が金色に染まる程の量に思え、特にもともとクロームメッキの鏡面仕上げの様な、蛇輪の機体全体が金色に染まった。
「今気付いた、セレネは私が人間性を獲得してから初めて好きになった人……初恋の人なんです、絶対に死なせない! 絶対に助ける、絶対に蘇らせる!!! 回復!!!!!」
フルエレはぼんやりと悟っていた。自分に最初に会って初めて見た事による、親鳥への刷り込みの様な感情と、色々な物を見聞きした後に知ったセレネへの感情の違いを。
「砂緒、一緒に戻しましょう!! 回復!!!」
「回復!!!」
砂緒は不思議と、セレネと入った喫茶店で、無邪気に遊びで好きだと連呼した時の事を思い出していた。またあんな風に遊びに行きたいな……等とぼんやり考えていた。
「回復!!」
キィイイイイイイイーーーーーーーーーーーンンンンン!!!
シュバアアアアアアアアアアアアアア、キラキラキラキラキラ………
突然最後にひと際派手に、花火大会の最後に連発されるスターマインの様に蛇輪のあちこちからキラキラ粒子が放出されて、周囲の人々は眩しくて目が開けられなくなった。
「かはっ!! げほっげほっ……はぁはぁ……うくっ」
光りが止むと、突然セレネが上半身を揺らしてげほげほ咳を始めた。しかしその姿は瀕死とか死の寸前という物では無く、顔色には血の気が戻り、まるで海で溺れた人が救助された直後の様であった。
「信じられん……診断を」
「………………完治では無いが……大幅に回復している、命とかは全然大丈夫だ……もう」
「あ、ああ、あああ、ふ、フルエレ、フルエレ!! セレネが!!」
砂緒は真横のフルエレを見ると、先程まで鬼気迫る勢いで回復を連呼していたフルエレは、月から帰還した直後の様にすーすーと寝息を立てて寝ていた……
「そうなんですね、月に行って帰ってくる程の消費を……本当にありがとう……絶対に貴方の事もこの先もずっと守ります……けど、今は……」
砂緒は蛇輪を静かに片膝を着かせると、ずっと開いたままのハッチから飛び降りた。
「はぁはぁ……信じられません。本当なんですね」
砂緒は嬉しすぎて、震えてもつれる足がもどかしく歩いた。
「セレネ……」
砂緒がセレネの面前に立つと、セレネは自力でゆっくりと上半身を上げた。
「恥ずかしいわ……ありが、とう……」
笑うとも怒るともつかない微妙な表情の、砂緒を見上げて言う姿は、いつものセレネに戻っていた。砂緒は力が抜けて、ずしゃっと両膝を地面に着けた。
「……良かったです」
「目をつぶれ」
(……元気になった途端にいきなり殴られる?)
セレネは目の前の砂緒を一回ぎゅっと抱きしめると、いきなり人々の見守る中でキスをした。セレネ自身にとって初キスだった。
「おおおおおおおーーー」
人々の間にどよめきが起こる。短いキスが終わると、セレネは再び砂緒を抱き締めて頭の銀髪をくしゃくしゃにした。
「もう離しません」
砂緒もセレネの事を抱き締めた。
「いたいいたいて」
「あぁすいません」
そう言って二人共離れて見つめ合うと、再びキスをした。それが何度も繰り返された。魔ローダー日蝕白蛇輪の操縦席では雪乃フルエレが眠りこけたままだった。




